018 理想通りの求人
坂道を登って行くと、円形の広場に辿り着く。真ん中に大きな噴水があって、待ち合わせなのか一人で佇んでいる人や、ベンチに座って本を読んでいる人がいた。広場の周囲には、食べ物屋さんが並んでいるみたいだ。キャロルは、どんなお店があるのかグルリと回ってみようと足を向ける。
この辺りは、食堂サティオがある場所と違って建物が石造りだ。壁の色がカラフルで見ているだけで楽しくなってくる。鮮やかな緑の壁や水色の壁、クリーム色の壁の店舗の窓辺には花のプランターが飾られてとても可愛い。
職人通りだからか鉄工芸の看板がやたらお洒落だ。美しい曲線を描いたツタの形や、うさぎなどの動物を模ったものがある。キャロルが見た中で、一番可愛い街並かもしれない。
歩いていく先には、パン屋、定食屋、洋食屋、そして飲み屋がある。キャロルは、お酒を飲める店を見つけ期待度が上がる。しかもぐるっと歩いた結果、この場所だけで飲み屋が三軒もあった。キャロルは、もう一度同じ場所を歩いて三軒の店をよく見比べた。そうしたら、都合のいいことに一軒の店の窓に求人募集の張り紙がしてある。
内容を見ると、夜九時から二時間だけの仕事だった。なんて好都合な仕事だとキャロルは喜ぶ。
食堂サティオは夜7時までの営業だ。夜のお店としては早い閉店時刻だが、二人とももう歳なので遅くまでだと大変らしく五年ほど前に閉店時間を早めたのだ。だから九時からなら十分に間に合う時間だった。
そのお店をじっくり見ると、茶色い壁の外観でツタの葉があっちこっちに絡まっている店だった。無造作に生えているツタがやけに様になっている。
鉄工芸の看板には、お酒の瓶とピアノが描かれている。ピアノが聞けるお店なのだろうか? 庶民向けのお店にしては高級感があり珍しい。
今の時間は、まだお昼を過ぎたあたりでその店は静まりかえっている。できれば、求人募集の話を詳しく聞きたいのだが誰かいるだろうか? キャロルは店の窓を除きこんだ。
奥の方に明かりがついているのが見える。思い切ってキャロルは、扉に手をかけた。扉を引くと、カギがかかっておらず古いからかギーッという音と共にドアが開いた。
「すみません」
キャロルは、大きな声で人を呼んだ。
「はーい。店は夜からだからー」
奥から女性の声が聞こえた。キャロルは返答があったことを喜ぶ。
「あの、求人の張り紙を見たのですが」
キャロルは、更に大きな声で言った。すると、奥から小柄でお腹の大きな女性が出て来てくれた。
「ごめんね。お客さんかと思ったから。求人希望なの?」
女性は、キャロルよりも年上に見える。大きなお腹に手を当てて、動きづらそうだった。
「はい。できれば働かせて頂けないかと思いまして」
キャロルは、背筋を伸ばして女性と目を合わせた。女性の方がキャロルよりもだいぶ背が低く、顔を上に向けている。キャロルと目が合うと、一瞬驚いた顔をしたがニコリと笑顔を向けてくれた。
「そう。では、ちょっとお話をしてもいいかしら? こっちのテーブルに来て座ってくれる。こんなお腹だから立ってるとしんどくて」
女性は、店の中央にあるテーブルを差してそこに行くと奥側の椅子に座った。キャロルも、店の中に足を踏み入れて女性の向かい側に座る。
「じゃあ、自己紹介からかしら? 私は、イライザっていうの貴方は?」
ここの店の店主なのか女性は名前を教えてくれたので、キャロルも同じように名前を言った。
「キャロルです」
久しぶりの自己紹介だったが、自分の中でキャロルが浸透しているので自然体で挨拶ができた。
「キャロルか。可愛い名前ね。それで、どうしてうちで働きたいの? 張り紙に書いてあったと思うけど、かなり遅い時間よ? あなたどこから来るのかしらないけど、行き帰りとか大丈夫なの?」
イライザは、当然のことを訊ねる。キャロル自身もそこを危惧していたから。
「大丈夫です。昼は他の場所で働いているので、時間的にも丁度よくて」
キャロルは、包み隠さずに正直に理由を説明する。遅い時間ではあるけれど、フードなどを被って目立たないように行動すれば大丈夫だろうと軽く考えている。
でも何かあった時の為に、何か護身用に買おうとは思っているのだが……。
「昼間も働いているのに、夜も働くの? 理由を聞いてもいいかしら」
イライザは、驚いた顔で訊ねる。そこは、誰だって気になるところだろう。キャロルが同じ立場でも、本当に働けるのか疑問に思う。
「どうしてもお金が必要で……。絶対にご迷惑はお掛けしません。どうか、私を雇って頂けないですか?」
キャロルは必死に頭を下げてお願いをする。イライザは、どうしようかと考えていた。
「あの求人広告には書いてないのだけど、私もうすぐ生まれる予定なのよ。それで、働けなくなるからその代わりの募集なの。だから私が戻って来るまでの間だけなのよ。それでもいいかしら? 今のところ、赤ちゃんの世話に慣れるまで半年くらいを考えているんだけれど」
イライザは、なんだか申し訳なさそうな顔をしている。キャロルは、むしろ丁度いいと目を輝かせる。自分には他の目標があるから、ずっとは働くことができない。
お金がそこそこ溜まれば良かったのだ。半年なら丁度いい。
「はい。それで構いません」
キャロルは、きっぱりと言った。
「そしたら、よろしくお願いします。いつから来られるかしら?」
イライザが、明るい笑顔で言ってくれた。
「明日からでも大丈夫です!」
キャロルが、元気よく答える。こんなに都合よく働き先が見つかると思わなかった。見つからなくてもしょうがないと思っていたくらいだったのに……。
条件も場所も文句ないところで決まってしまった。なんて幸運なのだろうとキャロルは喜ぶ。雇って後悔させないように、精一杯頑張ろうと心に決めた。





