017 お礼の品
食堂での仕事に慣れたキャロルは、皿洗いだけではなく、ホールでの仕事も任せて貰えるようになっている。お客への注文聞きやお会計まで、大抵のことはわかるようになった。
女将さんは、キャロルが来てから自分の食堂での仕事が減って楽になったと喜んでいる。余裕ができた時間は、二階に行って趣味の裁縫をしたり園芸をしたり楽しんでいた。
生活に余裕を感じるようになったキャロルは、そろそろ次の段階に進もうと考えている。
食堂で働いたお金だけでは、キャロルが考えている計画に足りない。もう少しお金を稼ぎたいと思っているので、夜の仕事を探そうと考えていた。
しかしサティオの夫婦に言ってしまうと、心配されそうだからできれば内緒にしたい。夜だけ開いている酒場が理想で、尚且つ食堂サティオからある程度は離れているのが好ましい。
そんな条件に当てはまる店を、キャロルは休憩時間や休みの日を使って探している。食堂サティオにもお休みの日はあって、週の一番最後の日は一日休みになっている。
今日は、休みの日だったので少し足を延ばして食堂サティオから歩いて二、三十分かかる場所にやってきた。ここはランべスの端に位置し貴族街よりにあり、貴族たちの店に卸す商品を作る職人たちが暮らすエリアだった。
腕の良い職人たちが暮らしているので、その人たち向けの食堂や酒屋もある。平民たちが暮らすエリアよりも少し高級感があるからか街並も綺麗だ。
キャロルは、一人街をブラブラしていた。職人たちの工房には、貴族向けの店に出すには及ばないB級品の商品をとても安く売っている。工房の入口付近に机だけ出して、その上にいくつかの商品が並んでいるだけ。欲しい人がいれば、中に声をかけるような簡素なものだった。
きっと、失敗作を捨てるのは勿体ないから、買ってくれる人がいればという程度なのだろう。
職人通りを歩いていると中々面白い。ガラス細工や、革製品、アクセサリーや、鞄など庶民では手に入らないような商品がたくさんある。
気になったものを手に取って値札を見ると、少し高いがそれでもキャロルでも充分手に届くものばかりだった。白い石畳の道を行くと、緩やかな坂になっている。そこにもポツポツと商品が外に陳列されている。キャロルは、順番に商品を見ていった。すると、蝋燭工房なのだろうか? 実に様々な蝋燭が陳列されている工房の前を通る。
平民は、贅沢できないから蝋燭と言えば夜の明かりの為だ。だから、平民が買う蝋燭は、安くて長持ちするものに限る。だが、貴族は明かりの為だけではなく、嗜好品としても蝋燭を買う。蝋燭に香りを入れて、火をつけることで香ってくる匂いを楽しむのだ。
この工房では、匂いだけではなく見ても楽しめるように蝋燭の形にも凝っていた。花の形をしているもの、丸みを帯びていて部屋に置いておくだけで可愛らしいフォルムのものもある。面白いのは、それぞれの蝋燭の香りには、効能も記載されていることだ。
『ローズは、緊張をほぐす効果』『ネロリは、優しい気持ちにさせてくれる』『ラベンダーは、安眠作用』『レモンは、集中力を高める』『レモングラスは、気分をリフレッシュさせる』
キャロルは、立ち止まってじっくり見る。
「面白いわね」
ついつい、独り言が出てしまう。侯爵令嬢だったカロリーナも、こういった香りを楽しむ蝋燭のことを知ってはいたが、実際に使ったことはなかった。彼女は香りにそこまで興味がなかったから。
でもキャロルは、前世の記憶から香りに効能があることは知っていた。だけど、どの匂いがなんの効能を持っているのかまでは知らなかったので面白い。
値段を見ると信じられないくらい安い。これなら何種類も買えるし、女将さんにも買っていったら喜ぶかもしれない。
それに、この前ヒューへのお礼も考えてて結局いい案が思い浮かばなかった。ついでだから蝋燭でいいのでは? と思いつく。男性には、嗜好品である蝋燭に興味はないかもしれないが、ただの灯りとして使ってもらったって構わない。消耗品だから後腐れもないし、変な誤解も生まれそうにない。
この際だから、前々から何かお礼をと考えていたサティオの夫婦とヒュー、それにビルにも買って行こうと商品を手に取って見始めた。
キャロルは、効能を読んでヒューとビル、女将さんと旦那さんの分を選ぶ。女将さんには、ラベンダーを。旦那さんには、レモン。ビルには、レモングラス。そしてヒューには、ネロリに決めた。
いつも、ぶっちょうづらばっかりしているヒューにはぴったりだわ! キャロルは、ふふふと笑みを溢す。
「すみません」
キャロルは、工房の中に向かって声をかけた。すると、「はーい」と女性の声がして外に出てきてくれた。
「いらっしゃいませ。購入ですか?」
エプロンをした女性は、笑顔で訊ねる。
「はい。ラベンダーとレモンとレモングラス、それにネロリを貰いたいの」
キャロルは、商品を見ながら言う。
「あら、そんなに買ってくれるんですか? ありがとうございます」
女性は、嬉しそうに商品を手に取って袋に詰めてくれる。
「これは、一個おまけで入れときますね」
そう言って、ローズの蝋燭を一つおまけしてくれた。
「そんな、悪いです。値段だってこんなに安いのに!」
キャロルは、驚いて大きいな声を出してしまった。でも、只でさえこんなに安いのに、おまけまで貰ったら儲けなんてなくなってしまう。
「お客さん、良い人ですねー。普通は、喜んで持って帰るのに。この商品は、形が歪んでいたり傷が入っていたりするB級品なんです。そもそも貴族以外の人が、こういう嗜好品の蝋燭なんて買わないんですよ。これは香りがメインだから明るい訳でも長持ちする訳でもないので。香りを楽しむって文化が平民にはないですから。だから買って下さるお客さんは貴重なんですよ。もし気に入ったら、又買いに来てください」
そう言って、女性はにっこりと笑う。キャロルが思っていた通り、やっぱり平民には人気がないらしい。でも自分では買わないからこそ、プレゼントに最適だ。キャロルは、財布からお金を出して女性に渡す。
「はい。丁度頂きました。また来て下さいね」
女性は、紙袋をキャロルに渡すと嬉しそうに微笑んでくれた。ただ買い物をしただけなのに、凄くよいことをしたみたいでなんだかキャロルまで嬉しくなる。
「おまけ、ありがとうございました。また来ますね」
キャロルは、会釈をして店から立ち去った。石畳の道を歩きながら、良い買い物ができたとウキウキしてくる。今日は何だが運がいい気がする。この調子で、夜だけ働けるような場所がないだろうかとキョロキョロしながら進んだ。





