039 王宮からの迎え
外からチュンチュンという鳥の鳴き声が聞こえ、キャロルは目を覚ました。眠気の残る瞼を開けると、天窓から春の光が差し込んでいる。昨日は、一年振りにディルクとララの姿を見て、気が高ぶってしまい中々寝付けなかった。
民衆たちからヤジを飛ばされていた二人を思い出すと、今も笑いが込み上げる。あの後、二人はどうなったのだろうか? 何事もなかったように、貴族たちへのお披露目が済んだとは思えない。
キャロルは、再度ダンのところに行って情報を手に入れて来なければと思うが……。仕事があるので、今日すぐに行くのは難しい。王宮の方も、昨日の今日では騒動が沈静化しているとも思えない。少し時間をおいてからダンのところに行き、状況次第で今後の方向性を考えるつもりだ。
きっと、預けた宝石も換金が終わっているはずだ。流石のキャロルも、今の地位では王宮に簡単に潜入することはできない。キャロルが、王太子妃になるためにはもう一度貴族社会に戻る必要がある。その為に、換金したお金を使ってこれからはダンに協力してもらおうと考えている。
王宮がどんな状況なのか、早く知りたい気持ちがあるが焦っても仕方がない。今は、自分の与えられた仕事をこなすことが大切だと、割り切って部屋を出た。
それから二週間、そろそろダンの所に行きたいとうずうずしていたので、次の休みに行ってみようかと考えていた。そんなある日、いつものようにお客さんが引けた午後、キャロルは食堂の椅子に座ってぼんやりと外を眺めていた。
実は最近、ヒューだけではなくビルの姿も見なくなってしまったのだ。夜の送り迎えはヒューでもビルでもなく、見たことのない自警団の人。二人に頼まれたと、ある日突然時計台の下に彼がいて送り迎えをしてくれるようになった。なぜなのか聞いても、職務上の理由だからと教えてもらえない。このまま、二人に会えないのかと少しだけ寂しさを感じていた。
何だかんだ、ヒューはいつもキャロルを助けてくれていたし……。レストの送り迎えをしてくれるようになって、それなりに仲良くなれたと思っていたのに……。何も言わずに姿を現さなくなったヒューに、そう思っていたのは自分だけなのかと物悲しさを感じる。
でもだからって、キャロルだってずっとはここにいられないのだし寂しさを感じるのはおかしい気もする。
ディルクやララのことが上手くいって、嬉しくてワクワクする気持ちもあるのだが……。ヒューのことを考えると、胸に小さな針が刺さったみたいで釈然としない。
「はぁー。なんだかなー。このもやもやする感じが嫌ね……」
キャロルは、小さな声で一人呟く。旦那さんは、厨房で休憩中なのでその声は届くはずもない。女将さんは、二階に上がって裁縫中。なんでも旦那さんに新しい服をぬっているのだとか。もやもやを抱えながらも、二人の存在をこの建物に感じるだけでキャロルは安心する。そのうち、ひょっこり二人が顔を出すのではと心のどこかで期待していた。
店先に誰かが歩いてくる気配がした。今日も、遅れて昼食を食べに来たお客さんだろうか? とキャロルは座っていた椅子から腰を上げて扉の方を見た。
――――カランカランと店の扉が開き、入って来たのは王宮の騎士服をきた騎士だった。
キャロルは、騎士の顔を見て驚く。一年前に、キャロルを王宮から連れ出した騎士だったのだ。
「あなた……どうしてここに?」
キャロルはそう言うのが精一杯だった。
「カロリーナ様、お迎えに上がりました」
立派な装いの騎士は、ビシッとキャロルの前に立ってそう言った。貴族に対する振る舞いに、キャロルは動揺する。
「えっ? ちょっと待って。迎えってどういうこと?」
ホールの違和感に気付いたのか、旦那さんと女将さんが顔を出す。
「ちょっと、騎士がうちのキャロルに何の用だい!」
女将さんは、騎士を見るなり怒りの形相で怒鳴る。
「突然の訪問、申し訳ありません。アルベルト様の使いで参りました。カロリーナ様、一緒に来て下さい」
騎士が、女将さんの怒鳴り声に怯むことなく淡々と述べる。キャロルは、アルベルトの名前が出てようやく理解する。自分が動く前に向こうから来てくれたことを。もしかしたら、キャロルが思っているよりもずっと王族の間で何かがあったのかもしれない。
「わかりました。一緒に向かいます!」
「おい。キャロル、どういうことだ!」
キャロルの返事に、今度は旦那さんが大きな声を上げた。いつも言葉数の少ない旦那さんが、大きな声を上げるなんて珍しい。女将さんにいたっては、なぜだかとても悲しそうな表情をしている。
「旦那さん、女将さん。すみません、私は行かなければいけません。大丈夫です」
「本当に大丈夫なのか? 無理やり連れ戻されるんじゃないのか?」
「はい。私が望んでいたことです」
キャロルのきっぱりとした返事に、旦那さんは諦めたのか悔しそうに唇を噛むもグッと言葉を飲んだ。隣にいた女将さんがキャロルの所に歩いてくると、グッと腕を握り必死に言い聞かせる。
「うちの娘は、王宮からおかしくなって帰って来たんだ。明るかった娘が、一年も部屋に引きこもっちまって……。私らが何度、何があったのか聞いても何も教えてくれなくて……。キャロルにはそうなって欲しくないんだよ!」
女将さんの言葉は切実で、酷くつらそうな顔だった。キャロルは、娘さんに一体何があったのか見当もつかない。だけど、自分は女将さんが心配するようなことにはならないという自信があった。
「女将さん、私は自分の希望で王宮に行きたいんです。娘さんに何があったのかはわからないけれど……。私は、絶対に大丈夫です」
「そうかい……。キャロルがそこまで言うなら仕方がないね……」
女将さんは、キャロルの意思の硬い瞳を見て降参だというように首を垂れる。女将さんの話も気にはなるが、今はアルベルト殿下に会うのが先だとキャロルは騎士の方を見た。
「お願いします。王宮に連れて行って下さい」
女将さんと旦那さんが見送る中、ランベスには似つかわしくない豪華な馬車に乗ってキャロルは王宮へと向かった。





