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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
22/40

第22話 私を殺した男

非日常の中で――(葵の場合)

(見つけた…!)


窓の中にいるその男を見た瞬間、そう思った。何故だろう。そう思いながら私は窓に近づき、その中を覗き込む。ここはカフェのようだ。

 その男はカウンターに座ってコーヒーを飲んでいた。心臓がドクンと鼓動を打つのを感じる。そうして胸の中にざわざわした黒い物が(うごめ)く。頭の中に何かがフラッシュバックする。電車の警笛、光る二つの玉。とても眩しい、宙に浮く誰かのシルエット――。


(あれは…私……?)


私はとても長い時の中を彷徨っていたように思う。ずっと、自分が生きているのか死んでいるのかさえ分からなかった。いえ、そんな事すら考えなかった。思考は止まったまま、白い靄の中にずっと一人閉じ込められていた。自分が何者で、どこから来たのか、何をしているのかも分からず、何を考えるもでなく、流れの止まった時の中にいた。


 でもある日突然、目の前が開けた。そうしたら私はこのカフェの前に立っていた。これには何か理由があるのだろうか。誰かが私をここへ導いたのだろうか。私は、いったいどうなったのだろう。その前に、私はどこの誰なのだろう。私に何が起こったのだろうか。どうしてこんなにも分からないことだらけなのか。


 そんな事を思っていたらあの男が私の視界にいきなり飛び込んできたのだ。


 私の脳裏に何かを言っている男の姿が朧げに浮かぶ。


「君と俺は運命で結ばれているんだよ」


男の手が私に伸びてくる。私は思わずその男の手を払って仰け反った。


(ああ…!)


やっと、思い出した。私は、あの時、死んだのだ――。


 ホームから投げ出されて浮かんだシルエットは私自身の姿。私は、あんな事で死んだのか。あの時、私に手を伸ばしてきた男がこの店の中にいる。あの男は誰なの?私とあの男は恋人同士だったのだろうか。否、違う、そんな優しい感覚ではない。


恐怖と――怒りと憎しみ、あの男に感じるのは負の感情だけだ。でもそれも強い者ではなく、何だかぼんやりしている。


 私はあの男から逃げようとしたのだ、だからあんな事になったのだ。そうだ、ずっと、ずっと私は視線を感じていた。電車に乗る度に、私にまとわりつく視線。


「誰かに見られているような気がするの」


そして私は誰かにその事を話したように思う。誰にだったのだろう。その人は優しい目で私を見る、でも顔が思い出せない。でもあの男ではない事だけは確かだ。


 私はあの男のせいで死んだのだ。私が死んでからどのくらい経っているのだろう、それはまだ最近の事なのだろうか。私は今までどこにいたのだろう。人は死んだらみんなこんな風に彷徨っているのだろうか。死んだら――そうだあの世とやらに行くのではないのか?とは言っても、それだって本当の話だという保証はない。あれも所詮、作り話に過ぎないだろう。みんな死ぬのは一度きり、自分が死んだ体験話などできないのだから、想像の世界に過ぎないという事だ。


 という事は、私は幽霊という事になるのか。幽霊って本当にいるんだ、などと私は改めて思っている。なんだかとても不思議な気分。自分が幽霊になる日が来るなんて、きっと誰も想像したりしないだろう。私だって、そんな事考えた事も無かった。

 そして私が幽霊になった原因は、きっとあの男なのだ。人の運命なんて本当に分からないものだ。


(あ……!)


あの男が店を出る。私の体は私の意識とは別にあの男について行こうとしている。あの男が私の体に触れたわけではない、だから正確に言えば、あの男に殺された、というのは正しくない。でも私はあの男のせいでこんな事になった。それは間違いない。


 私は、何故あの男について行くのだろう。あの男を恨んでいるのだろうか。それもよく分からない、何だろう。死んだら、生きていた時のような感情はなくなるのだろうか。恨みも怒りも憎しみも消えるのだろうか、悲しみも喜びも楽しい事も、何も感じなくなるのだろうか。


(え……)


一瞬、どこからか笑い声が聞こえたような気がした。懐かしくて優しい温かい物が胸の中を突き抜けた。

 たった一瞬の出来事で私の日常は非日常な日々に変わった。私はもうこの世の者ですらないのだ。あの男について行けば、何か分かるのだろうか、私が誰だったのか、どこに帰れば良いのか。

 

 私に付きまとっていた、私を殺したあの男に―――。



                          終



お読みいただきありがとうございます。

こちらのお話しは第5話「彼女」、第12話「疑惑」と繋がっています。

また第7話「視線」、第19話「偶然」と関連があります。


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今後ともよろしくお願いします。

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