024 吹聴
そして次の日、同じように食堂サティオを抜け出すと前日と同じ場所にヒューの姿があった。キャロルは、驚きつつも関わりたくなくて横を素通りしたのだが、その後をヒューが付いてくる。
理解しがたいヒューの行動に、キャロルは溜息を一つつくと、後ろを振り返って声を掛けた。
「何で今日も付いてくるのよ!」
「自警団が見回っていると言っても、夜の女の一人歩きは危ない。仕方ないから見回りのついでに、警護してやる。だから、ちゃんと食堂の女将さんたちに夜の仕事をしていることを話せ」
キャロルは、言われた内容に意表を突かれて目が点になる。警護すると言っているが、要するに送り迎えをしてくれると言っているものだ。何の関係もないヒューが、そんなことをしてくれるなんてにわかに信じがたい。
「昨日から不思議で仕方ないんだけど。なんで、貴方が? 万が一、誰かに私が襲われるようなことがあっても、貴方に関係ないよね?」
ヒューは、腰に手を当てて「はあー」と盛大に溜息をつく。
「俺だって、面倒くさいんだよ。仕方ないだろ、そうせざるを得ないんだよ。それに、女将さんたちにも頼まれているし……」
「それって、私を監視しているってことなの?」
「好きに思ってもらって構わない。今は、何も言えないからな。それにお前だって、何かしようとしている癖に言わないだろ」
「わかったわよ。私だって女将さんたちに話せるなら、それがいいんだから。だけど、本当にお金を稼ぎたいだけだから!」
キャロルは、ヒューが第二王子の命令で自分を監視しているのだと確信する。だけど、今のところキャロルの邪魔をするようなことではないので許容した。第二王子からしたら、処刑しろと言われた女を生かしているのだしその後何をやっているのか監視しても無理はない。もし、自分が逆の立場でもそうする。
だけど、もうちょっと隠すものではないのだろうか? これだと堂々と監視していると宣言しているようなものだ……。私が悪いことをしないようにするための抑止力なのだろうか。
キャロルは、まじまじと改めてヒューに視線を送る。最初に会った時から感じていたことだが、どこかで会ったことがある気がするのだ。真っ黒い瞳をしげしげと見ていると、ヒューが気づいたのか顔を背ける。
「おい。行かなくていいのかよ?」
「そうだった。こんなところで、止まっている場合じゃないんだった」
キャロルは、居酒屋レストへと足を動かした。ヒューと立ち話をしていたので、急がなくてはと足早に夜の道を歩く。歩きながら気づいたのだが、初日に感じた夜に一人で歩くことへの恐怖感は無くなっていた。不本意だけれど、ヒューが後ろを歩いてくれていると思うと安心感がある。
話し方や態度は、いつも無愛想だし刺々している。だけど、何だかんいっていつもキャロルの力になってくれる。なぜなのだろうと不思議に思うことの方が強いが、自分には関係のない人だとは思えなくなっているのも事実だ。
居酒屋レストの前まで来ると、ヒューは何も言わずに踵を返して夜の街に消えて行った。何も聞かなかったが、終わる頃にまたきてくれるのだろうとキャロルは解釈して店の中に入って行った。
「ヘルマンさん、こんばんは。今日もよろしくお願いします」
キャロルは、店の中に入るとカウンターでグラスを磨くヘルマンに声を掛けた。ヘルマンは、キャロルを見ると何だが驚いているようだった。
「おっ、おう。よろしく」
昨日までの気安さが薄れて、どこかぎこちなさを感じる。
「どうかしましたか?」
キャロルは、ヒューからもしかしたら何か聞いたのだろうかと訝しる。自分が、あの悪女で有名なカロリーナだと知れたら、流石に辞めさせられるのだろうか……不安がよぎる。
「いや。何でもない。今日も、同じように給仕をしてくれればいいから」
「はい。よろしくお願いします」
どうやらヘルマンは、辞めさせるつもりはないようでホッとする。ここを辞めさせられたら、また店を探すところから始めなければならない。それはできれば回避したい。
キャロルには、そんなに時間がないのだ。今日も、できるだけ自然に自分の話をお客さんに吹き込むつもりだ。
キャロルが働き始めて、もうすぐ二時間。そろそろ上がる準備をしなければいけない時間だ。店内は、男性の一人客でそこそこ席は埋まっている。
静かにお酒を楽しむ人や、カウンターに座って店主のヘルマンと楽しくおしゃべりをしている人、常連客同士でたわいもない話で盛り上がっている人と三者三様だ。
キャロルが空いたグラスを下げにテーブル席に向かうと、常連客の一人に声を掛けられた。
「キャロルちゃんって、王宮で働いてたんだって? 凄いじゃん。何の仕事してたの?」
二十代ぐらいの若い男性だった。王宮で働いていた人を見るのが初めてなのか、興味津々だ。
「大した仕事ではなんですけど……王子の婚約者様が暮らす部屋のメイドとして配属されました。メイドなので、雑用ばかりなんですよ」
キャロルは、できるだけ自分の醸す気の強さを和らげへりくだった言い方をする。すると、自分の中のカロリーナが強烈な違和感を覚える。きっと彼女は、自分に対して卑屈になったことなどないのだ。
自分としては当たり前の言動だけど、半分は気持ち悪さを感じる。かなり悪女としてのカロリーナと混ざり合った気でいたが、こういうところではまだまだ彼女の我が強い。
「メイドだって大したもんだよ。なーなー、王子の婚約者って新しくなったんだろう。どんな人なの?」
普段は絶対に聞けないだろう話だからか、若者の食いつきがいい。しかも最近、王子の婚約者が新しくなったと公にされたばかりだ。まさに旬の話題に興味をそそるのも頷ける。
「……。あまり大きな声では言えないのですが、王宮では評判がよくないんです……」
キャロルは、このチャンスを逃さずにできるだけ意味深な言い方をする。
「おい、キャロル。そろそろ上がる時間だから、グラス下げたら洗い物だけして上がっちゃって」
そこで、ヘルマンに声を掛けられる。今日は、ここまでだとキャロルはペコリと頭を下げてカウンターへと戻って言った。
話を聞いていた若者は、隣に座っていた常連客と「どういうことなんだろうな?」と不思議そうにしている。キャロルは、よしよしと心の中でにやける。これを繰り返していけば、じわじわとララの悪評が広まっていく。
(待ってなさいララ!! まずはあなたの悪評からよ。ふふふ。)
心の中ではどす黒いことを考えながらも、手はしっかりと飲み終えたグラスを洗っていた。それをヘルマンは横目で見ながら、やれやれと複雑な心境になっていた。





