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エリクシル・コード  作者: 紅林ユウ
第一章 ドロップアウトガール
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ドロップアウトガール⑥

 わたしは競技場の舞台に立つと大きく深呼吸をした。

 四方をぐるりと囲んだ観客席には、ぽつぽつと疎らな人影が見て取れる。

 これが公式の大会だったなら、もっと沢山の人たちが押し寄せるように集まり、それはもう圧巻な光景が待ち受けているのだろう。


(いつか、そんな大きな試合に出るためにも、こんなところで負けられない……!)


 張り詰めいた緊張が全身に駆け巡る。

 ぶるりと体が震えたのを「武者震いだ」と切り捨て、相対する位置で静かに佇む少女に視線を向けた。


 風に靡くは腰近くまである長い髪。

 鋭さを秘めた瞳は美しくもあり、凍てつくような冷たさもある。

 白く透き通った肌は触れれば溶けてしまいそうで、華奢な体躯は無機質な人形のような雰囲気を纏っている。


 その身体を包むのは、儚い氷の花弁を想わせるような、美しく煌びやかな衣装。

 決闘装束デュエルドレス。錬金術師が試合に挑む際に着用する霊子防護搭載型の礼装である。


 学園の制服を着てきたわたしと並べてみれば、まるで才能の違いを浮き彫りにされた気分だ。

 わたしと彼女――雪代六花の姿を交互に確認した立会人が、一歩踏み出す。


「試合は、どちかの霊子防護バリアフィールドが二〇パーセントを下回った時点で決着となる公式ルールです。両者、準備はよろしいですか?」


 不動の六花が対面で静かな頷きだけを返し、それに続いてわたしは刀を抜いて正眼に構えた。

 両者の意思を汲み取った立会人が片手を掲げ、


「アッシェクラス・祈宮葵月! ルべドクラス・雪代六花! 両者、錬金術の真髄を目指して――精錬開始トレインアップ!」


 高らかに試合開始の宣言が下された。

 有無を言わさず先に動いたのは、当然のようにわたしだった。


 先手必勝――息も吐かせない速さで懐まで潜り込み、厄介な錬金術を使わせる暇も与えず、ただ勝利を掴むという一心にて斬り捨てる。


「せ、やぁあ!」

「…………」


 しかし、横薙ぎに振るった刃から返ってきたのは、なんとも不愉快な手応えだ。

 強固な鉄に弾かれたような重い感触。手のひらがびりびりと痺れて、思わず飛び退く。


「っ……これだから、錬金術ってやつはぁあ~~……!」


 六花はまだ指先一つとして動かしていない。

 わたしの愛刀『天塵迦楼羅』を受け止め、あっさり弾き返したのは、ただの氷だった。


 霊子と元素を練り固めて創造した氷結晶の盾である。

 わたしの一撃に成果があったとすれば、氷の盾をバラバラに砕いたことだが、そんなことは錬金術師にとって些細な問題だろう。


 あちらからすれば、こちらの攻撃に合わせて、また術式を起動すればいいだけ。

 錬金術が最も得意とする創造の力。神の御業を人の身で再現せんとした厄介な技術だ。


「……はやく諦めたほうがいいよ。いくら続けたところで、最後はどうせ投げ出すんだし」


 不意に届いた六花の言葉。

 流れるように鼓膜を抜けていったその言葉は、嘲笑でもなく、侮蔑でもなく、傲慢でもなく、ただ当たり前の事実を告げるような音だった。なんだかイラっとさせられる。


(ぐぬぬ、くっそー……やっと口を開いたと思えば、降参しろってことですか、ああん?)


 ふざけるな。こっちにはもう後がないんだ。

 身を粉にして鍛錬を重ねに重ねて、先生の教えを背負ってこの場に挑んでいるんだ。


「悪いけどわたしは絶対に諦めない。ぎゃふんって言わせてやるから、覚悟してろよー!」

「……そう。でも、あなたはもう私に近づくことすら出来ないよ」


 彼女がそう告げた瞬間だった。

 一帯の空気が変質する。魂まで凍り付かせるような冷たさが、全身の肌に張り付いてくる。


「……才能に恵まれてる人は、これだから……見せびらかしてくれちゃってさァ……!」


 思わず悪態が漏れるが許してほしい。だって、わたしからしたら、あんなのズルだ。

 視界を埋め尽くすは空中に浮かぶ氷槍の群れ。数はざっと見ただけで百は優に超えている。


「……さようなら。これで、あなたは終わり」


 六花はつまらなそうに言って、その手を軽く振り下ろした。

 それを合図とした氷槍たちが、豪雨のように降り注いで、小さな獲物を喰らわんとする。


「っ……終わってたまるか! こんな雨あられぇえええ――――――――!!」


 相手が喰らいついてくるなら、こちらも喰らい返すだけのこと。

 思考を一点に研ぎ澄ます。全身の筋肉を極限まで駆動させ、骨が軋むことも構わず、全力で氷槍の豪雨を弾いていく。一射一射は弾丸のごとき速さを誇るが、射出前に僅かな予備動作を挟んでいるのは確認できた。氷槍の周囲を漂う空気が大きく震えるのだ。


 そのすべてを視認することは不可能だが、被弾を少なくするための役には立つ。

 目に見えるものは全力で避けて、見えないものは反応して叩き落とし、それ以外は最小限のダメージに抑えながら体で受け止める。


 制服に備わった霊子防護のおかげで傷は負わないが、被弾した際の衝撃はしっかりと痛覚を揺さぶってくる。


 なにより厄介なのは霊子防護の有無に関係なく体温を奪っていく冷気のほうだ。

 寒さにやられて動きを鈍らせれば、それがそのまま敗北《死》に直結する。


「はあ……はあ……どうだ、こんにゃろー……全部、斬り捨てて――――」


 肩で息をしながらガッツポーズ。

 満身創痍だったが、相手の切り札を耐え凌いでみせたと、まずは前向きに勝ち誇ってみる。


 しかし、


「……は?」

「お見事。正直、いまのを切り抜けるとは思わなかったよ。――じゃあ、もう一回頑張って」


 一泡吹かせてやった。そう思っていた矢先にわたしは絶句する。

 震える体に鞭を打って、ゆっくりと上げた視線の先には、さっきとまったく同じ光景が待ち受けていた。

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