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前世の記憶を有する私は悪女と共にやり直す  作者: 完菜


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最終話 未来への誓い

 キャロルは、幽閉の塔からの帰りに王宮の最上階にある屋上に足を向けた。そこは、テッドベリー国の王都を上空から見渡せる。カロリーナが、この王宮で一番好んでいた場所だった。


 ボニーには屋上の入り口付近で待機してもらい、キャロルは一人で屋上に足を踏み入れる。屋上の一番端まで歩いていき白い城壁の前で止まる。そこから見る王都の景色は壮観だった。どこまでも広がる青い空の下に、貴族たちの屋敷が立ち並びその先には商店が見える。キャロルが暮らしていたランベス地区は、遠くの方に米粒大で顔をのぞかせている。その景色を見ていると、この国の全てを自分の物にしているように感じる。だからこそ、カロリーナはこの場所が好きだった。


 無言でその場所に立ち続けていると、段々と自分が恐ろしくなってくる。空は綺麗な青空で大きな雲が浮かび、その下には活気ある王都が栄え世界は平和に見える。だけど、こんなに綺麗で平和な景色の前にいるのに、自分の心は醜くて汚れていた。


 さっきは、二人を前に抑え込んでいたが……。お腹の底から湧き上がる喜びの感情が溢れ出て止まらない。カロリーナを裏切ったディルクの行く末が、彼らの望んでいたものではないことが嬉しく仕方ないのだ。きっと二人には、これから辛く厳しい現実が待ち受けている。ディルクが選んだ女性は真実の愛なんて持っていなかったし、貴族の頂点に立って贅沢な暮らしができるはずだったララは、寒くて侘しい生活が待っている。


 しかも、そんな生活を送りながら憎くて仕方ないカロリーナが、王妃として輝いている姿を目にするのだ。きっと彼らには、酷く惨めで耐え難いものになるだろう。それを思うと、カロリーナの魂が歓喜し体がゾクゾクして変な興奮状態に陥る。

 キャロルは、自分を自分で抱きしめる。こんな性格の悪い自分が恐ろしい。だけど、これも間違いなくキャロルの一部なのだと受け入れるしかない。それに、キャロルとしてはこれから先の長い人生の中で、真面目にやり直していたら辛いことだけではないはずだと信じたい一面もある。この先どうなるかは、本人たち次第なのだ。


 屋上に吹く風が、少しずつキャロルを落ち着かせていく。髪を切ってから一年が経ち、当初よりは長くなったがまだまだ貴族女性にしては短い。そんなキャロルの真っ赤な髪が、風に靡く。冷静さを取り戻してきたキャロルは、遠くに見えるランベス地区を見据えた。この一年、本当に色々なことがあった。何もなかった自分だったけど、支えてくれて協力してくれた人にたくさん出会った。悪女としての自分を完全には消せないけれど、せめて、女将さんや旦那さん、キャロルを受け入れて親切にしてくれた人たちに、報いる心だけは持ち続けようと王都を見ながら誓う。


 しばらく景色を見つめていると、後ろからコツッコツッと誰かが歩いてくる音が聞こえた。誰が来たのだろうと後ろを振り返ると、アルベルトだった。


「アルベルト様……」


 キャロルは、思ってもいない人物の登場に驚いてしまう。


「感傷にでも浸っているのか?」


 いつもの無表情でアルベルトは訊ねてきた。全く、見当違いのことを言われ違うのだと訂正したくなる。キャロルは、アルベルトの方に体の向きを変えるために足を入れ替えようとしたら、小石が足元にあったらしくよろけてしまう。


「あっ」


 咄嗟に、目の前まで歩いて来ていたアルベルトの胴部分にしがみついてしまった。すると、「ゔっ」とアルベルトがうめき声を上げた。


 キャロルは驚いて「ごめんなさいっ」と顔を上げる。丁度、アルベルトの胸元にキャロルの顔があり見上げた先は彼の首元だった。その首元に、見たことのある指輪が下がっている。


 キャロルは、脇腹を痛がるアルベルトとその指輪を結び付ける。


「ちょっと待って。そのケガって……。それに、その指輪も……」


 キャロルは、言葉を発しながらアルベルトから一歩二歩と遠ざかる。アルベルトの顔を見ると、困ったようななんとも言えない表情を浮かべていた。


「もしかして、あなたヒューなの?」


 キャロルは、二人が同一人物であるはずがないと思うのだが……でも状況が物語っている。だって、お腹の傷も指輪もヒューと同じなのだ。


「王宮に来てから、ゆっくり時間を設けて話すつもりだった……。決して、騙そうとしていた訳ではない。ヒューとして会ったのは本当にたまたまだった」


 アルベルトは、降参だとばかりに気まずそうに話す。キャロルは、自分で言ったことだったけれどにわかに信じられない。


「だって……。でも、どうやって? 顔も瞳の色も違うじゃない」


 キャロルがそう訊ねると、アルベルトは周りを見渡す。屋上の入り口にボニーが控えているが、きっと声までは聞こえていない。声のトーンを落として説明を始めた。


「カロリーナだったら、王家の秘宝は知っているか?」

「もちろんよ。でも、あれっておとぎ話のようなものでしょ?」

「違う。本当にある。現に、これが本物だ」


 そう言って、アルベルトが首から下げている指輪をキャロルに指し示した。王家の秘宝とは、昔々この国を作った初めての王が魔術師に願って作ってもらった物とされる。王家の血筋の者がその指輪をはめると、別人に姿を変えると言い伝えられていた。


「でも、その話をディルクにしたらそれはおとぎ話だって言っていたわ。実際に自分が嵌めても何も起きなかったって」

「恐らく、それは俺が偽物とすり替えた後に試したからだ」


 アルベルトは、とんでもないことを平然としゃべる。そんなことが可能なんだろうか?


「嘘でしょ?」

「嘘じゃない。俺が六歳のころにすり替えた。王宮の外に出て見たかったから」

「六歳? そんなことできるはずないじゃない!」

「俺は、誰からも相手にされない子供だったからな。時間だけはあったんだ。指輪の存在を噂で聞いて、どうしても欲しくなって。警備の目を盗んですり替えた」


 キャロルは、唖然としてしまう。いくら幼少期に暇だったとは言え、そんなことをしてしまうなんてもしかしたらこの男は、自分が思っているよりもずっと優秀なのかもしれない。それに、もう一つの疑問が沸く。


「そもそもどうして、下町の自警団で働いていたの? 騎士団の団長はどうしていたのよ?」


 その質問には、都合が悪いのかずっと尊大な態度だったのに目を泳がせている。


「あーそれは……。騎士団の団長になったのが、自警団で働く為だったからだ。全ての始まりが、ランベス地区の治安悪化を防ぎたかったことなんだ」

「あそこに何かあるの?」


 キャロルは、アルベルトとランベス地区の接点が全く思いつかずに何ともなしに尋ねる。だが、アルベルトには言いづらいことなのかさっきよりもさらに歯切れが悪い。


「…………サティオは、母の実家なんだ……」

「・・・・・・・・・・・・」


 最初、キャロルは何を言われているのか理解が追い付かなかった。その事実を理解すると、女将さんが話していた娘のことが点と線でつながった。


「だからなの……」


 全てを理解したキャロルは、色々なことが一気に腑に落ちる。それと同時に、アルベルトとヒューが同一人物だという意味を改めて理解した。


「待って、ちょっと待ってよ……」


 キャロルは、顔がみるみる赤くなっていく。だって、キャロルにとってヒューは大切な人になっていた。でもそれは、心の中でだけだと思っていたのだ。王妃になると決めたからには、その気持ちは心の底に沈めてアルベルトと共に歩んでいく覚悟だった。


「キャロル、ヒューじゃ不満か?」


 アルベルトが、カロリーナではなくキャロルと呼んだ。そして光輝く金の瞳は尊大で、キャロルを見下ろしている。嫌とは言わせないという圧を感じる。そんなアルベルトと相対すると、キャロルの勝気な性格が戻ってくる。


「違うわ。そういうことではないの。私のことよ。さっき感傷に浸っているのかって聞いたわよね? そんな感情はみじんもなくて、ざまあみろって思っているの。こんな悪女で本当にいいのかって聞きたいの」


 キャロルは、アルベルトと強い瞳で向き合う。きっと、これが最初で最後の問いかけだ。自分の性格の悪さは自分がよくわかっている。引き返すのなら今だと、アルベルトに問う。


「俺は、王宮を追放された侯爵令嬢が、こんな形で舞い戻ってくるなんて思ってもいなかった。市井で王太子と婚約者の支持を落とすなんて誰が思うんだ? 見事だとしか言いようがない。それに、俺は弱い女は嫌いだ。一人で立てるくらいがいいし、俺がいなくなっても己で生きていけるくらい強い女がいい」


 アルベルトは、キャロルから目を逸らさずにはっきりと言い切る。そしてキャロルに向かって手を差し伸べてきた。きっとこの手を取ったら、キャロル自身も引き返せない。だけど、こんなに性格の悪い部分を知っても尚、キャロルでいいと言ってくれたのが純粋に嬉しい。


 キャロルは、アルベルトの瞳をもう一度見て視線を合わせる。何を考えているのかわからない無表情な瞳で、キャロルの返事を待っている。でもキャロルは知ってしまった。この無表情な顔の下には、不器用な優しさが隠れていることを……。だから、キャロルは覚悟を決める。この人の隣を歩いて行こう。きっと様々な困難や、この前のような危険もたくさん待っているに違いない。だけど、唯一お互いを信頼して一緒に歩いていける。


 キャロルは、思い切ってアルベルトの手に自分の手を重ねた。アルベルトは、フッと表情を緩め重ねた手を自分の口元に持っていくとそのまま手の甲に口づけた。その動作は、とても優しくて流れるように自然だった。


 アルベルトは、カロリーナの手を離さずにそのまま言葉を口にする。


「覚悟を決めたなら。俺はお前を愛すると誓う。だからお前も俺を愛せ」


 アルベルトが、色気の漂う妖艶な瞳でキャロルの手にもう一度口づけを落とす。彼の表情と言葉に酔ってしまいそうだったが、グッと踏みとどまる。


「私は、貴方が私を愛した分だけ、あなたを愛すると誓うわ。私たちは平等よ。ずっと一緒にいるために、お互い努力しましょう」


 アルベルトが、一瞬虚を突かれた表情を零した。でもすぐに、笑みに変わる。


「ああ、それがいい。ずっと一緒に歩いて行こう」


 アルベルトが一歩、キャロルに寄った。そして、手を腰にあてて引き寄せるとアルベルトの顔がキャロルに近づき優しく唇をかすめた。


 その二人の背後に広がる空は、青かったはずなのにもう陽が暮れかけている。赤い夕陽が白い雲を赤く染め上げている。その雲の赤が、キャロルの頬の色と同じ。きっとこの人となら、同じ目線で生きていける。二人を結び付けてくれたサティオの夫婦に、いつか会いにいこうとそっと目を閉じた。




 ――――それから長い年月が経ち、後世ではこの二人が治めた治世が、民衆に寄り添い国力全体を上げ光り輝く時代を築いたのだと伝えられた。




 完


最後までお読みいただきありがとうございました。

約一カ月半、最後まで走り切れて一安心です。

お手数ですが、下の方にある★★★★★の評価を頂けると嬉しいし幸せです!!

何卒宜しくお願い致します。


感想は、「面白かった!」だけでもとっても嬉しいので気軽に書いて下さい。

お待ちしております。

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「優等生だった子爵令嬢は、恋を知りたい」二巻


発売日 5月10日(金) 

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― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白くて一気に読みました。 ヒューの正体もはっきり示さずに読ませるところに唸ってしまいました。 できれば、娘が隣国に言って寂しがってる2人の元に孫夫婦として、訪れて欲しい…そんな番外編…
[良い点] 面白くて、一気に読みました。 時間が巻き戻るでも、生まれ変わるでもなく 自力で返り咲くところが良かったし、かっこよかったです。 私も番外編希望です!
[気になる点] 誘拐犯のフィリップス侯爵はどうなったのかな? 2大派閥は同時に崩壊して王権が強くなった? 実家もどうなったのかな?悔しがっているかな? [一言] 面白くて一気に読みました! 悪女…
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