デフィート&ヴィクトリー⑩
青く澄み渡った空。
照りつける太陽の眩しさが、わたしを戦場へと迎え入れる。
競技場の舞台に上がるのは、これで二度目だ。
観客席に集まった人の数は前回より遥かに多い。獅星学園の教師、そして生徒たちが学年問わず集まり、さらには新入生の実力を測るためやってきた外部の人々の姿もあった。
学生競技をメインに取材する記者たち、そしてプロチームのスカウトマンまで、いろんな思惑が渦巻いているのだろう。
まだ予選トーナメントだというのに、この盛り上がりっぷりだ。
いかに錬金術競技が世間を賑わせているのか窺える。
(……けど、ごめんね。わたしは錬金術で魅せる戦いは、できないんだ……)
その代わり、御影先生に鍛えられた剣術で、最高の試合を作り上げてみせよう。
そして、わたしという落ちこぼれが、高みの見物をする錬金術師にいつか牙を剥くことを、まずはこの試合を通じて思い知らせてやるんだ。
立会人が試合開始の宣言をする。
それと同時に、対戦相手のボーイッシュな少女が、手にした触媒武装を掲げた。
三つの火球が撃ち出され、それぞれ正面、左右からわたしを挟み込むように飛来する。
(……全然、遅い! 術式の構築も、発動した錬金術の威力も速度も、なにもかも遅い!)
逆に調子が狂いそうだ。不敵な笑みを浮かべながら、力一杯に地を蹴りつける。
掻い潜るように、あっさり火球の包囲網を突破して、そのまま対戦相手の懐を目指す。
「こ、この、錬金術が使えない『アッシュ』クラスのくせに、調子に乗るなァ!」
少女は慌てて後退しながら、さらに火球を連続して射出する。
勢い任せに突っ込んだわたしは、いまさら止まれないし、避けられない。
「……冥護流・丁型――水月」
紅蓮の炎を象った片翼。わたしの新しい相棒。
きつく握った『天塵迦楼羅・陽炎』の刀身が、淡い光に照らされて一際輝く。
無意識下に引き出されたわたしの霊力だ。その霊力によって補強された刃は、わたしの前に立ち塞がった障害を、撫でるように斬り捨てる。
手応えが薄い。まず最初にわたしはそう思った。
なにか仕込んであるのかとも考えたが、そういうわけでもない。
単純に対戦相手の錬金術が、わたしのよく知っているものと比べたら、あまりに脆いのだ。
「ふっ、せいやァ!」
難なく相手の懐に入り込んで、踊るように刀を振るう。
対戦相手の少女は、咄嗟に短剣型の触媒武装を突き出したが、打ち合いにもならない。
キン、と心地よい金属音を響かせながら、弾かれた短剣が宙を舞った。
触媒武装を手から離してしまえば、錬金術師は――どこかの例外はともかく――赤子同然だ。
「うっ……ふざ、けんな……あたしは、まだ負けてなんか……あんたみたいな、ヤツに……」
「…………」
いまにも泣き出しそうな震える声で、彼女はきつく歯を食い縛っていた。
彼女だって、この試合を本気で戦ったからこそ、いま悔しさを感じているのだろう。
だからこそ情けは掛けない。
ここで躊躇ったりすれば、相手を侮辱するに等しい行為になる。
「わたしの、勝ちだ!」
一息に刃が振り下ろされ、一瞬の静けさが会場を包み込む。
そして、
「嶋村恵の霊子防護が安全息を下回ったため、この試合の勝者――祈宮葵月!」
高らかな立会人の言葉に会場が湧いた。
祝福や驚きが入り混じった歓声が、試合を制した葵月に注がれるのであった。
◇
競技場の舞台を下りて選手入場口に戻ると、そこで御影先生が待ってくれていた。
そうだ。わたしは一人で戦っていたわけではない。
「先生! 先生、わたし、やりました! 勝ったんですよ! 見ててくれましたか!」
「うおっ!? こら、ばか、いきなり飛び掛かってくるんじゃない……!」
初めての公式戦勝利に感極まって、後先考えずに先生に抱きついてしまった。
ぐいぐいと無理やり押し返される。わたしは名残惜しくも先生から離れて、一度落ち着きを取り戻すべく深呼吸をした。
「すうー、はあー……むう、もっと喜びを分かち合ってくれてもいいじゃないですか、先生」
少し冷静になってみたら、なんだか先生の塩対応にムカついてきた。
露骨に不機嫌そうな表情を浮かべて不満をぶつけてみるが、先生はまるで気にも止めていない様子だ。
それがまたなんとなく腹立たしい。
少しくらい一緒に笑ったり、泣いたりして、労ってくれてもいいじゃないか。
「ったく、まだ予選の第一試合が終わっただけだろ? 喜ぶんだったら優勝してからにしろ」
「ぐぬぬ、先生のいじわる! ひとでなし! そこまで言うなら、わたしが優勝した暁には、これでもかってくらい褒めてくれるんでしょうね!」
「ああ、いいぜ。そのときは嫌になるくらい褒めてやろうじゃねえか!」
「言いましたね!? じゃあ、わたしの言うこと、なんでも聞いてくれますか!」
「おうおう、なんだって聞いてやるよ! ……あっ、お金があんまり掛からないことで頼む」
なんとも情けない大人がここにいた。
我が先生ながら、そのブレないけちんぼっぷりには、呆れを通り越して尊敬してしまう。
「はあ、たかが御影先生ごときに怒ってるわたしが、なんだかバカみたに思えてきましたよ」
「え、たかが? ごとき? いや、葵月さん、なんだか急に先生に冷たくない?」
「ふーんだ。先生が悪いんですから、知りません!」
「やれやれ、こんなことで拗ねちゃって、お子様だなあ」
「んな!? 少しは反省しろー! ちゃんと褒めろー! 先生のばーかばーか!」
わたしたちの子供じみた言い争いは、控え室に戻るまでずっと続いた。
先生の対応は納得できないし、不満だらけではあるけど、それでも悪い時間ではなかった。
◇
先に葵月を控え室に向かわせた征太郎は、自動販売機で缶コーヒーと葵月用のスポーツドリンクを購入しながら、注意深く辺りを見回した。
競技場裏の通路には人の気配がまるでない。
誰も彼もが観客席から離れることを忘れて、新米錬金術師たちの試合を見守っている。
周囲に誰もいないことを確認した征太郎は、
「よし、よしっ! よっしゃあああ! やった! やりやがった、あいつ!」
胸に貯め込んだ気持ちを思いっきり吐き出した。
思わず何度も何度も、何度だってガッツポーズをかましてしまう。
「どうだ! 見たか、見たかよ、見ましたか! これが祈宮葵月だ! 俺の教え子はなあ! まだまだ強くなれんだよ! こんなもんじゃねえぞ、おっしゃああ!」
最高に気持ちのいい瞬間だった。
ひたすらに思い浮かぶ言葉を重ねていると、なんだか喜びの舞でも踊りたい気分になる。
勝てない、とは微塵も思っていなかった。
最初から征太郎は葵月を信じていたし、この結果だって想定通りのものだ。
それでも、心の底から溢れてくる嬉しさは、もう隠しきれない。
あの強化訓練から一ヶ月。
葵月は一日も休まず己を鍛えることに邁進していたし、定期的に『アッシュ』クラスの授業を見学しに来ていた六花も特訓になんだかんだと特訓に付き合ってくれていた。
一分一秒を無駄にせず努力を続けた葵月は、いまや錬金術師と対等に戦うに値する剣士だ。
「まずは第一歩。この調子ならトーナメントで当たる相手の実力を考慮しても、本戦までは問題なく進めると考えていいか」
しかし、懸念すべきことがないわけではない。
葵月は、いまだ火事場の馬鹿力の意識的制御――固有術式化には成功していない。
「……六花やそれに匹敵する錬金術師を相手にするなら、やっぱりあの爆発力は欲しい」
そうは思うが、こればっかりは征太郎の指導だけでは、どうにもならない。
火事場の馬鹿力による負担を軽減するために、過酷な状況まで肉体を追い込んで鍛えたりはしたが、それはあくまで術式化に成功した先でこそ意味を為すことだ。術式化に至るためには葵月自身が力の引き出し方を見つけるしかない。きっかけが必要なのだ。
どれだけ悩んだって、この件に関して征太郎がやれることは、もうこれ以上はないだろう。
教え、鍛え、導く立場としては、なんとももどかしい。
「少しは専属教官らしい顔つきになってきましたね、御影くん」
「うわっ!?」
不意打ちのように声を掛けられて、征太郎は身を跳ねさせながら振り返った。
「びっくりさせんなよ。気配も音も消して近づくのやめてくれませんかね、弥勒院先生」
背中を刺されそうでおっかない、と冗談めかして肩を竦める。
弥勒院玄譲。獅星学園の校長たる男は、柔和な笑みを浮かべながら、眼鏡を光らせた。
「ははは、そんなに警戒しなくても。それとも、なにか後ろめたいことでもあるんですか?」
「えー、いやー、まさかまさか、俺にはなんの心当たりも――」
「例えば、おかしな額の請求が僕のところに届いたりしているのですが、なにかご存じで?」
「ひっ……あっ、いや、その……」
終わった。
征太郎はすべての思考を放棄して、燃え尽きた。




