第19話 偶然
繋がっている?――(尚美の場合2)
「こんにちは、マスター」
「いらっしゃいませ」
「しばらくぶりね」
「今日もモカでよろしいですか?」
「ええ、ありがとう」
「どうですか? その後、例の視線の方は」
「ああ……あれ、ね……」
尚美は少し憂鬱そうな顔をする。
「視線……?」
すると、同じカウンターに座っていた男性がこちらを向いた。何度かここで見かけたことがある男性だ。
「え?」
「えっ……あ、すみません。何でもありません」
「ここ一週間は見ていないわ。勤務先でも変わったのかもしれない。何の仕事をしているのか知らないけど……でも、きっと普通のサラリーマンじゃないと思うの。根拠はないけど、不規則な感じ? いつも同じ電車に乗っていたわけでもないし」
「もう現れないといいですね」
「ええ、そう願うわ」
尚美とマスターの会話を聞いていたのか、さっきこちらを見た男性が話しかけてきた。
「あの……」
「はい?」
「ちょっと、お尋ねしてもいいでしょうか?」
「何でしょう?」
「さっき仰っていた“視線”って……何ですか?」
「え、あ、それは……」
「あ、すみません。実はちょっと気になることがあって」
「気になることですか?」
「ええ、僕の知り合いが、前に同じようなことを言っていたもので」
「同じようなことって?」
「電車の中で視線を感じるって……今、その人の顔が頭に浮かんでしまって」
「そうなんですか? 私も電車の中です。そちらも女性の方のことですか?」
「ええ。僕の婚約者でした」
「でした……って?」
「亡くなりました。ホームから落ちて……」
その言葉を聞いた途端、心臓がドクンと波打つ感じがした。そして、マスターの表情が少し曇る。
「彼女、その視線を気味が悪いって言っていました。まとわりつくような、嫌な感じだと。後悔しています。もっと彼女の言葉に耳を貸すべきだった……そうしていたら……」
「それは、私の感じている視線と、とてもよく似ています。あの……婚約者の方がホームから落ちたというのは……事故ですか?」
「足を滑らせたと聞いています。目撃者もいたようで」
「そうだったんですか……」
「でも、僕はおかしいと思ってるんです。彼女はとても慎重なタイプで、落ちるようなホームの端なんて歩くはずがない。しかも、もう電車が入ってくるというのに」
「それは……どういう意味? まさか、誰かに……」
「分かりません。でも、電車が入ってくるときに、そんな危ない場所にいたということは、何か他に気を取られていたのではないかと」
「他に……?」
「彼女が落ちた時、近くにいた男がいるんです。目撃者の話では“助けようとしていた”ということなんですが」
「何か、疑っていらっしゃるんですね」
「もし、その男が視線の正体だったら……」
「あなたの婚約者は、その男から逃れようとして足を滑らせたとか……?」
「そう、思っています。そして、僕には怪しいと思っている男がいます」
「怪しい男……?」
聞き返そうとした時、男性の携帯が鳴った。
「あ、すみません」
男性はしばらく電話で話をしていた。どうやら仕事の呼び出しのようだと尚美は思った。
「すみません、仕事でトラブルがあって戻らなくては。今度またここでお会いできたら、ゆっくりお話しさせてください。あと、ちょっと協力してほしいことも……。もし、あなたの感じている視線と、僕の婚約者が感じていた視線が同じだったとしたら……」
そう言い残して、男性は帰って行った。
本当に同じ人物なのだろうか。そんな偶然があるのか―――それに、「協力」とは何のことなのだろう。尚美は首をひねった。
でも、何か――嫌な感じがする。
終
お読みいただきありがとうございます。
こちらのお話しは第7話「視線」と繋がっています。
また第12話「疑惑」と関連があります。
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