029 ダンの情報
ソファーに向かい合って座ると、奥からダンの秘書の女性が姿を現す。カロリーナとも面識があり、お互い目を合わせて相好を崩す。秘書は、お茶とお茶菓子を持って来てくれてキャロルの座る目の前のテーブルに置いた。その後は、部屋に控えることもなく奥の部屋に消えていく。
「じゃあ、まずはカロリーナの話からいくか」
ダンが、にやにやしながら話始めた内容はこうだった。あの夜会の日、兵士たちに引きずられて退場させられたカロリーナは、そのまま貴族用の牢に連れて行かれディルク王子が公にした罪を然るべき機関に調べさせた。
調べた結果、ディルク王子が言ったことは本当で、王太子の婚約者としては相応しくないと陛下も納得の上、正式に婚約解消ということになった。
「ちょっと待って、解消? 破棄じゃなくて?」
「そうだ。そこは恐らく、お前の父親のウィンチェスター侯爵が上手くやったんだろ」
「なるほど。ありえる」
そして、キャロルが黙ると話の続きをしゃべりだす。牢に入れられたカロリーナだったが、多額の保釈金と未来永劫娘は外に出さないという約束で保釈され、人知れずウィンチェスター領の修道院にひっそりと収容されたことになっている。
「私が言うのもなんだけど、かなり穏便に収まっているわね」
「お前の父親は、何だかんだ有能なんだろ。流石と言うべきだね」
「陛下となんらかの取引があったと見て間違いないわね」
「何でそう思う?」
「あんなに大事にしておいて、ディルクの裁量でどうにかなる事柄ではないわ」
「で、実際はどうだったんだよ?」
「それ、聞くなら別に情報料いただくけど?」
「あっはっはっは」とお腹を抱えてダンが笑い出す。
「お前のそういうところ、間違いなく父親似だな」
「煩いわね。こっちだってギリギリなのよ!」
キャロルは、ぴしゃりと言い返す。今日、キャロルの持っている全財産を使ってしまうのだ、引き出せるだけ情報を聞いてしまわなければという頭がある。
「ほら、銀貨1枚」
ダンは、キャロルが渡した布袋から銀貨を一枚取り出して彼女の前に置く。
(悪くないわね)
「いいわ。教えてあげる。ある意味、本当が混じっているけれど……」
そして、キャロルは王宮を追われた後の自分の足取りを順を追って話した。
「お前、それを信じる証拠あるのか? カロリーナが、修道院で掃除? これ以上俺を笑わせてどうする気だよ」
そういって、ダンがさっきよりも豪快に笑っている。
「別に信じないならそれでいいわ。銀貨は返さないから」
キャロルは、机の上に置かれた銀貨を手に取りマントのポケットにしまう。
「本当なのかよ? 一体どうしちまったんだよ」
「だから、殺されそうになったって言っているじゃない。ダンだってこの顔見て驚いたでしょ! 死に直面したら人間、少しは変わるものよ」
「少しって、お前。変わり過ぎだろう」
ダンが、ヒーヒー言いながら笑い。黒い眼鏡をずらして涙を拭っている。その姿をキャロルは冷めた目で見る。
(いくらなんでも笑い過ぎだわ)
「そんな目で見るなって。悪かったよ。で、さっきの話の続きだが。修道院云々は表向きの話で、実はカロリーナはもう生きていないのでは? って陰では噂されている」
「でしょうね。その方が、信ぴょう性があるわ」
「だな。あんなことになってカロリーナが、大人しく修道院に収まるなんて誰も信じてねーからな。外に出てこないなら、もう存在してないんじゃねーかってのが、社交界での見立てだな」
キャロルは、ダンの話を聞いておかしなところがないか考える。そこで、ハッと気づく。
「ねえ、ウィンチェスター侯爵家は私のこと探したりしたの? 表向きは、修道院行きになっているけれど実際は私は姿をくらましてたんだから」
「あー。特にそれは……。カロリーナの話から、恐らく第二王子が陛下やウィンチェスター侯爵には王宮から追放したことは告げていたんじゃないか?」
「その事実があっても、探さなかったってことか。まあ、想定内ね」
キャロルは、血のつながりのある親だけれど娘を簡単に切り捨てる親に吐き気がする。そちらがそうくるのなら、自分も今後一切の配慮はいらないと心に刻みつける。
「わかった。じゃー、次はディルクとララについてお願い」
キャロルは、秘書が淹れてくれたお茶に手を伸ばして一口飲む。折角だからと、お茶菓子にも手をつけた。
(はー美味しい。久しぶりに高級菓子なんて食べた)
キャロルは、お菓子の美味しさに頬が緩んでしまう。
「お前さ、マジで大丈夫か? たかが菓子だぞ? 隣国に行かないと食べられない食材とかじゃないぞ?」
キャロルは、緩んでいた顔を引き締める。確かにカロリーナは、よく手に入りづらい高級食材を集めてはみなに自慢するように食事会を開いていた。そんな昔の記憶を思い出すと恥ずかしい。
「わかっているわよ。仕方ないでしょ、こんな高級菓子は久しぶりなのよ」
そう言いながら、キャロルは手を伸ばしてもう一つ口に入れる。
「人間ってやつは、変われるもんだねー」
「さっきから同じことを何度も煩いのよ! 話すの話さないの?」
「あー、第一王子と子爵令嬢ね。はいはい」
そう言って、ダンは余り興味がないのか雑な説明をする。どうやら、二人は当たり前だが陛下にも高位貴族にも歓迎されていない。それどころか、呆れられこの騒動の後始末は自分でしろと匙をなげられた。
「ねー、この国の将来に関わる話よね? なんでそんな、どうでもいい話し方なのよ?」
「正直、俺はどうでもいい。大体、最初から俺は第一王子が王太子になるのは反対だったからな」
「あら、そうなの? それは私も初めて聞くけど?」
「カロリーナが婚約者だったから目を瞑ったんだ。お前も全く男として認めてなかっただろ?」
「・・・・・・・・・・・」
「まー、舐めすぎてこんなことになっているが……。俺は、もうちょっと上手くやっているもんだと思っていたよ。男ってのは、プライドの塊よ? 可愛いところも見せてやらないと駄目だろーよ」
キャロルは、ダンをギロリと睨む。そう思っていたのなら、早く言ってもらいたかった。
「過ぎたことは仕方ねー。今の陛下はまだ若いからな。あと一人、二人新しくガキ作るのも可能だろ。その証拠に、陛下に新しい側室を用意している噂がある」
「!! なんですって!!」
「おおーっと、これは言い過ぎたな。これ以上は、追加料金だ」
キャロルは、考えてもいなかった動きを知り驚く。だって、第二王子がいるのだ。平民から生まれた庶子だとしても、王宮で育ったれっきとした王子なのに……。陛下は、第二王子がいないものという考えを曲げる気はないのね……。
キャロルは、剣を自分に向けられた時のことを思い出す。何の感情も見せない、冷淡な黄金の瞳だった。王族の金色の瞳は、受け継がれた血の濃さによって色の濃淡が違う。第二王子の金色は、金の色が濃く目を合わせるとその輝きに圧倒される。ディルクの薄い金色とは比較にならないほどだった。
彼のおかれている状況を考えると、なんだかとてもやるせない。
「何よそれ。面白くないわね」
キャロルは、心の中で思ったことを言葉にしていた。
「まー、あの馬鹿王子じゃ無理だろう。なんで、自分の能力を過信したんかねー。女に誑かされたんだろうが、アホだよな」
キャロルは、ダンの言った言葉を聞いていなかった。もはや、ディルクやララのことはどうでもいい。自分が何かしなくても、彼らが落ちぶれるのも時間の問題だ。こうなったら、自分がやろうとしていることに力を注ぐのみ。
「ねーダン。これから私が話す内容は、好きにしていいわ。むしろ、欲しがっている貴族に高く売ったらいいわよ」
「なんだよ、突然。そんなの情報によるだろ」
そして、キャロルは使えそうな高位貴族の情報をしゃべりだした。





