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君は私の婚約者だ

作者: もよん

『君は私の婚約者だ』



 婚約者からのこのセリフ。


『君は私の婚約者だ。自覚はあるのか!?』


『私の婚約者なんだ、しっかりしてもらわないと困る』


『君は私の婚約者のなのだから、優先すべきは私だ』


 このセリフたちは、彼に私への愛があるのかないのかで、大きく受け取り方が違ってくる。

 

 彼の場合は、私を愛してる故だ。

 しかし、幼い頃はそう受け取れなかった。言葉通り「私の婚約者なのだから、私に迷惑をかけるな」そういう意味合いだと思っていた。

 彼の婚約者になり8年。もう互いに、18歳になった。彼の態度は相変わらずどこか、ツンケンしているし、好きだとか愛してるはあまり言われない。「私の婚約者」という、セリフはほぼ欠かさず会うたびに言われるのにだ。

 それだけであれば、単に独占欲や、支配欲が強いだけに聞こえる彼だけれども………。

 私と視線があうたび、頬を染めるのだ。私の手を取ることすら未だに緊張している。深呼吸をして、少し震えながらやっと私の手を取るのだ。

 8年経っても、いまだに私を強く意識してしまう彼が可愛くて、だから『私の婚約者』と言うセリフを強調する彼も、可愛い範疇であった。


「けれど、8年よね………。そろそろ、こじらせ過ぎじゃないかしら」

 私は、1人ではぁ………と、小さくため息をついた。

「やぁ、ヘンリエッタ。お疲れさま」

「ヴァーシュ様」

 今日は彼の家で開かれているパーティに参加していた。彼の変わらずの態度に、対応していたが、少し疲れてパーティから少し離れたのだ。

 そんな私を気遣ってか、ヴァーシュ様が話しかけてくれた。

「すまないね。弟だろう? どうもあいつは、君に甘えすぎてるらしい」

「ふふっ、いえ、そんなことは」

「社交になると、あんなにも猫をかぶれるというのにね。私達の前だといまだに我儘な弟だ」

 ヴァーシュ様と私は自然と彼の方に視線を向けていた。好青年を絵に描いたような、爽やかな笑顔で周りと談笑している。

「不機嫌な仏頂面が素だと知っているから、思わず笑ってしまいたくなるんだが、それでも、あいつが頑張ってると思うと健気でな」

「えぇ、彼は社交が苦手でしょうに………」

 彼は人見知りであるし、他人に心を許すのに時間がかかるタイプだ。それでも、家のために、仕事のためにと社交に励む彼に私は好感を持っていた。

 

 恐らくあの笑顔は、ヴァーシュ様を真似たものだ。ヴァーシュ様は彼とは反対に、昔から大らかで、人見知りもなく笑顔がおおかった。 

 『頑張り屋さん』と、私とヴァーシュ様が彼を生暖かい目で見つめすぎたせいだろう。彼と視線が合ってしまった。


 彼の顔がグッと本当に一瞬歪んだ。ヴァーシュ様も気づいたらしく「あちゃー………」と、声を漏らした。恐らく彼は、こちらに来て怒り出す。案の定、彼は会話が終わるとこちらに来た。笑顔のまま。

 しかし、私達の前に立ち、私達以外には顔が見えない位置に着くと、一気に笑顔が消え、眉間にシワが寄る。


「なぜ、ヴァーシュと話している! 君は私の婚約者だ。ヴァーシュなんかの近くにいて、誤解されたらどうするつもりなんだ」

「義兄になる僕とただ、話していただけだろう? 大丈夫だよ」

「大丈夫と容易く言うな、ヴァーシュ! お前はいつだって脳天気すぎるんだ」

「シェンバリン、落ち着いて。ヴァーシュ様とあなたの話をしていただけなの」

「私の話………。いや! 誤魔化されないぞ。だいたい君は私の婚約者という自覚が薄いんだ! ヴァーシュとの距離が近すぎる!」


 言われ慣れているずなのに、私はいい加減にしてほしいという気持ちが最高潮に達した。 


「はいはい、シェンバリン。私が悪かったから、そろそろ顔を戻して、3人でパーティに戻ろう」

 ヴァーシュ様がそう言うのを、私が手を制して止めた。

「いえ………、今日はシェンバリンと話し合おうと思います。シェンバリンいいでしょう?」

 常であれば、不機嫌なシェンバリンをヴァーシュ様と2人で宥めるのが常であったから、ヴァーシュ様は驚いていた。

「………大丈夫なのかい? ヘンリエッタ」

 1人で今の弟を宥められるのかと、ヴァーシュは心配そうであった。

「えぇ、さぁ、シェンバリン。行きましょう?」

「………分かった」

 シェンバリンの怒りは収まってないようだが、いつもと違う展開に、こちらの様子を伺っているようだ。


 シェンバリンと向かったのはパーティが行われている庭から1番離れた客間だ。みな、パーティに駆り出されているので屋敷の中にはほとんど人がいないのだが、念の為に人目から離れた部屋に来た。

 2人で向かい合う形でソファーに座る。


「さ、話の続きをしましょう?」

「………、一体今日は何なんだ? だから私は、君は私の婚約者という自覚が足りないと言っているんだ。君は私の婚約者であるのに、今日も私ではなくヴァーシュと話なんかして。周りから誤解されたらどうするんだ? 私の婚約者なのだから、私の側に」

「可愛い………、嫉妬されたんですね」

「しっ!? ち、違う!! そんな話はしていない! 君に私の婚約者としての自覚が足りないという話をしてるんだ!!」

 今までだったら、シェンバリンのプライドを傷つくだろうと心の中にしまっていたが、今日は思っていたことを口に出そうと決めていた。

「そうですね! シェンバリンは()()婚約者ですものね」

「んな゛っ………!!」

 いつも彼が言うセリフを、私が真似て言っただけだ。たったそれだけだが、彼は耳先、首筋近くまで赤くなった。


「いつだって、シェンバリンは言いますよね? 君は私の婚約者だって。勿論ですよ。ちゃんと私は貴方の婚約者です。なのに、あなたは婚約者になって8年もこのセリフを言い続けたんです。………そんなに私はあなたを不安にさせてますか?」 

 私はそこが塵に積もって、腹に据えかねていた。

「ふ、不安なんて………」

「不安なんでしょう? だからことあるごとに、君は私の婚約者だって仰るのでしょう? あなたが私を自分のものだと確認するのは、可愛くて好きなのですけれど、なんだか8年も積もると、さすがに疑われすぎてるんじゃないか。私は貴方をそんなに不安にさせてるのかと、気分が良くないんです」

「あ………、いや、私はそんなつもりなんて」

 明らかに動揺している彼が可哀想で、慰めたくなるのを私は必死で抑える。


「シェンバリン、良いですか? 私はあなたの婚約者です。けれど、逆に言えば、あなたが()()婚約者なんです。あなたは私の! 分かりますか?」

 そういった瞬間、彼から動揺が消えた。驚いている顔に近いが、彼の感情は見た目だけでは読み取れなかった。

「もう1度………。もう1度言ってくれないか?」

「あなたは私の婚約者です」

 そういった瞬間、彼はテーブルを飛び越え、私を抱きしめていた。


「そうだ。私は君のだ。私は君のものだ!」

 

 私の目を見ることすら未だに照れてしまう彼から抱きしめられたことで、私は驚いた。彼が私の膝にのしかかるようにして、私を抱きしめるので、彼の体重がかかり少し重い。

「シェンバリン、シェンバリン! 分かりましたから、少しおどきください。重たいです」

「嫌だ。でも………仕方ないか………」

 そう言うと彼は私の隣へ腰を下ろした。しかし私の腕を抱きしめるようにして組み、ピッタリと密着し、頭をこちらに預けている。

「………、一体どうしたっていうんですかシェンバリン」

「私はヘンリエッタのものだから、こうやって、密着するほど近くにいていいんだ」

「え? よく分からないです………? 今まで手を握ることすら恥ずかしがられていたのに」

 そう言うと、彼のプライドにまた触ったのか、見慣れたムッとした顔になった。その顔には拗ねた様子が伺えた。

「別に恥ずかしがってなどいない! ただ………ただ、私の婚約者(ヘンリエッタ)なのだから大切にしたかっただけだ。宝物と同じだな。君だって、自分の宝物は壊れないように大切に慎重に扱うだろう? それと同じような気持ちだったんだ。けれど今、言っててくれただろう? 私は(ヘンリエッタ)のものだと。君のものならこうやってくっついているのが自然じゃないか」

 私は彼の理屈が分かるような、分からないような気持ちだった。恐らく今までは彼の中で、(ヘンリエッタ)の婚約者と言う、自分の理想像が強すぎたのだろう。それが私の発言によって、自分は(ヘンリエッタ)の婚約者でもあるということに気づいて、心境に変化があったようだ。

「もっと、もっと言ってほしい………。私は君のものだと。ヘンリエッタの婚約者は私だけだと。ヘンリエッタのものだから手放したり、離したりしないと言ってくれ」

 なんとなく分かった。彼がこのセリフを繰り返したのは、不安もあったのだろうが、同じように返して欲しかったのだろう。

「私は君が1番好きだから、君の1番好きも欲しい。ずっと、君の中の1番にしてほしい」

 シェンバリンが幼い頃、劣等感が強かったのは分かっていた。シェンバリンは人見知りで、なかなか人の輪に溶け込めないのに対して、ヴァーシュは人気者で取り合いになっていた。ヴァーシュより、自分を1番大切にしてくれる存在。それをずっと、シェンバリンは欲していた。多分いまも。自分を1番に思ってくれる人は簡単に手に入らないと知っている彼だからこそ、そこに固執してしまっているのだろう。

「………、ごめんなさい。私、もっとシェンバリンに好きだって。貴方がうんざりするくらい言えばよかったわね」

「私はどうせ、うんざりしない。それに、多分いまみたいにもっと、もっととねだるだろうな。知ってるだろう? 私は自分の物だという意識が強いから嫉妬も強くなる。私を大切にしてくれる君を離すもんかと執着する。本当なら、ヴァーシュのように穏やかに愛せる人間のほうがいい。でも、根本が違うのか、どうにもそれは、上手に真似てやれない」

「シェンバリン、聞いてください。私はどうも、そう言うあなたが好きです、かわい………ごほん、愛おしくて仕方ないと思ってます。私達は私達らしく、こうやって話し合いながら歩み寄って、寄り添って。そんな風に過ごしていきたいですね」

「………あり…………がとう………」

 彼が苦手なこと。お礼を改まって言う事。親しくない相手から褒められること。慰める言葉をかけること。意識して誰かを褒めること。

 改まってお礼を言ったあと、やはり恥ずかしかったのだろう。すぐ、私の首に腕をまわして更に互いの距離など皆無なほど抱きしめられた。

 言葉にするより、行動する方が、今の彼にとっては恥ずかしくないようだ。

「君の猫なら、ずっと膝の上で愛でられることを望むだろう。君の指輪なら、ずっと身につけて欲しいと望むだろう。だから私も、君の婚約者なのだから君に愛でられ、きみを愛で、君の傍にずっといたい」

 私の婚約者なのだから、それを望むのは当たり前であると言うようだ。

 私の婚約者(もの)だと自覚したことで、自分の気持ちに素直なれたのだろうか。

「本当にかわ………ごほん、いじらしい方ですね。大好きですよ、私の唯一。愛してます、シェンバリン」

 私が頭を撫でると、ぐりぐりと私の首に顔をこすりつけながら、彼の抱きしめる力が強まったのが分かった。

 とても、甘えたになってしまったが、それは彼が心を許した唯一であることを、示されている気がして、私は嬉しかったので………。

 出来得る限り、これからも2人のときは甘やかしてあげたくなってしまった。


-完-

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