借り物競走のお題が「恋人」だったので、ずっと好きだった幼馴染に告白することにした
告白なんて、簡単に出来るものじゃない。全国のヘタレを代表して、俺はそう言いたい。
俺・宮崎仁司にはずっと前から好きな女の子がいる。
彼女の名前は山崎柚莉愛。家が隣ということもあって、小さい頃から仲良くしている、謂わゆる幼馴染というやつだ。
柚莉愛は幼馴染という贔屓目を抜きにしても、魅力的な女の子だと思う。
可愛いし、スタイル良いし、優しいし。男なら、ほとんどの奴が柚莉愛に好意を抱くだろう。
現に柚莉愛は高校に入って僅か半年で、既に20回以上告白されているとか。
月に3〜4回のペースだ。これからまだ増えるとなると、全く末恐ろしい。
柚莉愛に好きな人がいるなんて話、幼馴染の俺でも聞いたことがない。
だからまだ俺にもチャンスがある。……高校に進学するまでの俺は、そう考えていた。
多分幼馴染という何の苦労もなく手に入れた地位で、あぐらをかいていたんだと思う。
しかし好きな人がいないということは、俺だけでなく誰にでも柚莉愛と付き合える可能性があるということで。高校に入り、柚莉愛に告白する男子が急激に増えたことで、俺は徐々に焦燥感を抱き始めていた。
1週間後には、明日には、いや、もしかしたら1時間後には、柚莉愛は特定の誰かと付き合い始めるかもしれない。
一刻も早く想いを伝えなければ、俺は告白すら出来ずに失恋することになってしまう。
そんなことは、言われるまでもなくわかっているんだけど……
自分に自信があれば、告白の一つや二つ簡単かもしれない。しかし生憎俺は、そこまで自己評価が高くなかった。
ヘタレの言い訳かもしれないけれど、何かきっかけさえあれば告白出来るかもしれないのに。
◇
秋。食欲の秋とか読書の秋とか芸術の秋とか、秋と名のつくものはいくつもあるけれど、今一番秋と聞いて連想出来るものは、運動の秋だった。
なぜなら今日は、年に一度の運動の祭典、体育祭なのだから。
体育祭の日は終日授業がないから、「最高だ!」という生徒も少なくない。
授業がないということは予習も宿題もする必要がないし、自分の出番以外は雑談していても怒られない。
しかし俺みたいに体を動かすのが嫌いな生徒にとっては、ただただ疲れるだけのイベントに過ぎなくて。
九月とはいえ、未だ残暑が続いている。なんでこんな暑い中、1日中外にいなくてはならないのだろうか? 不満が尽きることはない。
登校中、乗り気になれない1日を嘆くように溜息を吐くと、俺の背中を柚莉愛が叩いてきた。
「おーっす、仁司! 何しけたツラしてんのよ! 今日は体育祭だぞ!」
「……だから気分が乗らないんじゃねーか」
学校行事から、体育祭を外すべきだと思う。
あとは文化祭と修学旅行とテストと日頃の授業と部活も。……そうなると学校に行く意味がなくなってしまうので、もう学校制度そのものを廃止しても良いと思う。
インドア派万歳。
「あー、そっか。仁司は運動嫌いだったっけ?」
「それ以上に、騒がしいのが嫌いだ」
「騒がしい運動の祭り。そりゃあ体育祭を嫌うわけだ」
苦笑しながら、柚莉愛は言う。
「文句を言うくせにきちんと参加するところは、真面目だよね」
「……参加しないと、欠席扱いにされるしな」
それに狙ったように体育祭の日だけ休むと、教員から後日絶対何か言われる。「本当に風邪を引いたのか? ズル休みじゃないのか?」と追及される方が、正直面倒くさい。
「仁司は何に出場するの? 因みに私は100メートル走と綱引きと男女混合リレー!」
「どんだけ出るんだよ……。俺は借り物競走だけだ」
「借り物競走かー! 仁司って中学の頃も、毎年借り物競走に出ていたよね!」
「……まぁ、借り物競走なら運動が苦手でも一位になれる可能性があるからな」
借り物として出されたお題が何なのか? それによって順位が大きく変動する借り物競走は、運ゲー要素が強い。
運動は嫌いだけど、やるからには勝ちたい俺にとって、もってこいの種目だった。
「あれ? でも去年の体育祭では、ビリじゃなかったっけ?」
「……よく覚えているな」
自分ですら記憶から意図的に抹消していたというのに。
「去年のお題は「友達」だったからな。鉛筆とか消しゴムみたいな物質じゃない分、難解なお題なのさ」
「そう? 友達なんて、一番簡単だと思うけど?」
「それは友達が多い奴のセリフだよ。俺に友達と呼べる人間は、まずいない。仮にこっちが友達だと思っていても、向こうは思っていなかった? そういう関係を果たして友達と呼べるのだろうか? そもそも友達の定義というものは? 何をしたら、友達認定されるんだ?」
「面倒くさっ! そんなに難しく考えなくて良いと思うのに」
言った後、柚莉愛は自身を指差した。
「友達なら、私がいるじゃん」
「……お前は幼馴染だろ」
そう、幼馴染だ。友達ではない。少なくとも、俺はそう思っている。
だって俺が柚莉愛に抱いている感情は、おおよそ友達に向けるものではないだろうに。
俺と柚莉愛は友達ではなく、幼馴染だ。だけどいずれは――。
なんて、ヘタレの俺には口が裂けても言えないけれど。
俺から「友達じゃなくて幼馴染」だと言われた柚莉愛は、「そっか」と呟いた。
彼女の表情が何を物語っているのか、長い付き合いの俺にもわからなかった。
◇
登校早々体操着に着替えて、俺はグラウンドに向かう。
と、その前に。飲み物を買っておこうと、俺は食堂に立ち寄った。
自販機でスポーツドリンクを買っていると、突然男子生徒に話しかけられた。
「ねぇ、ちょっと良いかな?」
俺はチラッと、背後に目を向ける。
なんだ、このイケメンは? こんな奴、俺は知らないぞ?
つまり彼は、俺に話しかけているわけではないということか。……自販機とお喋りする趣味でもあるのかな?
世の中いろんな奴がいるもんだなぁと思いながら、その場を立ち去ろうとすると、
「ちょっ、無視!? 君だよ、宮崎仁司くん!」
「ん? 俺に用だったのか?」
「この状況で君以外の誰に話しかけるっていうんだよ……」
お茶とかスポドリとかフルーツジュースとか?
「で、何の用だよ?」
「まずは自己紹介だね。僕は濱田健太。よろしくね」
「取り敢えず、よろしく。……で?」
「急かすなぁ。……今日は君に、宣戦布告しにきたんだ」
名乗ったから友好関係でも結びにきたのかと思ったら、まさかの宣戦布告ときた。……え? 何で?
どうしてこんなイケメンが俺なんかを目の敵にするのか、皆目見当がつかなかった。
「宮崎くんは、体育祭で借り物競走に出るんだろ? 実は僕も同じなんだ」
「そうなのか。つまり駆けっこで勝負しようと?」
「そういうことになるね」
「小学生かよ……」
「いいや、僕たちは青春真っ盛りの高校生さ。だからこの勝負では――君の幼馴染を賭けよう」
柚莉愛を賭ける。そう聞いた時点で、濱田がどうして俺なんかに勝負を挑んできたのか理解した。
濱田は柚莉愛のことが好きだから、現状彼女に最も近しい幼馴染の俺が、邪魔なのだろう。
「勝った方が、彼女に告白する権利を得る。負けた方は、一生想いを伝えることが出来ない。それでどうかな?」
こんな勝負、受ける必要なんてどこにもない。
告白をする勇気なんて俺にはないし、だから勝っても負けても俺には何のメリットもデメリットもないのだ。
……いや、待てよ。
もしかしたらこの勝負が、柚莉愛に想いを伝えるきっかけになるかもしれない。
濱田みたいなイケメンに勝つことで自分に自信が持てるようになり、それが告白に繋がる可能性だってある。
そう考えると、俺に全くメリットがないとも言えないのか。
「……いいぜ。その勝負、乗ってやる」
今年の体育祭は、生まれて初めて熱くなれそうだ。
◇
体育祭の午後の部、その第3種目。とうとう俺の出場する借り物競争がやって来た。
俺と濱田は隣同士のコースに立つ。
「お手柔らかに頼む」
「ハハハ。それは出来ない相談だね」
まったく、大人げないことだ。でもそれだけ濱田も本気で柚莉愛を好きでいるということなのだろう。
柚莉愛への想いの強さでは、負けるつもりがない。だからこの借り物競走、絶対に負けるわけにはいかなかった。
ピストルが鳴ると同時に、俺たちは飛び出した。
前半は、圧倒的に濱田がリードしている。スタートから10メートル足らずで、かなりの差が開いてしまった。
これが100メートル走だったら、この時点で詰みだっただろう。でも、借り物競走には一発逆転のチャンスが設けられている。
投了するには、まだ早い。
濱田より数秒遅れて、俺は借り物のお題が書かれている平台に到着した。
数ある紙の中から無造作に一枚選び取る。
さあ、簡単なお題よ来い!
紙を開くと、そこにはこう書かれていた。
『恋人』
……考え得る限り最悪のお題じゃないか。誰だよ、こんなお題入れた奴?
恋人なんて全員にいるわけがないし、そんなものお題に紛れ込ませるんじゃねーよ。
しかしここで体育祭本部に抗議している暇はない。かといって、非リア充の俺には恋人なんて用意出来るわけないし……。
そう思ったところで、ふと気がつく。いや、神の啓示といった方が良いだろうか?
恋人がいないなら、恋人を作れば良いじゃないか。今、ここで。
濱田はまだゴールをしていない。つまり今なら、柚莉愛に告白出来る。
……何もせず誰かに取られるくらいなら、いっそ玉砕した方が後腐れない。このお題はちょうど良い機会だと思い、俺は覚悟を決めた。
俺は柚莉愛を探す。彼女はクラスメイトと一緒に応援に励んでいた。
俺を応援してくれているのかな? だとしたら、嬉しいな。
そんな都合の良い解釈をしながら、俺は柚莉愛のもとに向かう。
「どうしたの、仁司?」
「柚莉愛……俺と一緒に来てくれ?」
「私? ……もしかして、借り物って幼馴染だったの?」
「いいや、恋人だった」
何気ないやりとりの中に交えた告白に、辺りは一瞬にして静寂に包まれる。
まだ借り物競走の途中だというのに、周囲の視線は俺に向けられていた。
「恋人って……仁司にそんなのいないじゃん」
「そうだ。だから、お前を恋人にしに来た」
「好きだ! 俺と付き合ってくれ!」。一世一代の俺の告白に対する、柚莉愛の返事は――
「――はい」
頬を赤らめながら、ゆっくりと頷く。
周囲から拍手が起こったのは、言うまでもない。
それから俺と柚莉愛は、二人手を繋いでゴールへ向かう。
指と指を絡め合わせる、恋人繋ぎだ。別に構わないだろう? 俺たちはもう、恋人なのだから。
みんなに注目されながらゴールした俺は、係員にお題の書かれた紙を渡す。
きちんと恋人を連れて来たぞ? 文句ないだろ?
「あのー」
係員が、言いづらそうに声をかけてくる。
「正しいお題は「恋人」ではなく、「変人」なんですけど……」
『は?』
「恋人なんて、特定の人物にしか借りられないものをお題にするわけがないじゃないですか。焦っていて、読み間違えたんですね」
係員は俺に改めてお題を見せてくる。……確かにそこには、『変人』と書かれていた。
『えーと、つまり?』
「彼女を恋人として連れて来た以上、やり直しです」
借り物競走・結果。濱田が一位で……俺はビリだった。
◇
借り物競争が終わると、俺は濱田に呼び出されていた。
「借り物競走は、僕の勝ちだったね」
「……だな」
約束通りなら、俺は一生柚莉愛に告白出来ないことになる。そういう賭けだった。
「そんな心配そうな顔をしなくて良いよ。あの賭けは、なかったことにしよう」
「……良いのか?」
「あんなラブシーンを見せられて、今更告白なんて出来ないさ。フラれるとわかっていて告白する程、マゾじゃないんでね」
借り物競走に負けたけど、勝負には勝ったのだった。
因みにその後俺と柚莉愛は、晴れて恋人同士になった。
初デートで俺は「恋人割」を「変人割」とまたも読み間違えることになるのだが、それはまた、別のお話。