043 囚われたキャロル
「ん、んー」
意識を取り戻したキャロルは、自分の身に起きている異様さを感じる。今自分が、冷たくて硬い物の上に無造作に倒れていたからだ。こわごわと目を開けると、どこからか細い日の光が差しているだけで室内は薄暗い。どこにいるのかわからなくて、ゆっくりと身を起こした。
「ここは、どこなの?」
やがて室内の暗さに目が慣れると、目の前が鉄の柵で覆われているのがわかる。周りを見渡すと、小さな四角い窓が石壁の上部にあるだけで外を覗うこともできない。その窓の光だけが唯一の灯りだった。
ズキンッっと頭に痛みがさす。何かを嗅がされて強制的に眠らされていたからか、体がだるく頭が重い。キャロルは、ゆっくりと立ち上がり柵の向こうに向かって叫ぶ。
「誰かいないの? ここを開けなさい! 私が誰だかわかっているの!」
大きな声で叫ぶも、誰かが来る気配がない。
「やられた……。気を引き締めていたつもりだったのに……。下町で働いていて、人の善意に慣れ過ぎていた……」
誰かに誘拐されたのだとわかる。権力が絡む貴族社会は、騙し、騙されることが当たり前の世界だ。王宮に戻っている最中だったのに、わざわざ火急の用だなんてよく考えたら怪しすぎた。
「悔しい!」
キャロルは、恐ろしいとかいう前に怒りの感情が沸く。一年間、必死に働いて順調に自分の目指す場所へ向かっていたはずなのに……。あと少しというところで、こんなことになるなんて……。
壁にもたれかかり、そのままズルズルと座りこむ。一体、自分をさらったのは誰なのか……。思い当たる人間が多すぎて、絞り込むことができない。キャロルは、顔を上げて何かヒントになりそうになるものはないかと辺りを見渡した。自分が入れられている牢の他にも、いくつか牢があるみたいだ。
だが、他に囚人はおらず見張りの人間さえもいない。牢の外側の奥に鉄の扉が見えるので、その扉が外に出るためのものなのかもしれない。家紋などがあればと思ったが、それらしき飾りなども見当たらない。
「私、どうなるのかしら……」
キャロルは、大きく溜息をつく。不思議と恐怖はそこまで感じない。すぐに殺されなかったところを見ると、利用価値があると判断されたのか何かと取引するのか……。自分を誘拐した人物がわからない限り、何もすることがない。キャロルは、薄汚れた天井を仰ぎ見て途方に暮れた。
それからどれくらい時間がたったのだろうか……。日が暮れたらしく、小さな窓から差していた光がなくなると牢の中が暗くなる。さすがのキャロルも、真っ暗になるとじわじわと怖さが押し寄せてきた。
目をギュッとつぶって、浮かんだのは不器用に笑う男性の顔。キャロルが、困った時はいつも助けてくれて、言い合いになる時もあるけれど、最後はいつも親切だった。もうそれが、仕事だったとわかってはいるけれど、こんな時に浮かんでしまうくらいキャロルの胸の奥底にいる。
「ヒュー」
小さな小さな声で呟く。自分は彼とは違う男性と結婚することが決まっている。こんな気持ちには、気づかないふりをして心の奥底に沈めておくはずだった……。カロリーナだったら、アルベルトと結婚していてもそんなの関係ない! 好きなら自分のものにするって考えそうだけれど……。それはアルベルトにも、ヒューにも失礼だからキャロルにはできない。
「暗いからって弱気になるのは駄目ね! きっとアルベルト様が何とかしてくれるはず! だって、彼には私が必要なのだから」
キャロルは、言葉に出すことで自分を奮い立たせる。よしっ! っと拳を握って気合を入れた。
――――キーッと、古びた扉が開く音がした。
瞬時に鉄の扉の方に視線を向けると、見知った顔が現れた。
「いやはや、これがあのカロリーナか。こんなに薄汚い女に成り下がっても、しぶとく生きているなんてな。逆に流石と言うべきか」
男は、数人の護衛を連れてキャロルが入る牢の前までくると、自分をしげしげと眺め感心している。キャロルは、その男を睨みつけて言葉を吐いた。
「フィリップス侯爵でしたか。私に何の用かしら?」
キャロルは、フィリップス侯爵を見て余裕のある笑みを浮かべる。
「相変わらず可愛くない女だな。こんな状態でも、笑っていられるなんてな」
「誉め言葉と取って置くわ。で、私をどうするつもり?」
「君には、消えてもらうよ。アルベルト王の妃には、うちの末の娘を据える。本当だったら、アルベルトの父親である先代の王の側室にするつもりだったのだがな……。俺の時代を築くためには、平民の息子でも、まー仕方がないだろう」
フィリップス侯爵は、アルベルトを見下した発言をした。アルベルトの置かれている状況は、きっと良いものではないのだろう。だからこそ、カロリーナが必要なのだ。
「ねえ。確か、あなたの末の娘って婚約者がいらしたと思うのだけど?」
「そんなのは、よりよい婚姻があればそちらを優先するに決まっているだろう。まさか、こんなに早く順番が回ってくると思わなかったがな。ディルク殿下のお子様の代こそはと思っていたからな」
「娘は、道具か何かなの?」
「自分の子供をどうしようが、父親である私が決めることだ」
「だから腐ってるって言うのよ」
キャロルは、娘の幸せなんて何も考えていないこの男に吐き気がする。
「よくそんなに強気でいれるな? 君がいるのは牢の中なんだぞ?」
フィリップス侯爵は、怖がりもせずに睨みつけてくるキャロルに呆れている。
「あんたみたいなのをのさばらせない為に、私は王宮に戻ってきたの。後悔するのはあなたよ!」
「いいだろう。いつまで、強気でいられるかね。隣国に生意気な女が好きな奴がいてな。君はそいつに売ることになっている。では」
フィリップス侯爵は、最後ににやりと嫌な笑みを残すとその場を立ち去っていった。彼らが去ると、また真っ暗闇に戻る。キャロルは、無力な自分にただただイライラしていた。





