第15話 悪寒
気になる――(透の場合2)
「マスター、ちょっと聞いていい?」
「どうしました?」
「あのさ、前にあの隅の席によく座ってた女の人、覚えてる? 歳はよく分からないけど、ちょっと上品な感じの、どこかの奥様風の……」
「もしかしてお昼過ぎに来られて、いつもキリマンジャロを飲んでいらっしゃった方ですか?」
「あ、そうそう」
そう、あの女性が雨宿りしている時に声をかけたのが僕だ。
「ここのキリマンジャロ、美味しいですよ」
そう声をかけたら、店に入ってきた。
特に話したこともないが、それから時々この店で見かけるようになった。初めは気にしていなかったが、何度か顔を合わせるうちに、その視線が気になるようになった。
――昔、亡くなった恋人に少し面影が似ていたせいかもしれない。
でも、どうにも“見られている”感が拭えなくて、あの女性がいないのを確認してから入ったりするようになっていた。
……が、最近ずっと見ていない。もう来ていないということなのだろうか。いないことを確認してから入っていたくせに、いざ本当に見なくなると、不思議なもので少し気になったりもしてしまう。
「……あの方ですか」
「どうしたの? 何か、あった?」
「実は、お亡くなりになったそうですよ」
「え? そうなの?」
「亡くなられて半年くらい経った頃でしょうか。ご主人がいらして、写真を出されて“妻なんですが、この店に来ていましたか?”って尋ねられましてね」
「そうなんだ……」
「毎週のようにいらしてましたからね。突然来られなくなって気にはしていたのですが……まさか亡くなっていたなんて」
「病気だったの?」
「いえ、交通事故だったそうです。右折しようとした時、信号無視で直進してきた車に突っ込まれたとか」
「そうだったんだ……」
僕はそっと振り返って、今は誰も座っていないその席を見る。特に何かされたわけでもないのに、避けたりして……悪かったかな、とふと思った。そう思ったとたん、背筋にゾワッとするような悪寒が走った。
(なんだ……?)
「あ……」
マスターが僕の後ろの方を見て、小さな声を上げた。
「え? 何?」
「あ、いえ……何でも」
「今、何か見たような顔したよね?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
僕は恐る恐る後ろを振り返る。誰もいない――。
「もう、脅かすなよ」
「すみません……」
マスターは苦笑いしながらも、ちらっと僕の後ろを見上げるように視線を向ける。
「あ……」
そこに入ってきた女性が、小さく声を上げる。そして僕の後ろを凝視している。
(なんなんだ……?)
「いらっしゃいませ、陽葵ちゃん」
「あ、こ、こんにちは。マスター」
「こんな時間に珍しいですね」
「代休なの」
「相変わらず忙しそうですね」
「まあね」
そう返事をしながら、彼女は二つ席を空けてカウンターの椅子に腰をかけた。その視線が、ちらちらと僕の後ろを気にしているような気がする。
……何か、あるのか?
いやいや、そんなわけはない。僕には、何も見えないのだから。
でも――背中のゾクゾクが、消えない――。
終
お読みいただきありがとうございます。
こちらのお話しは第4話「淡い想い」、第8話「睨む女」と繋がっています。
また第1話「君の面影」、第11話「わたしの席」とも関連があります。
コメントなど頂けましたら大変嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




