第23話 ハレニギノノオオカミ おわり
ハレニギノノヤマミズノカミが、満月に照らされ大きく大きく山肌から天に向かってそびえ立ち手を伸ばす。
「 ハレニギノノカミーー!! 」
ビョウと、風を巻いてユラギカゼが頭の横まで飛び立った。
どこから聞こえるのかわからない。
頭はただの水の固まりで、聞こえているのかさえわからない。
でも、僕は君を取り戻したい!
「僕だよ! ユラギカゼだ!
聞いて! ハレニギノノカミ! 君の大切なハジマリノキミは、ほら! あそこにいるよ!
足下を見て! ねえ! 僕を見て!
ハレニギノノカミ!
僕の声を聞いて!!」
力一杯の声を上げる。
「 オオオオ、オオオオ、 」
泣いて空にばかり手を伸ばすカミに、ユラギカゼは正面に出て顔の前で大きく手を広げた。
「ユラギカゼだよ! ハレニギノノカミ! 僕を見て! 君の友達だよ! 」
まるでまわりが何も見えないように、カミは顔から涙のように水を流している。
キミを失った辛さに耐えきれないその悲しみが、カミを覆い尽くしている。
張り裂けそうに痛い胸を押さえて、ユラギカゼは涙をポロポロこぼし、悲鳴のような声を上げて両手で顔を覆った。
「僕を見て、お願い、僕を見て!
ハレニギノノカミ! ハレニギノカミ!
僕を、僕を見て! 見て!! お願いだよおおお!! 」
泣き叫ぶ彼に、カミのうなるような泣き声がふと止まる。
「 オオ、 ユ ラ ギ カ ゼ 」
空に伸ばした水の手が、ドッと音を立てて山肌に落ちる。
そして、また肩から水の手が生えて、そっとユラギカゼを包むように手を伸ばした。
力を使い果たしたユラギカゼの姿が、右半身から次第に消えて身体半分まで消えて行く。
ユラギカゼは、残った左手でキミのいる方角を指さした。
「 僕の 友達。 ほら、大切な キミは、 ほら 手を振ってる、よ。 早く、 迎えに 」
ユラギカゼが、半分の顔でニッコリ笑って、そして消えてゆく。
「 オオオオ、 トモ ダチ 」
カミがゆっくり地を見下ろすと、ハジマリノキミも自分を見上げて両手を伸ばしていた。
「 オーーーーーー!!! オーーーーーー!! 」
ハレニギノノカミは顔から、どうどうと激しい地響きを上げてミズを滝のように流しながら、キミに手を伸ばし背をどんどん縮めて行く。
「気がついた!こっちに気がついたよ! 」
「待って、みんな! 逃げよう! ヤマアラシになる! 」
ヤマミズノカミが滝のように水を降らせながら、小さく小さくなって行く。
それは土石流を起こし、まき散らした毒水を押し流して行く。
動物も、人間も慌ててその場を逃げ始めた。
「婆様!早く!」
「おおおお!なんと、有り難い事じゃ! 水の神じゃ! 水の神がよみがえった! 」
人間達は大切な太鼓を担ぎ、そして村長の息子が婆様を背負って走り出す。
ふもとでは鉄砲水を出しながら、一帯を押し流して行く。
「 オーーーーーーーー!!!! 」
大きな水の手がハジマリノキミに届くと、キミが目を見開き大きく口を開けた。
「 アーーーーーーーーーー!!! 」
オーーーーーーーアーーーーーーーーーー
ふたりの声が、1つになって地鳴りを起こす。
月の明かりがヤマミズノカミの身体で結晶を作り、それが輝く魚となってカミの中でヌシとなって泳ぎはじめた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ …… ドドドドドドドド!!!
「なに?何が始まるの?」
動物も人間も、振り返って地面の震動に恐れて下がる。
次の瞬間、ふたりのハジマリノカミは宙で渦を巻いて1つになると、山の中腹に土砂降りの雨となって降り注いだ。
地面にヒビが入り水が噴き出し、石を割り地面を削り、泉を作る。
そして、ハジマリノキミが一気に長いカミを山のふもとへ向けて伸ばし、川に向かってハジマリノカワを作り出した。
ザアアアアアアアア!!
川は大きな流れを生み出し、干上がる川に残った毒を押し流してきれいにして行く。
消えかけていたシロハナノカワノキミが川からスウッと現れ、上流に両手を伸ばして、感謝するように手を合わせた。
それは、新しい川の始まり、新しい、ハレニギノノカミのハジマリノカワ。
ハレニギノノカミはアジロノカミより、はるかに格上のカミだ。
自ら水脈を動かし、元の位置より少し森の奥へ水源を作った。
「水だ!」
「ミズだ!」
「新しい川が出来た!!」
ザンザン水を流し、キミの髪に沿って地を削って川を作って行く。
それは暗闇の中で明るく輝き、カミの川に相応しい激しさと、荘厳な美しさで川を作っていく。
光の中でヤマミズノカミは、ハジマリノキミを抱きしめた。
喜びの中で、掻き乱れるように1つになって、また2つに分かれる。
そして、ふたりで空を見上げた。
「ああ、ユラギカゼが消えてしまった。」
「僕らのために消えてしまった。」
「僕の大切なハレニギノヤマミズノオオカミ、どうかお願い。」
うなずいて、ハレニギノノヤマミズノオオカミが夜空に手を伸ばす。
「カゼよ、ヤマノカミよ、私の中に残ったこの一粒の涙を源に、ユラギカゼを復活させたまえ。
ユラギカゼノカミよ!我らが気を受けて、出でませい!」
泉を風が吹き下ろし、ヤマミズノカミの指先から出たユラギカゼの涙のひとしずくが、風に巻かれてパンと弾ける。
ふわりと輝く光点がくるくると舞って、中央からユラギカゼの顔が現れ、そして滑り出るようにして現れた。
「ユラギカゼノカミ、誕生おめでとう」
ゆっくり目を開くと、手を伸ばすカミとキミが、1つになって微笑みかける。
ユラギカゼノカミは、またポロポロ涙を流して、ふたりに飛び込んだ。
やがて空が白んできて、ゆっくりと朝日が昇る。
山は元の静けさを取り戻し、いつもの生活が戻って行く。
泉は日を置くごとに濁りが取れて、澄んだ水の中では金色に輝くヌシが元気に泳ぎ回る。
ハレニギノノオオカミの近くには、アジロノカミも水源を作り、ふたりでシロハナノカワノキミへと水を送って、森は元の姿を次第に取り戻していった。
こんこんと湧き出す泉はその後、御神体となってふもとに神社が作られ丁重に祀られた。
春になると祭りが開かれ、神社にはオオカミノタタリによる災害の様子が描かれた巻物と、いましめの石碑と、人柱への鎮魂の碑が残っている。
「山ノ水源ニ、畏レ(おそれ)多キ神アリ。何人モ触レルベカラズ」
終わり
ご愛読ありがとうございました。




