雪原の迷宮
オーウェンから話を聞いたジーブルは少し不安そうな顔をした。
「あの迷宮は三千年近く潜られていないはずよ。中にどんな魔物が居るかわからないわ」
「記録などは残っていないのですか?」
「私は見たことがないわ。一応、書庫を探させてみるけど」
「お願いします」
「…本当に大丈夫なの?酒蔵造りのために無理して迷宮を攻略する必要は無いと思うんだけど」
「難しいと判断すれば直ぐに撤退するつもりです。あくまでも利用可能なのか確認するだけですので」
「まぁ、それが約束出来るなら許可を出してあげるわ」
「有り難う御座います」
「迷宮に持ち込む物資はこちらで揃えてあげる。記録の捜索にも、数日かかるはずだから。それまでは好きに過ごしておきなさい」
ジーブルはそう言うと、部下に書庫を捜索するよう指示して部屋を出ていった。オーウェンがナサニエル達に話を出す前に、察したナサニエルが先に口を出す。
「オーウェン、今度は俺達も一緒に行くぜ?俺達だって魔物と戦った経験があるんだ」
「なんとなくそう言い出すと感じていたが…守りの戦に比べて攻めの戦は犠牲が多くなる。それに迷宮の魔物はレベルが違う、安全は確保できないんだぞ?」
「そんなこと言っていたら、お前に守られてばっかでただの旅行になるだろ?頼むよ、俺達だって鳳雛隊の騎士なんだ」
「…」
オーウェンが答えを渋っていると、ゴーシュが言った。
「いいじゃない?連れていこうよ、何事も経験だしさ。それに、パーティでの戦い方を学ぶにはいい機会だと思うよ」
「簡単に言ってくれるな…実戦は常に死と隣り合わせだ」
「だからこそ、実戦の中で危険を回避する方法を僕達が教えるべきでしょ?そういうのは訓練では身に付かないんだから」
ゴーシュの言葉を受けて、オーウェンはナサニエル達をジッと見つめて言った。
「… 俺が危険と判断し、撤退を命じた時には指示通りに動く事。仲間を置き去りにしなければならない状況でも速やかに撤退する事…それが守れる者だけここに残れ」
『…』
ナサニエル達は無言のまま動かず、オーウェンを見つめ返す。オーウェンは溜息を吐くと言った。
「…これから訓練に入る、軽装備で待機していろ。俺はジーブル様に鍛錬場を貸してもらえるよう話をつけてくる」
そう言ってオーウェンは席を立った。ナサニエルがゴーシュに話しかける。
「ありがとな、ゴーシュ。俺達だけじゃオーウェンを説得できなかったよ」
「まぁ、オーウェンもナサニエル達の成長に必要だとわかっているんだろうけどね。それにしても…フフ」
「…どうして笑ってるんだ?」
「いや、自分は仲間を見捨てられないくせにあんな事言うんだもん。…余程ナサニエル達のことを大切に思ってるんだろうってさ」
そう言われてナサニエルはオーウェンの出て行った扉を見つめて「…そっか」と呟いた。
ーーーーーー
ジーブルから許可が下りると、ナサニエル達は鍛錬場へと移動した。オーウェンが皆を集めて言った。
「戦場と違って迷宮では狭い通路で戦わなければならない状況もある。一塊になっての移動は時に退路を無くし危険になる事もあるだろう。通路の幅や形状に合わせてパーティを幾つかに分けて、合流と散開を繰り返し行う。スムーズに行えるまで何度でもだ」
『ハイッ!』
「前衛は俺、ケイトとオードリーには俺のバックアップを頼む。中衛はナサニエルを中心としてエラ、コリン、グレンで固めろ。後衛はゴーシュを中心としてアニー、ダリア、フレッドに任せる。3チームに分かれる際はケイトとオードリーはそのまま俺についてこい。ナサニエルにはコリン、グレン、フレッドが付くように。ゴーシュにはアニー、エラ、ダリアの3人だ。いずれかのチームが脅威を確認した場合は事前に決めた合流地点まで速やかに後退、敵戦力に合わせて再編成または退却を検討する」
『ハイッ!!』
それからオーウェン達は何度も何度も繰り返し訓練を行った。集団陣形からチームへと散開し、また合流する一連の動きが澱みなく行えるまでに数時間は要したが、これまでの訓練の成果もあってか日が暮れる頃には一糸乱れぬ動きが出来るようになっていた。オーウェンが汗だくのナサニエル達に声をかける。
「初日にしては上出来だ。これから迷宮に潜るまでは、前衛の俺以外のポジションを入れ替えて同じ訓練をひたすら繰り返す。前衛、中衛、後衛の役割と動きを身体で覚えるまで何度でもだ」
『ハイッ!!!』
オーウェンはナサニエル達の返事に満足したかのようにニコリとすると、無言のまま大浴場へと歩き出した。ナサニエル達も「やっと風呂だ〜」だの、「昔の訓練を思いだしちゃったねー」だのと話しながらオーウェンの背中を追う。ゴーシュもオーウェン達の方へ向かおうとしているとティンカーが窓から顔を覗かせて言った。
「ゴーシュ、ご苦労様!どうだった、久々の殿の訓練は?」
「昔と変わらないよ、アレについていけるナサニエル達は本当に優秀だね。まだあんなに若いのに練度が高くて羨ましいくらいさ」
「そっか。フルール様から米が届くまでは1ヶ月程先になりそうだし、迷宮攻略まで時間はまだ余裕がありそうだってオーウェンに伝えてよ」
「はーい、伝えておく」
そう言うと、ゴーシュは小走りでオーウェン達の後を追った。
ーーーーーー
1週間程経った頃、ナサニエル達はもはやどのポジションになっても瞬時にフォーメーションを変えられるほどになっていた。『白の鳳』の騎士達も最初は鍛錬場の端から観ている程度だったが、今ではオーウェン達に感化されて少人数で陣形を造る新しい訓練として取り入れ始めた。オーウェン達がいつも通り訓練をしていると、使用人が応接室まで来るよう伝えにくる。オーウェン達が応接室へ向かうと、そこにはジーブルの姿があった。
「訓練中にすまなかったわね」
「いえ、問題ありません。何か御用でしょうか?」
「書庫を探してもらって幾つかあの迷宮に関する記述が出てきたわ、こっちが内部の大まかな地図と遭遇した魔物に関して書いてあるものよ、後で目を通しておいてちょうだい。それと…1つ気になったモノを見つけたわ」
そう言ってジーブルは一冊の本を見せた。
「…何ですか、これは?」
「あのダンジョンに入ったヒト達のリストよ。側にある印は侵入権の貸与に対して費用を支払った証のようだけど、このページの最後のヒトだけ印がついていないの」
「単に費用を払わずに迷宮を出ていっただけでは無いのでしょうか?」
「その可能性はないと思うわ。他の記録には、そのような事を未然に防ぐため迷宮の入り口で徴収を行なっていたという記載があったから」
ジーブルの話を聞きつつ、ページを捲ってオーウェンは気づいた。
「このページ以降で極端にヒトが減っている…」
「ホントだ…」
オーウェンの呟きにナサニエル達が頷くとジーブルもリストを再確認していた。
(兵士の話では、攻略が進むにつれて魔物が強くなったため迷宮は閉鎖したという事だったが…何か関係があるかもしれないな)
などと、オーウェンは考えながらジーブルへと向き直って言った。
「ジーブル様、今回の探索は迷宮が長年手付かずになっていた理由を探るのにいい機会になると思いますが…一つ確認してもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「私達が迷宮で獲得したモノの帰属はどうなりますか?」
「もちろん貴方達に帰属するわ。貴方は侵入権を自前で持っているのだし…そもそもあたらしい産業基盤となる酒蔵を作ってもらおうと言うのにそこまで対価を求めるほど、私は器量が狭いつもりはないんだけど」
「いえ、決してジーブル様の器量を疑ったわけではございません。不快な想いをさせて申し訳あr…」
とオーウェンが言いかけると、ティンカーが話を遮りつつ契約書を出した。
「オーウェンと違って、ボクは口約束は信用しない性格なんですよね。申し訳ないんですけど、しっかり一筆書いてもらっていいですか?商人にとって契約書は信頼の証なんです」
「全く…ちっこいのにしっかりしてるわね、いいわ」
そう言うとジーブルは「迷宮で得られた全てはオーウェン率いる鳳雛隊に帰属する」と記載された契約書にサインをした。
ジーブルが出ていった後、オーウェンが小声でティンカーに話しかける。
「…手間をかけたな」
「いいんだよ。経験上、大抵のお貴族様ってヤツは口約束は後々ひっくり返せると思ってる事が多いから、契約書は必須なんだよ。まぁ、ジーブル様はそんなヒトには見えないけどね。それより…そう言う事を聞くってことは迷宮の中にあるものに何か心当たりでもあるのかな?」
「…あのリストの名前、見覚えがある…」
「…三千年前の名前をどこで見覚えるのさ?」
「父の書庫だ。記述されていたのは数行だが、確か高名な魔術師の1人として名を上げられていたはずだ」
「ふーん…まぁいいや。…で、リストの人物とその魔術師が同じヒトだと何かあるの?」
「古代エルフの彼らは、錬金術とは異なる方法で不老不死を探っていたらしい。そんな彼らが潜る迷宮なら…」
「まさか…」
ティンカーの驚いた様子を見ながらオーウェンは言った。
「あぁ、迷宮に眠るのは不老不死に関わる神器の可能性が高い…」




