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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
16/40

第16話 消えない光景

もうこの手は届かない――(珠美の場合)

「待って!」


珠美は身を乗り出して手を伸ばす。だが、その拍子に体は宙に浮き、落ちていく。どこか高いところから、暗い暗い闇の中へ――そして、ハッとして目を覚ます。何度この夢を見ただろうか。


 昨日、会社の若い子が退社を申し出てきた。どうやら妊娠しているらしい。寿退社ということだ。結構目を掛けていた。入社して3年目、仕事にも慣れ、これからだと思っていただけに、少し腹立たしい思いも湧いた。かと言って産休・育休を挟まれて復帰されるのも正直、面倒だと思っている私がいる。


 会社に入って25年、もう何度もそういう子を見送ってきた。そんなことにはもう慣れているはずだったのに。久しぶりに期待できる子だと思っていたからなのかもしれない。昔、目を掛けていたあの子と似ていた。


 あの時もそうだった。10年前のあの日も―――。


「私、会社辞めようと思っているんです……」


あの子はそう言った。頭の中に過去がフラッシュバックするように浮かび、珠美は目の前のコーヒーを一気に飲んだ。口の中にコーヒーの香りとブランデーの程よい甘さが広がる。

珠美は随分と若い頃にカフェ・ロワイヤルというものを知って、その美味しさに魅了された。以来、カフェに入ってこれがメニューの中にあると、必ず頼むようになった。


このカフェに入ったのは偶然だった。仕事で得意先に行った帰りに見つけて、何気なく入った。その外観に目を惹かれたのかもしれない。子供の頃、近所にあったカフェと少し感じが似ていた。そこはもうとっくに無くなってしまっていたが。


 メニューにカフェ・ロワイヤルはなかったが、試しに聞いてみた。


「カフェロワイヤルって出来ます?」

「出来ますよ」

「本当?じゃ、お願いします」


そうして飲んだものは今まで飲んだどのカフェロワイヤルより美味しかった。それから珠美は嫌な事があったり、イライラしたりするとここに来てそれを飲む。飲むと気分がとても落ち着く。


「どうしました?何か嫌な事でもありましたか?」

「あら、どうして?」

「いつもはもっと味わってお飲みになっていらっしゃいますよ」

「あ、ああ。そうね…ごめんなさい。もう1杯作ってくれる?今度はゆっくり頂くから」

「承知しました」


淹れたてのコーヒーの上でスプーンに乗せられた角砂糖にブランデーが注がれる。パッと浮かび上がった青い炎がコーヒーに吸い寄せられるように沈んでいく。


 またあの光景が頭に浮かぶ。地面に吸い込まれるように落ちていくあの子の姿――。


「キャ―――ッ!」


あの叫びは未だに頭に残っている、もう10年も経つというのに。


「マスター、忘れられない過去ってある?」

「そりゃ、色々ありますよ」

「そう?」

「人はね、生きている年数分だけ色んな荷物を背負(しょ)っていくんですよ」

「それじゃ、年取ると重くてしょうがないじゃない」

「そうですね、簡単に落ちてくれると良いのですが…」


(落ちる…)


手を伸ばして上を見上げるあの子の顔、あの時の光景は珠美の中から消える事はない。

どうしてあんな事になってしまったのか、どうして助ける事が出来なかったのか。


そして、どうして口を噤んでしまったのか――悔やんでももうどうにもならない。


「人間みたいに?」


「え…?」

「あ、何でもない」


あの子は、落ちて行く時何を思ったのだろう。


 あの光景が珠美の中から消えないようにその罪も一生消えることはない―――。



                             終



お読みいただきありがとうございます。

こちらのお話しは第6話「離れられない」、第10話「誕生日」と繋がっています。

また第2話「曖昧な記憶」、第9話「人影」と関連があります。


いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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