第27話 消えた女性
過去からの亡霊――(遥斗の場合)
(え…?)
目の前を、いつかどこかで見たことのある女性が横切ったように見えた。でも、目を凝らすと、誰もいなかった。ただ、その鶯色のワンピースだけが妙に瞼に残った。
僕は、その女性が消えた方角に目をやる。すると、雰囲気の良いカフェの看板が目に入った。近寄ってみると、コーヒーの香りがした。僕はその香りにつられるように、カフェの扉を押した。
「いらっしゃいませ」
中から、マスターらしき人物の声が出迎えてくれた。そのまま中に入り、カウンターに腰を掛けた。
「こんなところに、こんなカフェがあるなんて知らなかった」
「少し通りから離れていますからね」
「でも、何度も近くを通っていたんだけどなあ」
「そうですか」
マスターは静かな笑みを浮かべる。
「ブレンドを」
「承知いたしました」
僕は、今年大学に入ったばかりの19歳。ここは、駅から大学まで行く途中の道。でも、このカフェには全く気づいていなかった。いつもこの筋には入らない――それもあって、見逃していたのかもしれない。僕は店内をぐるっと見回す。
「ねえ、さっきここに女の人、入ってこなかった? 鶯色のワンピースを着た女の人だけど」
「さあ……? ここ1時間、どなたも入店されていませんよ」
「そう?」
確かに、さっき見たワンピースの女性はいない。でも、そのワンピースの色が気になるのには、本当は別の理由があるのだ。あの時見た女性の服の色も、あんな色だった。
もう8年ほど前になる。その時、僕は小学校五年生だった。学校の帰りで、僕は先日買ってもらったばかりのゲームがしたくて、家までの道を急いでいた。そこは信号のない横断歩道で、いつも注意して渡るようにと親に言われていたけど、あのときは気持ちが逸っていたせいで、そのことをすっかり忘れていた。そして角を曲がると、そのまま止まることなく横断歩道を突っ切った。
そうしたら、大きなブレーキ音がした。僕の目の前で止まった車に、右手から直進してきた別の車がすごい勢いでぶつかった。僕は間一髪で転んだだけで、かすり傷程度で済んだ。でも、足がすくんで動けなかった。
運転席には、僕の母親よりは年上に見える女性がいて、頭から血を流していた。その女性が着ていた洋服が、鶯色だった。怖くて、ガクガク震えた。もう1台の車は若い男性が運転していたが、その男性が動いたことで、僕はビクッとした。
――この事故は、僕のせい…?そう思ったら、怖くなって、その場から逃げた――。
(僕のせいじゃない!)
そのときは、そんな思いばかりが頭の中でぐるぐる回って、ただただ怖かった。後になって、あの車を運転していた女性が亡くなったことを知って、もっと怖くなった。誰かが「お前のせいだ」と言いに来るのではないかと、毎日怯えていた。でも、誰も来なかった。人通りの少ない道で、目撃者もいなかったのだ。そうして、今に至るまで、僕はそのことを誰にも話していない。
「どうぞ」
目の前に置かれたコーヒーに、ハッと我に返る。
「ありがとう」
「大丈夫ですか? お顔の色がすぐれませんよ」
「……大丈夫です」
僕は、あれ以来ずっと、あの鶯色の服を見ると怯えてしまう。僕はそっと、そのコーヒーを口に運んだ。香ばしい香りが口の中いっぱいに広がって、少しホッとした。
その時、斜め後ろから視線を感じた。振り返ると店の隅の席に、鶯色のワンピースを着た女性が座ってコーヒーを飲んでいた。
「わっ!」
僕は思わず立ち上がった。その女性の頭からは血が流れていた。でも、女性はそれを気にする様子もなく、こちらを見上げてニッと笑った。
――やっと、会えたわね――
終
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このお話しは第4話「淡い想い」、第11話「私の席」、第13話「この世の狭間」と繋がっています。
また第1話「君の面影」、第8話「睨む女」、第15話「悪寒」と関連があります。
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