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夜の街をながす

作者: 大西洋子

窓の外は薄ら明るく、悠斗は夜明け前かと思った。だけど目にした時刻は18:35。

「……まただ、またこの時間に目が覚めたのか」

着替え、そして今日も悠斗はタクシー運転手として夜の街をながす。

ビジネス街でスーツ姿の男を乗せ、飲み屋街へ。飲み屋街の角の美容院から、派手なスーツ姿の女を乗せて色街へ。色街からほんの少し離れた先の料亭から、帽子とマスクで顔を隠した若い男を乗せ駅直結のホテルへ。

今日は行く先行く先で客を拾える。そのうえ先程の客は、釣りは要らないと飲料二本ほどの金を残しホテルへと消えた。ちょうど一息つきたいと思い始めた頃合だ。

悠斗はタクシー待機場所に停め、飲料を一つ購入し喉を潤す。その間中、停めた車から、睨むような視線がついてくるのはいつものこと。

……わかっているよ。仕事に戻るから……

空き缶を捨て、運転席に乗ろうとしたその瞬間、鈍い衝撃音に鋭い金属音、程なくしてあがる悲鳴が駅構内を切り裂いた。

人身事故だ。

――どの路線だ?

野次馬めいたと疑問と、

――これは、忙しくなりそうだ。

商売根性満載の囁きが溢れ、程なく駅構内から出てきた一人の中年の男が、悠斗の乗客になった。

「どちらまで」

行き先をたずね、カーナビに表示。かなり遠方だ。金は大丈夫かという心配が顔に出てしまったのだろうか、その客は席に着くなり、靴下の中から折りたたんだ万札二枚取り出し、それを広げながら悠斗に見せた。

「できるだけ急いでほしい」

駅に向かうパトカーに救急車とすれ違い、悠斗の身体から冷や汗が溢れるが、何事もなく、やがて目的地に到着し、客はタクシーを降りた。

だが、その客は少し歩いただけで、その身体を大きくよろめかせ、地面に座り込んでしまった。

「大丈夫か?」

悠斗は思わず駆け寄り、その顔を見る。その顔は、客をタクシーに乗せたときよりも、さらに青ざめた顔色をしていた。

「病院に行った方がよいのでは?」

「それは……そのとおりなのだが、その前に、やらなければ……ならないことが……ある」

ゆっくり立ち上がるその姿はおぼつかない。

「どの部屋?」

客の肩を支えたその瞬間、その肌の感触に悠斗は鳥肌がたった。

悠斗にとって、その感触は忘れたくても忘れられない触感だ。今すぐここから逃げ出してしまいたい。けれど、その男を部屋に送り届けろという命令にも似た畏怖に背を押され、その歩を進めた。

「……パソコンの……データを…全部…消さなければ……」

ガチャリ。

玄関のドアが開き、悠斗は客をリビングに運び、その身体を横にする。そうして言われるがまま、パソコンを立ち上げた。

「あっ……」

画面いっぱいに並ぶ無数の画像。

それも若い男同士が裸で睦み、絡み、融合するその姿。その中に先程ホテルへと送り届けた若い男の姿があった。

趣味で集めたものか、それとも脅迫のために集めたものか。悠斗にはわからない。だが、

今すぐ全部消さなければならないという客からの執念に急かされ、悠斗はパソコンを操作し、パソコンのデータをすべてを削除した。

「……あぁ、…助かっ…た」

客は安堵の声と共にその姿が薄れ、やがて跡形もなく消え失せていた。

――あぁ、うらやましい。うらやまし過ぎる。恨みの元から逃れることが出来て……

悠斗はパソコンを持ち上げ、力いっぱい床に叩きつけ、その部屋を出た。

「戻ったか」

タクシーの横に、白髪頭の初老の男が煙草をふかしながら悠斗を待っていた。

悠斗は後ずさりするが、見えない綱を手繰り寄せるかのように運転手席へと吸い込まれ、シートベルトが悠斗の身体を縛り付ける。

「さて、夜明けまでまだ時間がある」

勢いよくタクシーのドアが閉まり、初老の男の姿が消える。だがその気配は、悠斗のすぐそこにある。

「お前には、まだまだ働いてもらわねばならない。幼い我が子が成人するまではな」


――およそ三ヶ月前の18:38。悠斗はタクシー強盗を企て、運転手の初老の男を刺した。悠斗は後部トランクに刺した運転手を押し込み、車ごとその場から逃走。そして夜明け直前、海岸沿いの旧道をはずれ、そのまま海の底へ沈んだ。

そうして今宵も幽霊タクシーは、悠斗を運転手に据え、夜の街をながす。



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