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エリクシル・コード  作者: 紅林ユウ
第一章 ドロップアウトガール
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ドロップアウトガール④

 すっかり日が暮れて、夜の帳が下りた街。

 御影先生との特訓を終えたわたしは、密かな自主トレーニングに励んでいた。


 繁華街の輝きを遠目に眺めながら、静けさに包まれた河川敷を一人走る。

 滲んだ汗を拭えば穏やかな夜風が頬を撫でていく。火照った体にはひやりと気持ちがいい。


(……御影先生は、ちょっとおかしな人だ)


 蚊帳の外にいるわたしに、たった一人指導をしてくれる先生。

 錬金術師の才能は無いと現実を突きつけておきながら、先生は決してわたしの夢を笑ったりはしなかった。


 ――自分の力で誰かを護れる。そんな強い人になりたい。


 そんな漠然とした夢。だけど憧れとする目標はきちんとある。

 ブラッドレイン事変に巻き込まれ、なにもできず怯えていたわたしを助けてくれた一人の錬金術師。その腕に抱きしめられ、命を救われたときのことは、いまでも全身が覚えている。


(わたしは、あの人のようになりたい……あの人から、わたしの夢は始まった……)


 だから、錬金術師の才能がなくとも、この道に飛び込むことを決めたのだ。

 将来、術式管理局に入るにしても、陸自の特殊部隊に入隊するにしても、いまの時代錬金術のプロライセンスは必須だ。逆に言えば、錬金術を使えなくてもプロライセンスさえ取得してしまえば、いくらでもわたしの夢への扉は開かれる。


 その最大の近道であり、わたしにとっては唯一の道でもあったのが、国際錬金術連盟に正式認可を受けた学園を卒業することだった。


 学園を無事に卒業さえすれば、無条件にプロライセンスが授与される。

 浅はかなわたしの考えをお父さんは無謀だと嗜めたし、周りの学友たちはただ嘲笑っていた。


 正直に言ってしまえば、自分自身でも「よくこんな選択したなあ」と呆れている。


(……でも、きっとわたしの無謀は、間違いじゃなかった)


 そう思えたのは先生のおかげかもしれない。

 時代遅れの剣術に頼るしかないわたしに、御影先生は「信じてる」と言ってくれたから。


 誰からも期待されず、信頼もされず、孤独に夢を追い掛けてきたわたしにとっては、先生のあの言葉がなによりも嬉しかった。

 自分でさえ信じきれなかった祈宮葵月わたしでも、先生が信じてくれるなら前に進める気がした。

 こんなところで終わりたくない。

 たとえ誰が相手だって負けるわけにはいない。


(……諦めはない。ただ勝つために、いまわたしがやれること、全部やらなくちゃ……!)


 そう考えていると、いつの間にか学生寮が、わたしの視界に飛び込んできた。

 走り込みのゴールが見えた途端、一気に足が重くなって、全身が悲鳴を上げる。これまでの基礎トレーニングで、それなりに体力をつけたつもりだったが、まだまだ成長の余地はあるようだ。


 それは、わたしがまだ強くなれることの証明だった。

 ふらふらになりながら、最後の力を振り絞って自分を追い込み、なんとかゴールに辿り着く。


 学生寮の玄関先でとある人影を見つけ、わたしは思わず抱きつくように倒れ込んでしまった。


「ちょ、なんでわたくしに向かって来るんですか、暑苦しい!?」

「……えへへ、ごめんごめん。もう限界だったから、ちょっと体を支えてほしくって」


 まったくもう、と呆れたようなため息が返ってくる。

 わたしを受け止めてくれたのは、さおりん――西園寺咲織だった。


 ハーフアップの髪に端正な顔立ちが映えていて、今日も今日とてお嬢様といった雰囲気だ。


「もうとっくに門限は過ぎてますわ。鍛錬に励むのは結構ですけど、学校の規則はちゃんと守らないとダメよ?」

「うっ……さおりんは口うるさいなー、小姑?」

「誰が小姑ですって!?」

「いい反応ありがと。それで? なんで待っててくれたの、さおりん」

「私は西園寺家の次期当主です。その気さくな呼び方はやめてほしいのですが……」

「えー? 友達なんだから固いこと言わなくてもいいじゃんかー」

「勝手に友達にしないでくださる!? 私は、あなたのせいで――」


 そう言いかけて、さおりんは「いいえ」と首を振った。


「クラス選定戦での失態は、私自身の油断ゆえに起きたこと。あなたに責任を転嫁するのは、些か見苦しい行為でしたわね」

「あのときは、ごめん。遅刻したせいで状況がわかってなくて、つい……」


 サバイバル形式で行われるクラス選定戦。

 その激戦を見事最後まで生き残り、高らかに勝利宣言するさおりんを刀で殴ってしまった苦い記憶。もちろん記録上は西園寺咲織の勝利であり、遅刻したわたしは試合不参加ということで最下位になっている。


 しかし、結果とは無関係に周囲は好き放題語るもので、さおりんの選定戦勝利という成果に泥を塗ることになってしまった。


「それはもう構いません。いずれ再戦したときにあなたを叩き伏せれば、それで世間の評価は簡単に覆せますから。ええ、気にはしておりませんとも。まったく! これっぽちも!」


 それよりも、と。

 さおりんはこれまでの勢いが嘘のように瞳を伏せて言った。


「ごめんなさい。私の父が余計なことをしたと聞きました」

「あー、それは、うん……あはは、いきなり退学とか言われて、ちょっとビックリしたよ」

「どうするつもりですか? このままでは本当に退学させられますわよ? あなたが望むなら私がお父様を説得して――」

「ありがとう、さおりん」


 一言告げて彼女の言葉を遮る。

 さおりんの気持ちが知れただけで、わたしはもう十分嬉しかったし、それで満足だった。


「こうなるきっかけを作ったのはわたしだから。さおりんに恥を掻かせたのも良くなかったし、錬金術の才能なんてないのに力づくでこの学園に入学したんだもん。こういう問題には遅かれ早かれぶつかってたと思うから」


 だから、さおりんが父親と喧嘩する必要はないし、そんな不安そうな顔をしないでほしい。

 種を蒔いたのは自分だ。だったら、その責任を背負うのもまた自分自身の他にない。誰かに後始末を押し付けるなんて、そんなやり方ではわたしが納得できないだろう。


「……わかりました。そこまで仰るのであれば、これ以上の口出しは致しません」


 けれど、とさおりんの力強い瞳がわたしを射抜いた。


「こんなことで退学されたら寝覚めが悪くなりますわ。だから、絶対に勝ちなさい」

「うん! 当然、勝ってみせるよ。さおりんはわたしの雄姿をしっかり見ておいてね!」


 どちらともなく小指を出して、絡めて、約束を交わす。

 負けられない理由が、また一つ増えた。

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