第14話 罪の意識
ただ見ていただけ――(遼一の場合)
「やあ、マスター、久しぶりだね」
久し振りになじみのカフェに寄った。
「いらっしゃいませ。本当に、2ヶ月、いえ3カ月ぶりくらいになりますか?」
「3ヶ月かな」
「何かありました?」
「まあ…….マスターは幽霊、とか信じる方?」
「幽霊、ですか?また、どうしてそんな事を」
「いや……」
「もしかして、何か変な物でも見ましたか?」
「そういうわけじゃないんだが……」
こんな事言っても誰も信じてくれまいと思った。最近、私は鏡や電車の窓に映る自分の姿に他の人影が重なって見えるのだ。
それは三ヶ月前のあの日から始まった。
あれは会社の帰りだった。残業でいつもより遅くなった私は、駅のホームのベンチに座り、電車が来るのを待っていた。私の前に、若い女性がホームに立っていた。その女性のすぐ後ろに、男が近づいていった。男は彼女に何か話しかけたようだ。女性はあからさまに嫌そうな顔をしていたので、私は少し気になって様子を見ていた。
「……もう、私に話しかけないでください」
確か、そんな言葉が聞こえてきた。
「でも、君はいつだって俺のことを気にして見ていたじゃないか」
「見ていません」
「隠さなくていいよ。俺には分かるんだ。俺たちは運命で結ばれているんだって」
そう言って男が手を伸ばすと、女性はその手を払った。その拍子にバランスを崩したようだ。後ろ向きに倒れそうになり、私は思わず立ち上がった。
(危ない!)
その時、運悪く電車が入ってきた。
電車のヘッドライトが眩しく光る中、女性の姿が宙に浮かび上がった。不謹慎だが、それはまるで1枚の絵のように幻想的に見えた。
その後、大騒ぎになった。多分原型をとどめていたないだろうあの女性の体は電車の下にあるのだろう。赤黒い小さな斑点がホームに飛んでいたの覚えている。
私は、あの女性が仰け反って宙に浮いた瞬間、自分の置かれた状況を呑み込めていないような表情でこちらを見たような気がした。目が合ったように感じて、思わず目を逸らしてしまった。
警察がバタバタとやって来て、その時の状況を居合わせた者たちに聞いて回った。女性と話していた男は、女性が足を滑らせて落ちたと言っていた。「助けようと手を伸ばしたが間に合わなかった」と。
確かにそうだったようにも思う……。だが、私にはそうは見えなかった。
ただ、見ようによっては――というか、角度によっては、男の証言通りにも見えたかもしれない。実際、男の言葉を裏付ける証言をする者もいた。彼らは私よりも遠くにいたため、二人の会話は聞こえていなかったのだ。
しかし、あの会話を聞いていたら、彼らの証言も違ったものになっていたのではないか……。そう思ったが、私は警察に何も言わなかった。咄嗟に、「関わりたくない」と思ってしまったのだ。
それからだった。
電車に乗るたび窓に映る自分の後ろに、誰かの姿を見るようになった。もしかして、警察にきちんと証言しなかったことを恨まれているのだろうか?だが、あの男が突き落としたわけではない。彼女は男の手を振り払った弾みで落ちたのだ。足を滑らせた、という男の証言は、あながち嘘とも言えない。
それに、私が何をしたというのだ。私は何もしていない。
――そう、何もしなかっただけだ。
「幽霊の心当たりでもあるのですか?」
マスターの声に、私は顔を上げる。
「いや、ないよ。そんなのあるわけないじゃないか」
「……そうですか」
「で、いると思う? 幽霊……」
「どうでしょうね……。でも、思いを残している魂は、さまよったりすることもあるでしょうね。そんな気がします」
「マスターは見たことあるの?」
「……いえ」
「そう……だよね。そういうのって、大抵気のせいだよね」
「そうかもしれませんね。人の思いが見せる幻……のようなものかも」
「幻……か」
そうだ、きっと幻に違いない。これは、私の罪の意識が見せる幻なのだ。――罪? いや、私に何の罪があるというのだ。私は、何もしていないというのに。
――ただ、見ていただけだ。ただ、何も言わなかっただけだ。それが悪いというのか――。
(ああ……なんか疲れたな……)
「じゃ、行くよ。マスター」
「ありがとうございました」
終
お読みいただきありがとうございます。
こちらのお話しは第5話「彼女」、第12話「疑惑」と関連があります。
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