壁
象の街を出発した翌日、東へと旅を続けていると、道は山を通る所に出た。
道は山を切り裂くようにして続いている。十メートルほどの横幅の道の左右に直立した崖が迫っている。
崖には精細に彫られた彫像が並んでいた。
左側は善の神々が並び、右側には英雄たちが並び、それらはいずれも鮮やかに彩色されて、宝石で飾られた荘厳で美しい像だった。
「うわぁ」
皆一様に感嘆の声を上げた。
俺たちは象に圧倒されながら道を進んだ。
「すげぇだろ」
凄いなあとアルルと感想を言いながら歩いていると上から男の声がした。
見ると崖上からロープで吊るされている四十くらいの男がいた。手には筆とバケツを持っている。
「ええ! 本当に凄いです!」
アルルが返事をすると、男は得意気な顔になった。
「もしかして、あなたが作ったんですか?」
俺が聞いた。
「馬鹿言っちゃいけねえよ。俺が作れるわけねえだろ。作ったのは先人たちよ。俺は補修しているだけだ。」
そう言いながらも男は誇らしげだった。
「ここの神様や英雄様は千年前から旅人を守ってくださってるんだ。あんたらもお祈りしながら通るといいぜ」
男はそう言った。
ここの像は千年前からあるのか。凄いな。
この人のように補修する人がいて、繋いできたのだろう。
その一人になれたから男は誇らしげなのだろうと得心がいった。
その後、俺たちは旅の無事と素晴らしい像へ敬意を払う意味を込めて、右手で握り拳を作り、それを左手で包んで頭上に掲げて祈りの体勢を取り、そのまま祈りながら像の間を進んでいった。
しばらくして、もう少しで両側の崖がなくなりそうというところで、前方の道の真ん中に一人の男が立っていた。
全身を鎧に固めて、抜き身の両手剣を地面に突き刺して仁王立ちしていた。年は四十代くらい。剣呑な雰囲気が漂っている。
「お前が奴隷解放の首謀者か?」
男が質問してきた。
「そうだが?」
「俺はクインタ王国の七獣騎士が一人、紅獅子のレウドース。お前を殺しに来た者だ。死ねええ!!」
レウドースはいきなり攻撃してきた。
炎を纏った剣を振るい、巨大な炎の塊をこちらに飛ばしてきた。
俺はアルルたちを守るために、前方に防御壁を出した。
ドッカアアアアン!!!
炎は防御壁に当たり、大爆発が起こって爆音が轟いた。
煙が晴れる。
目の前の景色を見て、俺は悲しくなった。
像が壊れていた。鮮やかな色の偉大な神々の像が崩れていた。
「へえ、やるじゃねえか」
レウドースは笑みを浮かべた。
その笑みを見て怒りが湧く。
「貴様!! 像が壊れたのに何も思わないのか!?」
「何を思うんだ。ただの像じゃないか」
俺の疑問に平然と返す。
「絶対に許さん!!」
俺は身体強化してレウドースに殴りかかった。
いつものように一撃で終わらすつもりだった。
だが驚いたことにレウドースは俺の拳を躱した。
「何!?」
「今度はこっちだ!」
レウドースが炎の剣を振るう。
俺は腕で止める。
何!? 俺は驚いた。
驚いて一瞬固まった俺にレウドースは無数の斬撃を浴びせる。
「ハハハハッ、どうした!? こんなものか!?」
レウドースが得意気に言う。
その間も俺は斬撃を浴びるがままだった。
俺は驚いていた。
レウドースの最初の攻撃。俺はこの世界に来て、初めて痛みを感じたのだった。
大層な痛みではないけれど。友達に小突かれるような、しっぺをされるような痛みだけれど、地味に痛かった!! そして不快だった!!
「キンさん!!」
アルルの叫び声が聞こえた。
ハッ、ちゃんとしないとと目の前の敵に集中する。
そして、これは本気を出さないとなと思ったのだった。
俺に痛みを感じさせるということはレウドースは相当な強さだ。
俺には致命傷にはならないけれど、もしアルルたちが狙われたら危険だ。
それに――彫像の修繕をしていた男の顔が思い浮かぶ――もし、また俺が狙われたら、今回みたいに周りに被害が出てしまう。
今後狙われないように牽制しとかないといけない。
ということで俺は本気を出すことにした。
「おらおらおら!!」
レウドースが得意気に剣を振るう。
その剣を俺は掴んで、フンッと力をこめてレウドースのみぞおちに拳をぶちこんだ。そして、そのまま上に吹き飛ばす。
「ガハッ」
血を吐きながらレウドースは飛んでいった。上空四千メートルまで。
追って上空に行ってみると、レウドースは意識はあったが、全身ボロボロで辛うじて息がある状態だった。
これではすぐに気絶してしまうと思った俺は回復魔法を試してみた。
レウドースの怪我が治った。成功したようだ。
ついでに浮遊魔法もかけて、上空にとどまるようにした。
「な、なぜ治した?」
「二度と俺と俺の仲間に手を出させないためだ」
そう言うと俺は両手を広げた。
「出でよ 大地の支配者 天の支配者。破壊と創造 秩序と正義を司る者よ。顕現せよ! 炎神よ! 雷神よ!」
俺が詠唱するとレウドースの左右に魔力の渦ができる。それは、やがて猛る炎と迸る紫電に変わった。そして徐々に形を成していき、百メートルはあろう巨大な炎の巨人と雷の巨人になった。
炎の巨人がレウドースの前に手を振るった。纏う炎がレウドースの剣を撫でる。
すると剣は炭となって消えた。
「な!! なんだこれは!?」
レウドースが驚く。まさか炎の剣が炎で燃やされるとは思わなかったのだろう。
「あ、ありえん!! これは幻覚だ!! 幻覚に決まっている!!」
「なら、触ってみたらどうだ? 幻覚なら怪我しないんじゃないか?」
しかしレウドースはそこから動くことができなかった。体は恐怖で震えていた。
とはいえ彼を責めることはできない。
俺もチートが無ければその場で震えるだろうし、なんなら失禁して気絶しているだろうから。
そうならないだけ彼は凄いのだ。腐っても騎士ということだ。
「出でよ、ただの巨人」
俺がそう言うと、石でできた、ただの巨人が現れた。
ただの巨人を出したのは、炎と雷の巨人だとレウドースを殺してしまうためだ。レウドースにはやってもらうことがあるので、それでは駄目だ。
「やれ」
命令すると、ただの巨人が腕を振り上げて、拳をレウドースに叩きつけた。
物凄い早さでレウドースは飛んでいき、地面に叩きつけられた。
地上に戻ってみると、レウドースは数mのクレーターの中心に血だらけで倒れていた。
パシパシと顔を叩いて起こす。
「うん? ひっ! ひいいい!!」
意識が戻ったレウドースは、俺を見て怯えた声を出す。
「お前に言っておくことがある」
「な、何でしょうか」
「二度と俺と仲間に手を出すな。そうお前を差し向けたこの国の奴らに伝えろ。もちろんお前も手を出すなよ。それから、これからは人の役に立つように生きろ。分かったか」
「は、はい、もちろんです!」
「行っていいぞ」
「ひえええええ」
レウドースはボロボロの体と服のままで怯えてすっ飛んでいった。
あたりを見回すと彫像の破片が散乱していた。
修理していた男がこれを見たらどんな顔をするだろうかと思うと悲しみが込み上げてくる。
どうにかして直せないだろうか。
元の彫像の姿を想像してみる。
そして時よ戻れ、時よ戻れと念じて破片に魔力を流す。
すると破片が淡く光って浮かび上がった。
そしてまだ崩れていない彫像の断面に嵌まり、継ぎ目なくくっついた。
おお! 時間魔法が成功したようだ!
すぐに全ての破片に時戻しの魔法をかけて元通りに直した。
よかった! よかった!
問題なく直ったので、旅を再開した。