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偽りの僕と君とのやさしい世界  作者: 夕山晴
1.カーティスは何も知らない

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21/56

21.もしも、不快に思われるようでしたら

 次の日、カーティスはまずマリーと接触を図ることから始めた。


「ぶは! なんだよ、お前、不審者じゃん」

「しょ、しょーがないだろう。誰も連れてきていないんだ、自分でやるしかない」


 木に寄りかかり、マリーが通りがかりそうな道で待つ。

 クラウスが面白そうだと付いてきていた。

 笑いながら「頼むんならエディを貸してやってもいいけどな」と言う。

 エディというのは、クラウスの執事のことだ。

 ミアのときと同様に調べてやろうかということなのだろうが、個人的なことに他人の執事を借りるわけにはいかない。


「ありがたいが、そこまで面倒を掛けられない。エディにもエディの仕事があるだろう」


 手伝ってくれることもあるが、本来はクラウスのために動く人物だ。

 学校にまで付いてきている辺り、クラウスも気を許しているのだろう。

 主人以外の、まして仕事ですらないことに時間を割かせるのは申し訳ない。

 誰も連れてこなかったのは自分の選択なのに。


 空を見上げて、雲が流れるさまを眺める。

 ゆったりと動く雲ははやる自分を落ち着けてくれそうだ。


 思い浮かべるのは冷ややかな眼差しのマリーだ。

 あんな顔ではなかった。五年……六年前のマリーは。

 何があったのかと疑問に思うのと同時に、もう一度笑った顔を見たいと思う。


「あ」


 クラウスの声に、はっとして前を見る。

 マリーだ。

 メイド一人を連れて歩いてくる。

 昨日同様、他には誰も周りにいない。

 マリーもこちらに気づいたようで、無表情から冷淡なそれにさっと変わる。


「ラインフェルト嬢! こんなところでお会いできるなんて。ご機嫌いかがですか?」


 幹から背中を起こし、近づいてにこりと尋ねた。

 鋭くなる視線にカーティスは今度は躊躇わなかった。

 昨日と同じ目に合うつもりはない。


「ああ。今日、顔を見られただけでとても嬉しいです。またお会いした際にはご挨拶差し上げますね」


 マリーの鋭い視線はまったく揺るがない。

 負けてたまるかと笑顔を崩さずカーティスは続ける。


「──もし。もしも、不快に思われるようでしたら公爵様に伝えていただければ、今後会いにくるのは避けたいと思います。貴女と会えなくなるのは悲しいですが、決して貴女を不快にしたいわけではありませんので」

「………………そう」


 小さく聴こえた返事に舞い上がりそうになりながら、「それでは、また」と小さくお辞儀をしてすっとその場を離れた。

 ちらりとメイドが視線を寄越していたが、そんなものは気にならない。

 木のそばから離れようとしなかったクラウスの元へ戻り、手を握った。


「聞こえたか。マリー嬢の声!」

「…………口は、動いていたような?」

「やっぱり綺麗な声だ。一歩前進だろうか」

「………………」

「公爵様から連絡がきたら怖いけど。でも次回の挨拶の約束も断られなかったし」

「……いや、お前がそれでいいなら、何も言わないが……」


 まるで残念なものを見るクラウスの目は憤慨ものだ。

 昨日は声すら聞けなかったんだから、聞けた今日は進歩だろう。

 その前は顔を合わせることも叶わなかった。

 それを思えば天と地ほどの違いがある。


「今日は昨日とは違い、一言だが、声を聞くことができた。話せないわけでもなく、話さないと決めているわけでもないようだ」

「そーだな」

「あまりに嫌であれば公爵様に伝えるように言ったから、本当に嫌だと感じたなら公爵様から僕の所へ何かしらの通告がくるはずだ」

「……きてからでは遅いと思うが」

「つまり、それまでは会いに伺っても大丈夫だということ」

「……そうか?」


 否定の多いクラウスに、舌打ちしそうになりながらもカーティスは大きく頷く。

 周りに人がいないのは、元々の氷姫の噂と、おそらくパーティーでの一件のせいだろう。

 謝罪と周りへの釈明をしたいと思うのは大きなお世話なのか。

 もうしばらく挨拶だけに徹底しよう。そして時を見て、それらを実行しよう。

 どれほどの時間がかかるかわからないが。

 今後の意志を固めたカーティスに、クラウスは首を捻りながら苦笑いをするだけだ。


 それからというもの、カーティスは隙間時間を見つけては、偶然を装いマリーの元へ通った。

 通いはしたものの、挨拶くらいしか言葉は投げかけないし、マリーからの返事もあったりなかったりだ。

 それでもいいとカーティスは思っていた。

 目の前に、あのマリーがいて、その姿を見ることができて、言葉をかけられて、時々声も聴ける。

 それはそれはしあわせな時間だ。


 マリーを一目見たのは六年も前だ。

 もし記憶にあるマリーとは似ても似つかない姿になっていたら。もし自分のことなど一切頭に残っていなかったら。

 もしマリーに婚約者がいたら。もしマリーに想いを寄せる誰かがいたら。

 そんな不安があって、積極的に調べることをしなかった。手紙も出せなかった。

 自分が不安に思うことが現実だと思い知らされるのが怖くて。

 調べてしまったら、何もかもがわかってしまう。けれどわからないままマリーに接するのはとても楽しい。

 だから。

 こんなに楽しいのなら、手紙くらいはもっと早くに出せれば良かったのでは、とカーティスは少し悔やむのだ。

 記憶にあるマリーとは全然違う冷たい目で、おそらく自分のことは全く覚えていないだろう。

 そんな彼女と接している今がとても楽しいのだから。







氷姫(こおりひめ)、あれからずっとカーティス様を離さないんでしょう?」

「歓迎パーティーで酷い仕打ちをなさっておきながら」

「氷姫があれほど冷たい態度を取られる方だったとは。噂で伺うより強烈でしたわ」

「ええ……、しかも彼女がカーティス様の想い人という噂も聞きましてよ」

「まさか! 確かに力のある公爵家のご令嬢ですが、あれほど社交性がなく無礼な振る舞いをされる方なんて」

「穏やかなカーティス様には、ねぇ」

「ええ、ええ! 少し……不釣り合い、とは言えませんけれども」

「わかりますわ。不似合い……なんてとてもわたくしの口からは言えませんが……」




 こそこそと広がる噂話に、カーティスはほとほと呆れかえっていた。

 ミアのときといい、なぜこうも噂話が好きなのだろうか。

 その内容が事実かどうかは関係ない。

 基本的には事実から広まるが、広まる過程で尾ひれが付いてくる。

 尾ひれの方が胴体より大きくなることが大いにあるから困ったものだ。


「ま、お前にも原因はあるんだけどな」

「う、まあ。わかってる」


 眉を下げるカーティスにすかさずアイリーンも付け加えた。


「そうねえ。付き纏っているのはどちらかといえばカーティス様でしょうし」

「その言い方はやめてくれないかな。人聞きが悪い」

「あら。間違いではないでしょう?」


 そうなのだ。自分でも──認めたくはないが──付き纏っているという表現が合っているように感じていた。

 だから余計に気になってしまう。


「……コミュニケーションを図っている、とか。親しくなりたいと思っている、とか。そういう言い方の方が好ましい、な」

「言い方なんかなんだっていいだろ! 対処を考えろ、対処を」

「いや、言い回しは重要な問題だ! 付き纏っていると認識されたら公爵様から顔見せ禁止の通告がくるかもしれないんだぞ」

「知るか! だったらもっと考えて動け!」


 カーティスとクラウスの睨み合いに水を差すように、アイリーンは頬に手を当てた。


「──でも、不思議ねえ。どうして、カーティス様には返事をされるのかしら」


 睨んでいた目を緩め、そろってアイリーンに向き直る。

 アイリーンの疑問がわからなかった。


「?どういうことだ。僕が話しかけているからでは?」

「だってそうでしょう。氷姫と呼ばれるほど、表情が動かないことで有名ですのよ? まあ、あまり顔を見せない方ですけれど。話しかけたからといって会話ができるのであれば、氷姫などとは呼ばれないでしょう。そういう話も一切聞きませんし。それがカーティス様には、時々返事をなさる。なぜかしら」


 可愛らしく小首を傾げられても、カーティスにもわからない。同じく首を傾げた。


「……実は、僕のことを知っていてくれたり、だとか」

「もちろんその可能性も考えられますけれど」

「それにしては、お前の扱いがぞんざい過ぎるな」


 三人は仲良く首を傾げ、答えの出ない問題に向き合うため、マリーへの接し方をあーだこーだと考えていた。

 だからといって正解は出ない。

 考えることが面倒になってきたクラウスは最後、「当たって砕けてしまえ!」と身も蓋もなかった。

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