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エリクシル・コード  作者: 紅林ユウ
第一章 ドロップアウトガール
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ドロップアウトガール⑦

「あらら、これはちょっとまずいんじゃないかしら?」

「……うるせー。黙って見てろ」


 観客席に移動して教え子の晴れ舞台を見守っていた征太郎は、傍らで茶々を入れてくる舞を鬱陶しそうに追い払う。彼女の言葉がひどいノイズのように思えるのは、それがどうしようもなく正しいからに他ならない。


 きつく眉根を寄せて、険しい表情を浮かべながら、ほとんど無意識に息を呑んだ。


 ――さすがはルべドクラスってところか。あれだけド派手に錬金術ぶっ放しておきながら、まだまだ肉体に内包する霊子エーテルが残っているとは、バケモンだな……。


 征太郎は内心戦慄していた。

 より最悪な想定をするなら、こうもあっさり第二陣を展開したところからして、さらにあと一回分の余力は残している可能性が高い。


 そこまで付き合ってしまえば、いよいよ葵月の勝ち筋はプツリと途切れるだろう。


「それにしても、選手が両者揃って『触媒武装カタリスト・アームズ』を使わない戦いとか、プロ同士の試合だってそうそう見れたもんじゃないわ」

「……嫌味か。雪代六花のほうはともかく、葵月はそもそも『触媒武装』なんて持ってねえよ」


 触媒武装――正式名称・霊子感応触媒武装。

 この世で最も霊力を通しやすい金属『ヒヒイロカネ』を用いて製造された錬金術の補助道具だ。


 触媒武装は、大気中の四元素を術式に組み込む行程を所有者の代わりに行い、錬金術の起動までの時間を大幅に短縮する役割を担ってくれる。

 ざっくりと言ってしまえば、錬金術師用の便利道具である。

 咄嗟の近接戦闘や防御行動にも利用することを考慮して、基本的にはなんらかの武具の形状をしていることが多い。


 例えば、クラス選定戦で西園寺咲織を始めとした生徒たちが手にしていた得物は、そのほとんどが触媒武装であったはずだ。


 真っ当な錬金術を使えない葵月は、最初からそんなものは持ってはいなかった。

 彼女が握る刀は、触媒としての機能など備わっていない、どこにでもある鉄の塊でしかない。


 一方、がっつり錬金術師である雪代六花も、触媒武装を手にする様子はなかった。

 雪代六花が葵月を舐めている、というわけではないだろう。バケモノと呼びたくなる本物の天才にとっては、触媒武装など必要ない……否、むしろ邪魔になるということだ。


「要するに弥勒院先生のお気に入りちゃんは、触媒武装の補助機能が働くよりも速く、自分の力だけで術式構築ができちゃうってわけね」


 だろうな、と征太郎は頷く。

 異次元の才覚にとっては、補助道具のはずの触媒武装すら、逆に足枷になってしまうのだ。


「いまだって一人の標的を追い詰める手段にしては、些か規模が大きい高難度術式を即座に再展開してみせた。最初の葵月の一撃を防いだ盾にしても、あの一瞬であれだけの硬度の氷を創り出すなんて、触媒武装の補助機能に頼ってるヤツなら絶対に無理だったはずだ」


 だから試合開始直後は思わず舌打ちしてしまった。


 葵月に初手の強襲を提案したのは他でもない征太郎だ。

 触媒武装ありきの術式起動速度を考慮したうえで、それよりも速い斬撃で確実な一撃喰らわせる。そうして少しでも優位な状況を最初に作ってしまおうという魂胆。

 葵月が、斬撃の威力を削いで速度に全振りすれば、その作戦は間違いなく成功するはずだったのだ。


 だが、征太郎と葵月がひねり出した小細工は、圧倒的な才能の前に叩き潰されたのである。

 悔しさと怒りで思わず体が震えたほどだ。


「なんだかんだ応援してるのねえ。ちゃんと葵月ちゃんの先生やってるじゃない、あんた」


 からかうようにニヤリと笑みを浮かべる舞。

 なんだかムカつくので、征太郎は視線を逸らして、わざとらしく肩を竦める。


「……給料のためだよ。こんなところであいつに退学されたら、俺の三ヶ月分の給料がパーになっちまうだろうが」

「はいはい。まあ、そういうことにしといてあげるわ」


 不貞腐れたように舞を無視した征太郎は、改めて教え子の試合の行方に注目する。

 葵月はまだ諦めてなどいない。絶望的な状況ではあるが、それでも僅かな勝機を掴むために、極限までに集中力を高めていた。


 征太郎が教えた型を忠実に守りながら、握った打刀『天塵迦楼羅』を正眼に構える。

 その立ち姿は、まるで自然と一体化したかと思うほど、静かな気配を纏っていた。


 一方、六花は先刻と打って変わって、氷槍を無造作に射出することはなかった。


 両者ともに互いの隙が生まれる瞬間を狙っている。

 しばしの睨み合いの後、先に動いたのは葵月のほうだった。


 彼女が一歩踏み込んだのと同時に、いくつかの氷槍が撃ち出された。

 それも三方向から遅延ラグなしの包囲攻撃だ。すべてを避けきるのは不可能、すべてを斬り捨てることもできない。


 もっとも、それは先ほどまでの葵月であったならばの話――


「っ……いけ、お前ならやれるはずだ、葵月!」


 祈るように声を振り絞った征太郎。

 刹那、葵月の握った『天塵迦楼羅』の刀身が、夜闇さえ切り開かんとする月のように煌めく。


 どこまでも美しい蒼炎。

 それは四元素の混ざらない純粋な霊子の渦。

 祈宮葵月に与えられた才能――膨大な霊力の具象化であった。


「冥護流剣術・丙型――炎牙!」


 葵月は地面と水平になるように構え直した刃を、力強く横一閃に振り抜いた。

 虚空に描いた軌跡をなぞるようにして、刀身に纏っていた霊子が、巨大な光波となって解き放たれる。


 放射状に広がった霊子の荒波は、まるで目の前の障害を焼き払う焔のごとく。

 標的を目掛けて飛翔していた氷槍たちは、ひとつ残らず喰らい尽くされ、蒸発していた。


「へえ、この短期間で冥護流を会得したんだ。なかなかやるじゃない、葵月ちゃん」

「剣技だけで錬金術に挑むなら、これくらいのハッタリは必須だからな」


 冥護流剣術。それこそ征太郎が葵月に伝授した秘策だった。

 かつて日本では、錬金術の発展に伴って侍は必要とされなくなり、表舞台から姿を消した。

 それでもなお武の道に生きた者たちが、錬金術すら凌駕する剣技の頂を目指し、果てのない練磨の先に編み出したのが冥護流だ。


 己の内にある霊子を得物に込めて放つ。

 そこに錬金術の才能など必要ない。無念無想に至った武には、自ずと霊子が宿るのだから。


「まあ、つまるところ冥護流の真髄は自己暗示だ。型という決まった動きで剣を振るったとき、無意識に霊子が引き出される状態を体に覚え込ませる。それだけのトリックだよ」

「簡単に言ってくれるけど、学生時代にあんたに教わったときは、結局上手くできなかったのよねえ。無意識に霊子を引き出すとかわけわかんない境地に至るより、意識的に錬金術で剣に炎を纏わせたほうが百倍簡単だったし」

「……お前に剣術を教えたのは大失敗だったと思うよ、ほんと」


 苦い思い出だ、と肩を落とす。

 宍道舞は、日本において現役最強の錬金術師の一人だ。

 学生時代からその才覚は凄まじく、純粋な錬金術と剣技を組み合わせるだけで、侍の意地である冥護流なんてあっさり凌駕してみせた。

 武に生きた脳筋共の努力は、一体なんだったのか……。


 ――……錬金術と剣術。どっちも達人レベルのバケモンなんて、こいつ一人で十分だ。


 なにはともあれ祈宮葵月は、冥護流という武器を得ていっぱしの剣士になった。

 時間が無さ過ぎて仕上がりは三割程度だが、それでも対錬金術の役には立つだろう。

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