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偽りの僕と君とのやさしい世界  作者: 夕山晴
1.カーティスは何も知らない

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39.君に心を奪われていて

 


 「──これで、よかったのかしら」


 部屋の外の足音が遠ざかったのを確認し、アイリーンはそう首を傾げた。

 その質問に答えたのは、マリーである。


「うん。ありがと。助かったわ」

「いいえ、大したことはしていないのだけれど……けれど、もっと他にやりようはあったのではないかと思うのよ」


 自分の身を案じてくれる様子に、マリーは安心する。

 ミアも心配そうな眼差しを向けてくれていて、心から嬉しく思うのだ。


「あたしは、こんなだし……迷惑はかけられないと思うから」

「そんなこと……! カーティス様は絶対気にしないよ」

「ええ。そうでしょうね。むしろ舞い上がるだけだと思うけれど」


 アイリーンの眉が寄る。

 以前聞いた時には飛び上がるほど驚いたものだったが、今ではすっかり納得してしまった。


「──マリーさんがカーティス様をお慕いしている、なんて」


 間違いのない事実にマリーは苦笑する。

 ただ、他人の口から聞くと、これほど違和感のあるものだとは思わなかった。

 パーティーでは冷たく無礼な態度を取り、その後は素っ気なく、さらには婚約者だと勘違いまでした上に醜い嫉妬を喚き散らして。

 どの部分が『お慕いしている』のか聞きたくもなるというものだ。


 二人の慰めにも、マリーは小さく首を振った。


「そんなこと、もう、わかってる。だけど、あたしは周りの目が気になるの。……隣にいるのがこんなあたしだったら見た人はきっと『不似合い』だと判断するでしょ」


 頑ななマリーにはアイリーンすら眉尻を下げる。


「わたくしは、頑固者同士お似合いだと思うわ。けれど、そういうことではないのでしょう?」


 そう、そういうことではないのだ。

 これはただ、マリーが引け目を感じているというだけの話。


「ええ。あたしが、このままじゃいけないと思ってるから」


 この可愛くない性格と、平民寄りの態度に、貴族への嫌悪と。

 物腰柔らかな、次期辺境伯のカーティスには不釣り合いな、公爵令嬢と名ばかりの、偽りの自分。

 家名は役に立つかもしれないけれど、自分自身はきっと、何一つ、彼にとって有利となることをしてあげられない。


 そう呟くマリーにミアもまた苦笑する。


「……マリーがそうするって決めたなら私も応援したいとは思うけど、でも本当に良かったの? 婚約のお話。……マリーだってカーティス様のこと、気になるんでしょう」

「……そう、だけど」

「さっきのカーティス様、すごかったね。『さきにも言ったと思うけど、僕は君に心を奪われていて』だって! 私、聞いてていいのかなって思っちゃった」

「! そうなの! この人はなんでこんなに堂々と恥ずかしげもなくこんなところで言うのかと……!」


 真っ赤な顔を隠すように手のひらで覆うが、赤くなった耳までは隠せていない。

 それをアイリーンは微笑ましく思い、余計にからかいたくなるのだ。


「あら。二人きりの時に言って欲しかった、かしら?」

「~~~そういうわけじゃ、ないけど!」


 カーティスがいない時のマリーは、ただの恋する乙女のようで。

 最初は驚きもしたが、今ではもう、アイリーンは少し羨ましくすら思うのだ。


「マリーさん、普段は全然『氷姫』ではないのよねぇ。素直で、可愛らしくて、すぐ表情に出て……」

「……これも直したいと思っているんだけど、難しくて。結局、加減がわからず、無表情になっちゃって」

「まあ、だから『氷姫』? わざとやっていらっしゃるのかと思っていましたのに」

「わざとやっているところもあるけど。それ以外ができないというか」

「極端、なのねえ」


 その通りだとマリーも頷く。


「あたし、貴族っぽくないでしょ。貴族はあまり心の内を見せたがらない……それが美徳だと教えられる世界だから。だからね、こんなあたしではいずれ辺境伯となる彼の隣にはいられない。きっとアイリーンさんはわかってくれると思うけど」

「……そうね。残念ながらわかるわ。心を上手く隠せなければ足元をすくわれる、そんな世界よ。わたくしはそう教えられて育ち、その経験も嫌というほどしてしまったから……わたくしはもうマリーさんのようには振る舞えないでしょう」

「だからね、ミア。あたしはまだ婚約の話を受けるわけにはいかないの」


 マリーの決意にミアは小さく首を傾げた。

 貴族の世界は自分には当てはまらないけれど、今のカーティスとマリーの状況がすれ違っているだけというのは分かる。

 こうなってしまった経緯をカーティスへと伝えればいいだけだろうということも。


「だとしてもマリーの気持ちくらい伝えておいたっていいんじゃないかな」

「…………っだって! 今さらなんて言えばいいの!」


 情緒乱れるマリーの姿は、学校の誰にも見せられない。『氷姫』なんて見る影もないのだ。

 表情が変わるマリーはとても楽しそうで、学校でも見られればいいのにとミアは思う。

 しかし、マリーにはさらさらそんな気はないようで、必死になって隠しているのだから不思議である。


「……全部勘違いだったんでしょ?」

「勘違いというか……ずっと婚約者だって聞かされてたから、まあ本当は違ったみたいだけど……学校に入学したらパーティーではエスコートしてもらえると思っていたの。だけどあたしには何も連絡が無くて、彼にはすでにパートナーがいて。学校での彼は、女性にはとびきり優しいと聞いていたから、目の当たりにして少しショックを受けて──思わず、睨んでしまって」


 饒舌なマリーの姿に、ふふ、とアイリーンは笑う。マリーは口を尖らせた。

 自分にも至らないところがあったのは認めるものの、あからさまに笑われるのは面白くない。


「しかもエスコートの相手はミアだし。もしかしてミアが誑かされてるんじゃないかと慌てて。ミアまで傷つけるなんて絶対に許さないと思って様子を窺ってたのに……」

「ありがと、マリー。私のために」

「いえ、そんなの当たり前よ。……だけどあの人は、なんでか構ってくるし、それに嬉しく思う自分もいて。どうしたらいいかわからないと思っていたところに、あたしのこと、一目惚れって言われて……まさかそんなわけないじゃない? だから思わず気が動転してしまって」


 文句さながら喚き散らしたのは、記憶に新しいも何も、つい先ほどのことだ。

 今度は頭を抱え始めたマリーへのアイリーンの視線はとても優しい。


「マリーさん。あたしも同じで一目惚れ、でいいのではないかしら」

「そんな図々しいこと!」

「ええ……? それで丸く収まる。ハッピーエンド、よ?」


 アイリーンは大袈裟に目を丸くして驚いて見せる。

 隣ではミアがくすくすと笑い、それに同意する。

 優しく見守る姿勢の二人に耐えきれなくなったのはマリーである。


「~~~~いいの! また婚約を申し込んでくれるって言ってたから!」

「本当に、もう一度、申し出てくれるといいわねえ?」


 とぼけた様子で見上げるアイリーンに、マリーは顔を歪ませる。

 頭を抱えたまま「本当ね! どうしたらいいの!」と嘆き始めた。

 しばらく挙動不審なマリーを見つめていた二人だったが、ややあってくすくすと顔を見合わせた。

 アイリーンはマリーの本音で話してくれる様子に心許していたし、ミアは自分以外の人間と楽しそうに話すマリーを喜んでいた。

 マリーの飾らない姿がミア以外にも知られてしまった日から、彼女たちは親しくなっていた。

 三人とも、飾らない姿でいるのはとても気楽で、楽しかったのだ。


 ミアはアイリーンに小さく耳打ちする。


「いいんですか? アイリーンさん。ただ、変な方向へ気を回しすぎてるだけですよ」

「いいの、いいの。お互いに想い合っているのだから、わたくしたちは何もしなくて。マリーさんが気持ちを伝えてしまえばいいとは思うのだけれど、本人もタイミングが掴めずにいるのでしょう。幸いカーティス様は卒業パーティーの前にもう一度婚約を申し出るということでしたから、それまでにマリーさんの気持ちの整理ができれば問題ありませんわ」


 頑ななマリーに、アイリーンとミアは見守ることに決めた。

 他人の恋愛になど、口を出すものではないのだから。

 挙動がおかしいマリーを横目に、アイリーンとミアは用意してくれた来客用のお菓子を食べ始めたのだった。




 そうして。

 情けなさに頭を抱えるカーティスと、自身の失態に打ちひしがれるマリーと。

 彼らをただ見守ることにしたアイリーンとミアに、一人剣術に励むクラウス。

 それぞれが有意義な夏期休暇を、数日アーレンベルク家で過ごしたのだった。


 ただ、その間もカーティスとマリーの関係が今以上に進展することはなかったのである。


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