不老不死
翌日、オーウェン達の姿は迷宮の前にあった。食料や水はティンカー手製の収納魔法付きバッグに入れてあるため、バックパックを背負う必要がなくなりオーウェン達は軽装備の出で立ちである。
〜〜〜収納魔法付きバッグは生物でさえなければ何でも収納できる。一部屋分収納出来るモノでさえ2000万コルナはするが、オーウェンがティンカーから条件付きでもらったモノは貴族の屋敷にある調度品を全て詰め込んでもまだ空きがあるほど優れていた。ちなみに条件と言っても、ティンカーブランドからリクエストされた入手困難な素材の確保を引き受けるという程度で別段厳しいモノではない。ティンカー自身はタダでプレゼントするつもりだったが、オーウェンがベルンハルトから収納魔法付きバッグの相場を聞いていたため、オーウェンが借りを作った気分にならないようティンカーなりに配慮した結果であった。〜〜〜
迷宮の扉を開くと眩しい光がオーウェン達を包む。オノドリムを見つけた迷宮と違って、通路も部屋も全体的にやや明るく狭すぎず広すぎずといった所である。早速オーウェン達は3チームに分かれて迷宮の中を探索するが、何処を探しても魔物も魔法陣も見当たらなかった。最初の通路へとオーウェン達が戻ると、既にゴーシュのチームが待っている。
「ゴーシュ、何か見つかったか?」
「何もないよ。そこそこ大きい部屋が3つほどだけど、明るいし柱や間仕切りとかもないから直ぐに探索終わっちゃった。そっちは?」
「似たようなもんだ、魔物の死骸すら見当たらなかった」
などとオーウェン達が話していると、ナサニエル達が遅れて戻ってきた。
「オーウェンもゴーシュも、もう済んだのか?」
「あぁ。ナサニエル達の所も何も無かったのか?」
「んー…一応、部屋には何も無かったんだけどな…、コリンが気になるモノを見つけたんだ。付いてきてくれないか?」
「あぁ、いいぞ」
そう言うとオーウェン達はナサニエル達が探索していた部屋へと向かった。
ーーーーーー
ナサニエルに案内された部屋は他の部屋と特に変わりはしなかったが、部屋の壁に1箇所だけ手形の窪みがあった。オーウェンがナサニエルに尋ねる。
「なんだ、これは?」
「わからないけど、コリンが壁の向こうに魔力を感知するって言っててさ。どっか隠しドア的なものが無いかと探していたらこんなものがあったんだ。でも、触ってみたけど何も反応無かったぜ」
「…そうなのか」
と言いつつ、オーウェンが何気なく手形に触れるとゴゴゴゴゴという音と共に壁が動き、隠し部屋が現れた。ナサニエルが驚きつつ「あれ?さっきは何も起こらなかったんだけど」と言う側で、オーウェンはゴーシュに話しかける。
「…ゴーシュ、これは罠か?」
「んー、どうだろ。否定は出来ないけど、普通に隠し部屋じゃないかと思うよ。まぁ仮に罠で閉じ込められても、オーウェンの方天画戟が有ればこれくらいの壁は壊せるだろうし」
「まぁ…そうだな」
オーウェンが先頭になりゆっくりと隠し部屋へと入っていくと、ナサニエル達もそれに続いた。
隠し部屋は他と違って薄暗く中央には横長の大きな台座のような建造物があり、そこだけスポットライトのように光が当たっていた。
「なんだ?何もねぇじゃねぇか」
そう言って近付こうとするナサニエルの肩をオーウェンがガシッと掴んで止める。
「…どうしたんだよ、急に?」
「あの台座、棺に見えないか…」
オーウェンに言われてナサニエルが目を凝らすと、確かに側面には立派な装飾がされており石造りの棺のように見える。ナサニエルが「たしかに…でも、どうしてこんな所に棺が…」と呟いていると、コリンが震えながら言った。
「…あれって棺桶なんですか?あぁ…だとしたら、マズいです…とんでもない魔力があの中から感じられるんです」
その言葉に反応するように棺の蓋がズズズと音を立てて動くと、ケイト達が小さく悲鳴を上げてオーウェンの背中側へと回った。ゴーシュがオーウェンの横に並び立って双剣を構え、オーウェンも腰に下げていた長剣を抜く。皆が動きを止めて見守っていると中からゆっくりと何かが起き上がってきた。ボロボロな黒緑色のローブの中から白い骨と赤く光る瞳が覗き、「ォォオ…」と不気味な声が聞こえた。現れた骸骨を見てオーウェンがゴーシュに尋ねる。
「…スケルトンか?」
「どうかな、リッチって可能性もあるけど…」
とオーウェン達が話をしていると、骸骨が棺の中から出て近づいてきた。慄く皆に「来るぞ」と声をかけるオーウェン。骸骨はゆっくりとした動きでオーウェン達の5m程手前まで来ると、おもむろに口を大きく開いた。
「ォォオ…ォォオ…ンマァ〜〜、ア”ァ”、ンンッ。久々に声を出すとカッサカサな声しか出ませんね」
と、急に拍子抜けするほど流暢に喋り出す骸骨。オーウェン達がポカンとした表情を浮かべていると、骸骨はさらに話し続けた。
「私の声…聞きとり辛いですか?」
「いえ、大丈夫です」とオーウェンが言うと、骸骨は嬉しそうに(…と言っても表情はわからないのだが)オーウェンの手を握って来た。
「いやぁ〜、この姿を見て驚かないコは何年振りですかねぇ。あ、自己紹介が遅れました。私の名前はエルヴィス・アーヴァイン、こう見えて宮廷お抱えの若手筆頭魔術師なんです」
「は…ハァ、俺はオーウェンです」
と受け答えしつつ、オーウェンはゴーシュに小声で聞く。
「おい…リッチという種類は魔物(魔物として生まれたもの)なのか?意思を持っているように見えるが」
「どうかな、僕も見るのは初めてだから」
などと言っていると、エルヴィスは話し始めた。
「嫌ですねぇ、私はリッチみたいに失敗した魔術師じゃなくて“不死を得た者”なんで。そこんとこ間違えませんように」
「は…ハァ」
「あれ、さては信じていませんね?いいですか、そもそもリッチと言うものは魔術師のように魔力を豊富に持つ者が死ぬ際に生にしがみついた結果生まれる魔物です。私は生きた状態で不死を手に入れたので、彼らとは全くの別物なんですよ!」
「その割には見た目がまんまスケルトンですが…」
とオーウェンがツッコむと、エルヴィスは肩を落として話し始めた。
〜〜〜エルヴィスの話によればこうである。当時エルヴィスが魔術師を務めていた国では、原因不明の 流行り病により多くの古代エルフが命を落としており、治療のためにエルヴィスは宮廷魔術師を率いて日夜研究を続けていた。しかし、ついには当時の王までもこの病に罹ってしまったためエルヴィス達は手当たり次第に文献を探し、王城の書庫からこのネージュの地に不死に関連する神器がある可能性を知った。調査団を編成し、何とかこの地までたどり着いたエルヴィス達は迷宮に挑んだが、結果迷宮にあった神器は“氷の覇弓”と呼ばれる不死とは全く関係ない物だった。落胆した仲間達がゾロゾロと迷宮を出ていく中、諦めきれなかったエルヴィスは1人で探索を続けた。〜〜〜
「やがて私は氷の覇弓を乗せていた台座の下にさらに隠された部屋がある事に気付いて、確認のため中へと入りました。隠し部屋には神々しく光を放つ聖杯があって、その中には独特の香りを放つ酒が注いであったんです。私はとっさに万病に効く薬だと思いましてね、毒見のつもりで口にしたんですよ。そしたら、暫くして目の前がえっらいグルグルして、私は気を失ってしまったんですよね〜」
と、自身の体験を不思議そうに語るエルヴィス。ナサニエルが「…それって、ただ酔っ払っただけじゃね?」とツッコんでいたがエルヴィスは聴こえないフリをして話を続けた。
「しばらくして目を覚ました私は気付いたんです。動けない、周りが見えない、声を出す事も出来ない…あ、これ詰んだなぁと思いましてね。魔力だけはみなぎってたんで浮遊魔法を使って適当に移動していたんですが、どうも徐々に感覚が戻って来てるんです。今になって思えば、そこら辺で倒されていた魔物から魔素を回収していたんでしょうね。徐々に視覚や聴覚を取り戻して触覚も取り戻しかけた時ですよ、誰か入って来たんで助けてもらおうと思って近づいてったら…まぁ、えっらい攻撃されましたね」
「その身なりで来られると誰だって魔物と思いますよ」
「その時は自分の変わり果てた姿にまだ気付いてなかったんですよッ!…それで、なんとか会話しようと頑張ってるうちに声が戻ってきたんです。たぶん魔法攻撃でばら撒かれた魔素を吸って、声帯ができたんでしょうね。やっと喋れるようになって次に誰か来た時は会話が出来るぞーっなんて思ってたら、だーれも来なくなってしまいまして…」
「…なるほど。魔物が急激に強くなったと思われて迷宮が閉鎖されたのはエルヴィスさんが現れたからでしたか」
「閉鎖されてたんですか!?道理で誰も来なくなったわけです…」
「自分で出ようとは思わなかったんですか?」
とオーウェンが聞くと、エルヴィスは言った。
「試しましたよ、でも出られなかった… 生死を超越して理から外れた私は迷宮の扉に“生物”としても“そうで無いモノ”としても認識されてなかったんです」
「なるほど」
「ちなみにその時ですよ、防壁魔法に反射する自分の姿を見たのは。出来立ての声帯で、過去イチの悲鳴を上げましたね」
それを聞いて、オーウェンの後ろにいたケイトやオードリーが軽く噴き出したのを咳で誤魔化していたが、エルヴィスは気にする事なく続けた。
「その後はずーっとあの台座を寝床がわりに使ってたんですよ。ほら、ここってひんやりしてるじゃないですか?最悪なことに温度感覚も再生されているもんで、こんな見た目でも寒いんですよ」
「まぁ…暖かそうには見えませんね」
「それからはあの台座の中でヒトが来るのをずーっと待ってました。不思議とあのお酒飲んだらすぐ寝られるんです。ちなみに、この迷宮が閉鎖されてどのくらい経つんですかね、100年くらいですか?」
「…3000年です」
「…え?鼓膜の調子が悪いのかな、もう一回言ってくれません?」
「3000年です」
真顔で言うオーウェン。
エルヴィスの「…うそーん」と言う呟きが静かになった部屋に響いた。




