大人時間
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ねえねえ、つぶらやくん。いまどきのゲーム機ってどれくらいあるの?
どうもゲームと縁遠い暮らしをしてきて久しいから、そのあたりぜんぜんわかんないのよねえ。
ほら、もうこの歳だと自分より年下の子と接する機会が増えるでしょ? 話題についていけたらと思うんだけど、どうにも新しい知識を取り入れるのって難しくって。
本とかより、人から聞いた方が分かりやすいかなって? つぶらやくんなら、そこらへんお手の物でしょ?
え、ゲームに関して、どこまで知っているかって?
うーん、ピコピコとファミコンくらい? ごめんね、おじいちゃんやおばあちゃんの家で過ごしていた時期が長いから、認識がそんなものなのよ。
小さいころは両親のもとにいたんだけど、わけありでちょっと距離をおいた方がいいかなって。おそらくゲーム関連でね。
――そのときのこと、聞いてみたい?
うーん、楽しくはないと思うのだけど。つぶらやくんのお役に立つかしら。
ここからは、大人の時間。
夜更かししそうになる子供に向けて、親たち保護者たちが告げる言葉のひとつ。
ご多分に漏れず、小さいころの私もこれによって自分の部屋へ連れていかれた。当時は午後9時くらいだったかしら。
外で遊んだりして、くたくたな時ならいいけれど、天気の悪い日とかであまり体を動かさないと、私ってどうも眠気がやってこないのよね。
部屋の明かりを消して、ぎゅっと目を閉じていると、そのうち寝入っちゃうこともあったけれど、その日はいやに目が冴えている。
閉じて、粘って、また開いて。
そんなことを繰り返して、枕もとの時計をちらちら見ているうちに、一時間が経ってしまった。どこかのどの渇きも覚え始める。
おねしょや虫歯につながるからと、部屋に飲み物を置くのは許されていない。一階の台所まで行くしかない。
私はたぶん、生まれて初めて夜中の家を下ろうとしたと思う。
勝手知ったる家の中のはずなのに、明かりがないとこうも雰囲気が違うものなのか。
夜になったら音も明かりも控えなさい。親に注意されて、そう肝に銘じていたから、遅い時間帯のいまは、スリッパをはかず抜き足差し足。
数年前にリフォームした階段には、厚めのカーペットが敷かれている。きしみもなく、幼い私の体重を十分に吸い込んでくれた。
大人の時間とはいかなるものなのか、私は知らない。でも少なくとも、家の明かりはついているんじゃないかと思っていた。
なのに、階下もまた暗闇の中。家の前には道路が走っていて、ときおり通り過ぎる車のライトが、階段を降りきったところで向き合う、玄関のすりガラスを赤や白に照らす。
私を部屋へ送るとき、親は普段着だった。寝間着でないなら、まだお風呂にだって入っていないはず。
なのに、この静けさはなんだろう。お風呂場もスリッパもなく、戸も開きっぱなし。利用者はいない。
――お父さんもお母さんも、どこ行っちゃったんだろう?
階段を下りるより前に、寝室に二人がいないのは確認済み。だったら下にいるのは間違いない。
玄関にスリッパもなし。外履きも健在で外出したわけじゃなさそう。
水うんぬんより、彼らのゆくえが気になり出した私の目に、やがて台所よりさらに奥まった居間から漏れる明かりが、飛び込んでくる。
二人のスリッパはそこにあった。
私の家の居間はすりガラスの違い戸で仕切られている。にごったガラスの景色の向こうでは、玄関越しに見る車の明かりより動きがない。
通り過ぎることなくとどまり続ける青をベースにした光は、ときおりあちらこちらに緑色の光をともしたかと思うと、今度は一息に黒白に変わったりとせわしない。
――映画とか見ているのかな?
平日は夜更かしを許されない私も、翌日が休みの日なら話は別だ。家族でそろって、終わるまでテレビにくぎ付けになる。
だから私は金曜や土曜の夜にやる、映画のことしかしらない。もしかしたら今晩も、何かしらの映画がやっているのかもしれない。
ほんのちょびっとの興味。私の足は台所を越えて、居間へ向かっていたの。
が、手を掛けた戸は開かなかった。
内側からかけられたカギは、進みを求める私の意志を拒む。がちっと音を立てて、「私の仕事」といわんばかりにガラスを揺らし、自らの役目遂行をアピールしてきた。
そこからは早い。
あっという間に、部屋から漏れていた明かりが消える。カチンとかすかに聞こえたのは、テレビの主電源を切った音。
のしのしと重い足音と、カギが回る音。がらりと開いたそこには、両親が立っていたわ。
私を見下ろして、すぐに顔が緩んだけれど、その一瞬の表情がいまも脳裏に焼き付いている。
怒るときでも、あれほど険しい表情はみたことがない。それこそ、誰を害してもおかしくないような鬼気迫るもの。時間にして秒に過ぎなかったかもだけど、後から思い出しても、震えがとまらなかった。
二人が、今までとは違う人のように思えたから。親と家こそ世界の大半だった私は、覚えることしきりだったわよ。
ただ部屋へ連れ戻されるまでの間で私が見たのは、テレビにコードでつながり、畳に鎮座している見慣れぬ機械。それがゲーム機らしいことを知ったのは、もう少しあとの話だったわ。
昼間に居間を探しても、例の機械らしきものは見つからない。
それも、長くとどまることはできなかった。気配を察するのか、ほどなく親が飛んでくるものだから。
親が両人とも、家を長くあけることはなく、その間隙を縫って家じゅうを探したけれど、目の付け所が悪いのか、とうとう見つけることはできずに終わる。
というのも、私が家に窮屈さを覚えてしまったから。
それからも水分補給以外で、夜中に目が覚めることはあったけれど、いざ部屋を出るといつも母さんがそばに控えていたものだから。
部屋を出る瞬間、腕を組んでそばの壁に背中を預けながら、虚空を見上げている。そうして私を認めると、声をかけてきたうえで、後をついていく。「けがをするといけないから」と。
ウソだ。私には分かる。
居間の近くへ、足を運ばせまいとしているんだ。実際、のどの渇きを訴えると、手に持っていた水のペットボトルを差し出してくる。下へおりることさえ、許してくれない。
お父さんが居間でしていること、邪魔させまいとしているんだ。そのために、私の挙動を見張っているんだと。
気配を殺して、毎晩毎晩……。
だから、家から1キロほど離れたところにいる、祖父母の家で寝泊まりすることを親から打診されたときは、こちらかもよろしくお願いするところだったわ。
それから数年間、私は祖父母の家をメインにして過ごし、用があるときのみ両親の家へ戻ることがあったの。
その間に、弟が生まれるという喜ばしいこともあったけれど、そのための時間をとるために私を遠ざけたわけじゃないと思う。
あの豹変ぶり。これからの子たちも、その孫も、ずっと見ていくことになるのかしら。




