045 一夜明けて
王宮にやって来たキャロルは、すぐさま部屋に連れて行かれお風呂に入り着替えさせられる。ヒューとは、王宮に着くなり別行動になってしまった。ケガをしていることをビルが気づき、血相を変えて医者のところに向かったのだ。
キャロルも心配だったが、お互い雨に濡れてビショビショだったし別れ別れになってしまうのも致し方ないことだった。
連れてこられた部屋は、アルベルトの父親が使っていた王と王妃の宮ではなく、彼が幼少の頃より使っている王宮の中でも一番小さな宮の一室だった。使用人も人数を絞っているのか宮の中は静かだ。室内に設えてある調度品もそこまで高級な物ではない。だけど、丁寧に使われているのであろう家具や寝具、カーテンなどがどこかホッとさせてくれた。
キャロルの侍女だと紹介された女性に、お風呂に入れてもらい久しぶりにゆったりとお湯に浸かった。丁寧に髪や体を洗ってもらい、芯から冷えていた体もぽかぽかとしている。ベッドに腰かけると、久しぶりの弾力感に感動する。窓にはカーテンが掛かっていたが、外が白み始めているのがわかり夜が明けたことを知る。
キャロルにとって長い長い夜だった。ほーっと息を吐き脱力すると、お腹からきゅるきゅると音が鳴る。
「お眠りになる前に、何か口に入れますか?」
侍女が、キャロルのお腹の音に気付いたのか尋ねてくれた。お腹の音を聞かれてしまったのは恥ずかしいけれど、昨日一日何も食べていないからお腹がぺこぺこなのだ。ほとんど徹夜状態で眠気も凄いのだが、少しだけ何か食べたかった。
「そうね。できれば果物か何かがあればいいのだけど……。こんな時間に申し訳ないわね……」
キャロルは、申し訳なさそうに侍女にお願いする。キャロルの返事を聞いた侍女は、なぜだか驚いているみたいだった。
「いえ、大丈夫です。こんなこともあるかもしれないと、今日は料理人も待機しておりますので。果物ですね、今頼んでまいります!」
そう言うと、侍女は足早に部屋を出て行った。部屋に一人になったキャロルは、バタンッとベッドに倒れこむ。ふかふかのベッドは、気持ちがよくて目をつぶったらすぐにでも寝てしまいそうだった。天井を見上げて、本当に王宮に戻って来たのだと気が抜ける。
ヒューのことやアルベルトのこと、今後の貴族令嬢としての生活など、問題はやまずみだけど……。越えなければいけない山を一つ越え、成し遂げた達成感で喜びを感じていた。
翌日、目を覚ましたキャロルは起き上がろうとしたが体が重くだるさを感じる。体もじっとりと汗をかいている気がして気持ちが悪い。
「お目覚めになられましたか?」
部屋に待機してくれていたのか、キャロルが起きたことに気付いた侍女がベッドに寄ってきてくれた。
「ごめんなさい。なんだか熱っぽくて……」
キャロルは、侍女の顔を見てすまなそうにつぶやく。侍女が「失礼します」と言って、キャロルのおでこに手をあてた。
「まぁ、大変。かなり高い熱です。すぐにお医者様を呼んで来ますね」
侍女はそう言うと、今朝と同じように機敏に部屋を出て行った。今は何時なのだろうか? とキャロルは部屋の中を見渡す。ベッドサイドに置時計が置いてあったので時間を確認すると、もうお昼の時間も過ぎていた。かなり眠っていたみたいだ。
この一年、下町で働きながら生活をしてきたので自分で思っている以上に疲れが溜まっていたようだ。昨日、お風呂にゆっくりつかりホッとしてドッと疲れが出てしまったみたいだ。やらなくちゃいけないことが沢山あるのに……。アルベルト様に申し訳ない……。彼に会うことはできるだろうか……。
暫くすると、お医者様を連れて侍女が戻ってきた。連れて来てくれた医者は、白いお髭のおじいちゃん医師だった。丁寧にキャロルの体を診察してくれ、ここ最近の生活状況なども詳細に尋ねられた。
「なるほど、なるほど。今のところ熱が高いが、それ以外の症状はないみたいだから疲れが出たのだろう。あんたみたいな貴族令嬢が、一年も下町で生活していたんだ。疲れが出て当たり前だ。食事と睡眠をしっかりとって、ゆっくりしなされ。あまりにも体が辛いようなら、熱さましの薬もだしておくから飲むように」
「はい。ありがとうございました」
キャロルは、ベッドに横になったままお礼を言った。おじいちゃん医師は、少しびっくりした表情をこぼすも、にこりと笑顔を零すと道具を片づけてすぐに部屋を出て行った。
「ねえ、どうしてみんな私と話しているとちょっと驚いた顔をするのかしら?」
キャロルは昨夜から、なぜか驚かれることが多い。自分では普通のことしか話していないつもりなのだが……。気づかぬうちに、変なことを口にしているのだろうか?
「いえ……えっと、あの……」
侍女は、なんだか言いづらそうだ。
「大丈夫だから、正直に話してくれる?」
気になったキャロルは、話を促す。
「実は……。カロリーナ様が、聞いていた方と違うもので驚いていたといいますか……」
侍女は、かなり恐縮している。だけど、理由を聞いてキャロルは納得した。自分が変なことを言っている訳ではないことが知れて安心する。
「なら良かったわ。私、何か変なことを言っているのかと思ったわ」
キャロルは、ふふふと笑う。
「いえ、そんな……。とてもお優しくて、わたくし感動しています。って、いけません。早く何か召し上がって、休んでいただかないと!」
「でも、今寝ていたばかりだからもう眠れないわ……」
「具合が悪いのですから、何か召し上がって横になっていたらきっとおやすみになられますよ。あっ、汗もかいているみたいですしお着換えもいたしますか?」
よく気が付く侍女は、目ざとくキャロルが汗をかいているのを感じ取る。
「手間をかけてごめんなさいね。お願いできるかしら?」
「それがわたくしのお仕事ですから。遠慮なんてなさらないで下さいね。では、軽く食べられるお食事をお持ちいたします」
侍女は、きびきびと動き無駄がない。アルベルトが、仕事のできる侍女を自分に付けてくれた心遣いを感じ嬉しかった。
全47話となりました。
最後までお付合い頂けると幸いです。





