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前世の記憶を有する私は悪女と共にやり直す  作者: 完菜


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034 この二人の姿が見たかった

 良く晴れた日の朝、キャロルは胸を躍らせていた。今日は、待ちに待った王太子ディルクが婚約者をお披露目する日なのだ。この催しが告知されたのは丁度二週間前。本来なら、国の大きなイベントなので一カ月前には告知されるものなのだが……。

 きっと、彼らはもう王宮内で雑に扱われているのだ。しかも情報取得に疎いディルクとララは、そのことに気付いているか疑問だ。恐らく、無理だろうなとキャロルは考えていた。


 朝の身支度を終えて階段を降りて一階に降りる。この日は、街の住民たちは王宮前広場に集まることになっている。そこで、王太子が正式に婚約したことを祝うのだ。だから本日の食堂サティオはお休み。

 サティオだけではなく、街のほとんどの店が休業する。本当だったら何十年かに一度しかないこの祝賀イベントに便乗して、商売をしている人は屋台を出し町中がお祭り騒ぎとなるのだが……。今回の祝賀イベントは様子が違っていた。


 キャロルが聞いた限り、どの店も屋台を出す話は出ていない。店の外に耳を澄ませても、いつもどおりの静かな朝でイベントのために朝早くから動いている様子は感じられない。


「おはようございます」


 キャロルは、既に店の厨房で朝食を作る旦那さんに向かって朝の挨拶をした。


「ああ、おはよう。朝食できたからテーブルに運んでくれるか?」

「はい。任せて下さい」


 キャロルは、厨房の中に入り綺麗に皿に盛られた朝食をテーブルに運ぶ。今日は、シャキシャキで新鮮なレタスとトマトときゅうりのサラダ。パンの上には、ゆで卵をみじん切りにして白いクリームと塩コショウで和えたものが零れそうなほど乗っかっている。

 その横には、昨日の残りのキャベツとにんじんのスープがついている。スープは、旦那さんが温めなおしてくれたから熱々だ。


 三人分の朝食を運ぶと、キャロルは階段から女将さんに向かって叫ぶ。


「女将さーん、朝食の準備ができましたー」

「今行くよー」


 こんな光景もすっかりお馴染みで、キャロルはこの家の子供になったみたいだった。旦那さんが席に着き、キャロルがコップにお水を入れているところに女将さんが上から降りてきた。


「お待たせ。今日も美味しそうだ」


 女将さんは、今日はエプロンもせず休みの日と同じラフな格好をしている。三人が揃うと、旦那さんが言葉を発した。


「じゃあ、いただこう」

「「いただきます」」


 旦那さんの言葉に、女将さんとキャロルは食べ始める。最初にスープを口にしたキャロルは、顔がほころぶ。野菜の味がじっくり染み込んだオレンジ色のスープは、キャベツとにんじんの甘味が感じられ優しい味だ。熱々のスープをフーフーしながら冷まして飲むと、ペコペコだったお腹に沁みわたる。

 次に、卵がのったパンを大きな口でかじる。白いクリームの酸味と卵の味が合わさって間違いのない美味しさだ。この家でご飯を食べるたびに、食べ物屋さんの住み込みで働けていることに幸せを感じる。


 カロリーナもそう思っているのか、こうやって女将さんと旦那さん三人でご飯を食べていると何とも言えない幸福感に包まれる。家族と近い距離で、温かくて美味しいご飯を食べることがきっとカロリーナにとっても憧れだったのだ。


「キャロルは、王宮広場に行くんだよね?」


 女将さんが、パンを片手に訊ねてくる。


「はい。そのつもりです。女将さんや旦那さんはいかないんですよね? 折角のお祭りなのに本当に行かないんですか?」

「私たちは……王族に興味がないからね……」

「ああ、王宮なんてろくなもんじゃないからな。近づかないに限る」


 女将さんは珍しく言葉に力がないし、旦那さんはどこか怒っている。キャロルは気になってしまい、控えめながらも訊ねる。


「……あの……王宮で何かあったんですか?」


 旦那さんは、言うつもりがないのか朝食を黙って食べ進めている。一方女将さんは、言おうかどうしようか考えるような複雑な表情をしていた。


「キャロルには言ってなかったものね……。うちに実は娘が一人いるって話は、初日にしたと思うんだよ」

「はい。初めて屋根裏部屋に案内された時に聞きました。娘さんが使っていた部屋だって」

「そう。その娘がね……実は王宮でメイドとして働いていた時があって……。あまりいい思い出がないんだよ……」

「……そうなんですか……。でも今は、隣国の人と結婚して幸せに暮らしているんですよね?」


 キャロルは、こんなところで王宮とのつながりがあったことに驚く。そんな話は今の今まで聞いたことがなかったから。あまり話したい事柄ではないようで、女将さんの歯切れが悪い。


「ああ。孫が一人いてね。手紙を読むと幸せそうで安心しているんだよ」

「親にも会えないような遠い所にいっちまったがな!」

「全くあんたは、まだそんなこと言って」


 キャロルは、この家に生まれた娘さんはさぞ幸せな子供時代だっただろうなとちょっと羨ましい。父親と母親にこんなに愛されていて、しかも幸せな結婚もして。


「きっと素敵な人なんでしょうね。私も会ってみたかったです」

「そうだね。明るくて優しいできた娘だったよ。しかも私に似て美人だしね」


 そう言って女将さんが笑う。これから起こるであろう騒動なんて微塵も感じさせない様な、幸せな時間だった。


 食事を終えたキャロルは、外に出る準備をすると店を出た。王宮まで、歩いて行くしかないので早めに出ることにしたのだ。ランベス地区を歩いていると、いつもよりも綺麗な格好をした住民が王宮に向かうのか同じ方向に歩いている。

 それ以外は、街の様子に変わりはなく祝賀ムードに浮かれているというようなことは一切なかった。むしろ、みなどこか厳しい表情を浮かべ、噂がどこまで本当なのか確認してやると言った強い意思のようなものを感じる。


 キャロルは、この街の様子に心の中で浮足立っていた。王太子ディルクとララの婚約をお祝いするムードは欠片もない。市井の間で、こんなことになっているだなんて、貴族の誰も思っていないはずだ。もちろん当の本人たちも。この事態を知った時の二人の姿を想像すると、口が緩んでしまう。


 王宮に着いたキャロルは、王族が立つバルコニーが良く見える場所でその時が来るのをワクワクしながら待っていた。王宮前広場には、数多くの平民が詰めかけ広場を埋め尽くしている。やがて、王族が外に出て来るのを知らせる音楽が鳴り響く。


 キャロルの目に、一年ぶりに見るディルクとララの姿が飛び込んで来た。二人は、お揃いの白い衣装に身を包みにこやかな笑みを携えていた。演奏の終了と共に広場に静寂が訪れる。二人の姿を目にし、胸がドクンと大きく跳ねる。カロリーナが二人を憎悪する感情があふれ出しそうだった。


 祝福の声が上がらないことに疑問に思ったのか、にこやかだった二人の表情が凍り付いている。民衆との間の冷たい空気を払拭するためか、ディルクが力強い声で宣言した。


「私が、この国の王太子ディルク・アレン・テッドベリーである。隣にいるのが、婚約者のララ・ヴォーカーだ。ゆくゆくは、この二人でこの国を担っていく。どうか皆にも祝って貰いたい!」


 だが、民衆たちはその言葉にも反応はなく白けた顔で二人を凝視している。キャロルは、この状態が愉快で仕方がなかった。正直、噂を流したのはいいが、それがどんな風に作用するかなんてキャロルにもわからなかったのだから。こんなに上手く、自分の都合のいい様にことが運ぶなんて声を出して笑いたい気分だった。


 そこに、一人の男性が疑問を投げかける。


「…………もう一人の王子を虐げているって本当か?」


 最初は一人が控えめに呟いた言葉だったのに、段々と人々に伝染し大きな波となってディルクとララを襲う。


「王太子には、弟であるアルベルト王子にするべきだ!」


 ついにキャロルが聞きたかった一言が放たれる。民衆は、その言葉に同意を示し「アルベルト王子を王太子に!」と声高々に叫ぶ。それは、どんどんエスカレートしていった。


 ディルクとララは、民衆たちを収めることもできずに城の中に消えていく。キャロルは、その光景を見て心底安心した。自分がいなくなったことで、少しは成長したかと思っていたがディルクは何も変わっていなかった。


 王になりたいのであれば、これを収めて自分が王太子なのだと立ち続けるくらいでないといけない。ララに至ってはディルクに縋りつくのではなく、彼を奮い立たせて何とかさせるくらいでなければ王妃になどなれない。王太子も王太子妃も、其々が一人で立てる人間でなければあそこに立つ資格などないのだ。


 キャロルは、優越感に浸っていた。やはりあそこに立つのは自分だと。貴族たちは、この場にいた使用人からこの事態を聞くだろう。そうなったら、どうなるのか……。キャロルは、悪女の顔で王宮を見据えた。


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「優等生だった子爵令嬢は、恋を知りたい」二巻


発売日 5月10日(金) 

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