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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)


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第29話 懐かしい声

会いたい人――(透の場合)

 久しぶりに、あのカフェのコーヒーが飲みたい――ふと、そんな思いが胸をよぎった。

どれくらい行っていないだろう。季節がいくつか、静かに過ぎていった気がする。あのカフェに足を運ぶようになったのは、偶然だった。たまたま通りかかった道すがら、ふと漂ってきた香ばしいコーヒー豆の匂いに立ち止まり、吸い寄せられるように扉を押した。でも本当に偶然だったのだろうか、最近そんな疑問が胸に浮かぶ。


 僕がコーヒーを飲むようになったのは彼女がコーヒー好きで、その影響だった。けれど――彼女が淹れてくれたコーヒー以外を、美味しいと思ったことはなかった。あのカフェのコーヒーを口にするまでは。彼女が旅立ってから、初めて「美味しい」と感じた一杯だった。そのとき、少しだけ救われた気がした。


 そんなある日、そのカフェでひとりの女性を見かけた。まあ、元々は僕が声を掛けたからあの女性ははこのカフェに立ち寄るようになったのだけど。女性はいつも窓際の、あの隅の席に腰を下ろし、静かにキリマンジャロを飲んでいた。でもその女性の視線が僕の背中に刺さる様に感じるようになった。女性は僕の彼女とは年齢も雰囲気も違っていたのにその面影が、死んだ彼女と何となく似ていたからそう感じただけなのかもしれないけど。


 けれどある日を境に、女性を見かけなくなった。そうしたらマスターから、あの女性は事故で亡くなったと聞かされた。


(あの女性も…?)


女性は事故で亡くなったから、僕の彼女とは全然状況が違うし、僕と何か関りがあった人、というわけでもない、でもなんだか心が重くなった。それにあのカフェに行くと、僕は背中がひやりとすることがあった。まるで誰かがそこにいるような、見ているような――そんな感覚。それで自然と足が遠のいてしまった。


 でも今日は、仕事であのカフェの近くを通りかかった。足が、勝手にカフェへと向かった。マスターは相変わらずだった。浮かんでは消えるような存在感。その場にぴたりと溶け込んで、時間に守られているような、不思議な人物だ。


「こんにちは、マスター」

「おや、ご無沙汰でしたね」

「まあ……」


頷きながら僕は、いつもあの女性が座っていた席に目をやった。誰もいない。女性が来なくなってから偶に、その席に静かに座る年配の紳士を見かけたことがあった。あの女性の夫だと聞いた。亡き妻を偲ぶように、そこに座っていた。僕がその席に視線を送っていると、マスターがふと声をかけてきた。


「今日は、誰も来ていませんよ」

「え……? 誰もって……」

「気のせいでしたか? あの席を気にされているようでしたので」

「まあ……そうだけど」

「あの女性も、ここしばらく姿を見せてませんね…」

「ちょ、何言ってるの?その女性は亡くなったんでしょう?」

「……でも、気付いておられたのかと」

「え……」

「いえ、なんでもありません」


マスターは何か意味ありげな目をして僕を見たが、それ以上は何も言わなかった。

僕はそれ以上、問い返さなかった。というより――聞くのが、少し怖かったのかもしれない。だって、死んだ人の気配なんて……気味の良いものではない。深入りすることも無い。僕には関係のないことだ……。


 それに今日は、不思議と何も感じなかった。あのひんやりとした気配も、背中を突きさす視線もない。すると、マスターがぽつりとつぶやいた。


「多分、もう大丈夫ですよ」

「……大丈夫って?」

「いえ、なんとなく、そんな気がしただけです」

「ふーん……」


やっぱり、このマスター掴みどころのない人だ。


「もうじき、全部終わりそうです。そうしたら……もう会えなくなりますね」

「え? どういうこと?」


僕の問いかけに、マスターはただ静かに微笑み、首を傾げただけだった。


 会えなくなる――誰と?あの事故で亡くなった、あの女性?もしそうなら……いや、会えなくなる方がいい。よく知らない幽霊に何度も会いたいなんて思うわけもない。けれど、もし――もしも死んだ人間に会えるというのなら。


 僕は……彼女には会ってみたい。怖いけれど。本当に、怖いけれど。

あまりに突然だった。結婚の約束をしたばかりで、別れの言葉もなく、笑顔だけがずっと心に残ったままだ。


 そんなことを思っていたら、ふわりと――暖かい空気が、僕の隣をすり抜けていった。何時ものゾクゾクする冷たい空気とは全然違う。


「コーヒー、美味しい?」


一瞬、空気の中から、懐かしい声が聞こえたような気がした。


懐かしい、彼女の――声。



                          終


お読みいただきありがとうございます。

こちらのお話しは第8話「睨む女」、第15話「悪寒」と繋がっています。

また第4話「淡い想い」、第6話「離れられない」、第20話「記憶」、第23話「この世の狭間」、第26話「記憶の断片」と関連があります。

合わせてお読みいただければ幸いです。


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今後ともよろしくお願いします。

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