象
東へ東へと旅を続けていると、道端に老爺がいた。
ぼろい外套を羽織っただけの質素な格好で地べたに座っていた。髭は胸まで垂れていて、外套から見えている手は骨と皮だけで、しわしわだった。
「……どうか慈悲を」
俺たちが老爺の近くまで来ると、老爺はそう言って両手を差し出してきた。
彼の横には小さな籠が置かれていて銅貨が五枚ほど入っていた。
物乞いだろう。
「どうぞ」
かわいそうに思った俺は銀貨を二十枚とパンと果物を両手に抱えられるだけ、それから葡萄酒の皮袋を一袋あげた。
「!! ありがとうございます……!!」
老爺は泣いて喜んだ。
その後俺たちが旅を再開しようとすると、老爺が裾にすがりついてこう言った。
「多大な慈悲を賜ったあなた様に、このような願いを言うのは無礼極まりなきことでしょうが、言うだけ言わせてください。お気に召さなければ無視してくださって構いませんから」
「そんなへりくだらなくてもいいですよ。それで頼み事とは?」
「はい、私の村の人々にも慈悲を分けて下さらないでしょうか。村人は重税に苦しみ、その上盗賊に襲われて働き盛りの男どもも少なくなり、皆腹を空かせております。図々しいこととは思いますが、どうかお願いできないでしょうか」
「いいよ」
老爺の頼みを受け入れた。
「村の場所は?」
「そこの森を抜けた所でございます」
そう言って老爺は南側に広がる森を指差した。
その森の先へと探知魔法を使う。
すぐに老爺の言う村が見つかった。
「それでは行きましょうか」
「?」
分かっていない老爺とお金や食べ物、麻や絹の衣服を積んだ驢馬二頭を連れて瞬間移動で老爺の村に飛んだ。
「礼はいらないから」
驢馬ごとお金や食べ物をあげると、すぐに旅の仲間の元へと戻った。
そして旅を再開した。
この日から奴隷解放だけじゃなく、貧しい人に施しをするのも日課になったのだった。
◇◇◇◇
翌日、あいも変わらず旅を続けていると、いくつも建物が見えてきた。
街かなと思って近づいていくと、それは象だった。体高十メートルから三十メートルはあろう巨大な象が何頭もいた。
その背中には鞍のように土台が付けられていて、その上にいくつも天幕が張られていた。
何頭もの象の上に無数の建物。それは街と言って差し支えなかった。
巨大な象が近くを通りすぎていく。
街が歩いている。
「おお!」
迫力のある光景に思わず唸る。
「何だ!? あれは!?」
興奮気味にアルルに聞く。
「あれは象の民ですね!!」
アルルも興奮しながら答えた。
「象の民?」
「はい、象の上で暮らしているから象の民です」
そのままだ。
「彼らは象と共に大陸中を旅して商売をしているんです。ですから象の上には大陸中の名産品とか珍しい物とかが売っているんですよ」
「へえ、面白そうだな。ちょっと見に行かない?」
「いいんですか!?」
俺とアルルは象の民の街を見に行くことにした。
興味があったのだろう。アルルも嬉しそうだ。
旅仲間にも声を掛けたが、行きたいと言う人はいなかったので、二人で行くことにした。
多く買い物をしてもいいように驢馬のロシオを連れて、歩いている象のすぐ近くまでやってきた。
「どうやって登るの?」
「さあ?」
象の上にはどうやって登るのだろうか。アルルも知らないようだ。
瞬間移動で行くこともできるが、普通の人はどうやって行き来しているのだろうか。
そんなことを考えていると象の上から声が掛かった。
「あんたら街に入りたいのか?」
象の上の街に住む男の人だった。
「そうです。どうしたらいいですか?」
「タダでロープを登るか、銀貨三枚で耳飛象に跨がるか、銀貨五枚で魔導具に乗るかだ。どれがいい?」
三つ選択肢があるらしい。耳飛象とはどんな象だろうか。気になるが、ロシオを連れているので象に乗せることはできないだろう。ロープも登れない。
ということで魔導具に乗ることにする。
「魔導具でお願いします」
「はいよ」
男はすぐに魔導具に乗って降りてきた。魔導具は直径三メートルほどの丸い板に操作する取手がついたシンプルな物だった。
男が魔力を取手から流すと、丸い板に描かれた魔方陣がほのかに光だし、俺たちを乗せて浮き始めた。
おお! テンションが上がる。
上っていると街から降りる人とすれ違った。
彼らは数メートルもあろう大きな耳をパタパタとさせて飛ぶ、体高二メートルにならない小ぶりの象に乗って降りていた。
あれが耳飛象らしい。ダ◯ボみたいだ。
ダ◯ボに目を奪われている間に象の上に着いた。
華やかな街だった。
白、赤、緑、黄、青と色とりどりの、絹やサテン、ビロードや綿、羊毛と様々な織物が掛けられた天幕や軒先。
連なる露店には幾何学文様の陶器やタータンチェックの毛織物など各地の特産品や特徴のある模様の反物が並んでいる。
それから象の民特有の、象の骨や黄金鳥の輝く羽根を使った装飾品もいっぱい売られている。
それらを求める人々で街は活気に溢れている。
「空いている時でよかったな。どっかの街に滞在している時なんかは人でごった返すからな」
街に上げてくれた男が教えてくれる。
驚いた。これでも空いている方らしい。
「すごいですね! 早く行きましょう」
アルルが目を輝かせて、俺の手を取った。
そのまま俺たちは露店巡りへと乗り出した。
俺とアルルは複雑な刺繍のされた鮮やかな服、象の骨のネックレスや御守り、羽根帽子なんかを買って身に付け、美味しそうな匂いのする肉や魚料理を食べてこころゆくまで露店巡りを楽しんだ。
途中、美味しいジャムがたっぷり中に入ったパン菓子があったので、後で皆に買って帰ることにした。
こうして楽しんでいると露店の終わり、象の尻尾の部分までやってきた。
ここで終わりだろうかと思ったが、よく見れば橋が別の象に繋がっていた。
ロープで繋がれているだけなので、少し怖い気もするが向こう側の天幕から賑やかな声が聞こえ気になるので渡ることにした。
賑やかな声のする天幕に入ってみると、そこはサーカスや劇をする場所だった。
金を払い、中に入る。
ちょうど今は剣舞を舞っているようだった。
「はわぁ」
アルルが感嘆の声を漏らす。
俺も目の前の剣舞に釘付けになった。
剣舞は非常に美しかった。
ただ舞うだけでなく、舞う剣に合わせて吹雪が舞い、氷がせり上がっていた。それは激しくも静かな、凍える冷たさの川の流れのようだった。
しばらくするともう一人舞台に登場した。
燃えるような赤い服を着た彼女は、先にいた白と青の服を着た女との対比で一層に観客の目を引いた。彼女がダンッと舞台を踏んづけると周りから火が吹き上がった。それを合図に彼女は燃える剣を握って、激しく剣舞を始めた。最初の女も負けじと剣舞を再会し、火と氷が激しく舞った。
激しい戦いだったが、やがて氷の女は負けて退場した。勝った女も剣舞を舞いながら舞台を一周すると掃けた。
無人になった舞台に女性の陽気な歌声が聞こえてくる。次いで舞台袖から花冠を着けた女が五人やってきた。彼女らが歌いながら、軽やかに舞うたびに、足下から花が咲いた。やがて若木が生え、成長し森となった。
彼女らが去った後、森には銀でできた動物たちがやってきた。鹿や熊や獅子や栗鼠や兎、数多の動物が本物のように動いて駆けていった。
動物が去ると木々は紅く色づき、散り始めた。すると一人の乙女が悲しい歌を歌いながらやってきた。
そして歌い終わると
「主神の世よ永遠に!」
と哀願した。
そこで舞台の幕が下りた。
ワアアアアアと歓声が上がる。
俺とアルルも周りと同じように拍手した。
劇場から出ると、日が傾いていた。
「やばい、もうこんな時間だ!」
俺たちは急いで皆へのお土産を買って帰ることにした。
帰る途中で見慣れた看板を見つけた。
鎖に繋がれた人が描かれた看板。奴隷の看板だ。
当然奴隷を解放して、旅の仲間に加えた。
皆が待っている場所に着いた時にはもう日が沈み、暗くなっていたので、そこで一夜を過ごした。