我が名はッ!
(…ま、眩しい。…この光はいつになったら終わるんだ。…それに…息が苦しい…)
大きく息を吸い込んで、ぷはぁと息継ぎをしようとした瞬間、「ほぎゃぁあ」と声が出てしまった。
「ほぎゃぁあ!」(おぉッ、ビックリしたぁ!)
自分の大きな声に驚き、それにツッコんだ声の大きさにさらに驚くというスパイラルで慌てていると、「奥様、生まれましたよ!元気な男の子です!」という声が聞こえてきた。
「ほぎゃぁ…ほんぎゃぁあ」(眩し過ぎて目が開けられないッ…それに異様に寒い、凍えそうだ)
思い通りに動かない身体にヤキモキする呂布…。しかし、周囲の大人達はお構いなしに、その小さな身体の隅々を拭きまくった。
「ほぎゃぁあ!ほ、ほぎゃぁあ!…ンぎゃぁああ!」(タオル熱ッ!?ちょ、足の裏はくすぐったい!…んんーッ、やめろぉぉおッ!)
ジタバタしていると、柔らかい布でさっと包まれ、フワッと抱き抱えられて、スッと誰かに手渡される。優しく触れる、ほっそりとしなやかで少し冷えた手…その冷たさの中に感じる不思議な温もり。これまで一度も感じたことのない安心感に浸り、ボーっとしていると「やはり母親に抱っこされると安心するんだな、静かになった」という声が聞こえ、今度は大きくて少しゴツゴツした暖かい手が頭を撫でた。
「…親バカかしら。貴方に似て、とてもハンサムね。名前もカッコよくしなきゃ」
「あぁ。だが、あれこれ考えてしまって、なかなか決められないな」
「…神さまから授かった大切な子だから…ショーン(意味:神の贈り物)はどうかしら?」
「素敵な名前だが、君の兄君もショーンだろう」
「あら、私は気にしないわ」
「この子は気にするさ。叔父と名前が一緒だと、後々話しかけるときに面倒になるだろうし」
(この人が父親で良かった、母親はアバウトな性格だな…)
二人のやり取りを聴きながら、呂布はあれこれと思案を巡らせていた。生まれる世界は一緒でも、生まれる場所はランダム…というゼウスの最後の言葉が浮かぶ。
(転生者は特異な存在。軽々しく周囲に明かすのはリスクが大きい…陳宮も高順も同様に考えるだろう。だが、それでは例えあいつ等が隣にいても、お互いの存在に気付けない。どうすれば…)
真剣に悩む呂布の側で、二人はあれこれと話を続けている。
「なら、貴方は良い案でもあるのかしら?」
「んー、でも神から授かったという意味は確かに素敵だね。…ナサニエル(意味:神の賜物)とかはどうだ」
(なッ!?…ヤヴァぁああいッ!!知的な親父のせいで、ナサニエルにならされるゥウッ!)
「意味はいいんだけど…舌を噛んじゃいそうよ」
「呼びづらいか…」
(ナサニエル回避ぃーッ…母さん、有難うッ!)
「人気者になるようなカッコいい響きがいいわ」
「そうだな、いずれは騎士団長の息子として国中に武名を轟かせてもらわないと」
何気ない二人の会話に呂布はハッとした。
(響き…武名を轟かせる…そうだ、前世の名前をつけて貰えばいいッ!武勲をあげ、名が広まれば勘のいいアイツらはきっと見つけてくれるはずだ!しかし呂布という真名は晒せない…真名で命令されて操られる異世界もあると、ゼウス様が言っていたからな。…ならば、俺の字名である奉先なら…問題無いはず!)
試しに口を動かしながら、ゆっくり発音してみる。「あー」だの「おー」だの母音は出たが、h-やs-の発音がなかなか出来ない。
(唇や舌が上手く動かせないな、それもそうか、生まれてまだ1時間も経ってないんだから。…そういえば前の世界では、俺は『生まれてすぐに両目を開き、自分でヘソの緒を切って立ち上がった』ことになっていた。…あんな馬鹿げた作り話、誰が創ったんだか。…だが、例えヘソの緒は自分で切れなくても、名前くらいは言ってみせるッ!)
そして、呂布は大きな声で名乗りをあげた。
「お…ぉおぅぇ…ん!」
二人が急に静かになり、顔を見合わせる。
「…貴方、今の聴いた?」
「…あぁ、素晴らしい!騎士団長の息子としてこれほど相応しい名前はないッ!」
「響きもとてもカッコいいし、きっと女の子にモテるわ!」
二人がとても喜んでいる側で、呂布は必死にh-とs-の発音が聞こえるように繰り返した。
母と父が満面の笑みで、うんうんと頷いている。
「この子も、とても喜んでるわ!こんなに繰り返すなんて、よほど自分の名前が気に入ったのね!」
「あぁ、素晴らしいッ、素晴らし過ぎるッ!この私の喜びとッ、この子の素晴らしい名をッ、ン今すぐ城の皆に伝えてやらなければッ!」
そう言うと父は、小躍りしながらドアの方へと駆けていき、クルッと振り返った。
「父さんが、その名に相応しい強くて逞しい立派な男に育ててやるぞッ、オーウェン(意味:戦士)!」
「…ーーーッ!!」
呂布は父を止めようと必死に手を伸ばす…それに気付いた父は小走りで駆け寄り、その小さな手に拳をチョンと合わせ、満足そうにガッツポーズをして大急ぎで部屋を出て行った。
こうして呂布は、自身の言い間違いにより「奉先」改め、「オーウェン」として異世界へ転生した!
さらに、一週間後の命名式では「生まれてすぐに目を見開き、『我が名はッ、オーウェンッ!』と高らかに宣言し拳を突き上げた神童」として、城の者達のみならず集まった人々に流布されていることを、オーウェンは知ることとなる。
〜〜〜
因みに、陳宮はというと…世界的に有名な豪商の一人息子として転生していた。呂布同様に前世の名前をつけて貰う事はすぐに考えたが、赤ちゃんなので当然話すことはできない。しかし、ドワーフという種族の特性だろうか、手は割と器用に動いた。自分の意思を伝えられる物は何か無いかと、そこら辺にあるおもちゃを手当たり次第いじくり回していると、両親はティンカー(意味:いじりっこ、何でも屋)と呼んだ。
(…何処となく音も似ている感じだし…まぁ、いっか)
そうして、陳宮はさっさと寝た。
一方、高順は慣れない身体に四苦八苦していた。というのも、何しろ脚が4本もあるなどというのは初めての体験である。
確かにゼウスには「いつでも主君の側に駆け付けられる、そんな能力が欲しい」と言った。だが、それはファンタジー世界に憧れる者の、常識的な範囲での話である。空を飛べるとか、移動魔法の精度が高いとか、その程度のことをイメージしていた。まさか、あの一言で下半身が馬になるなんて、誰が思うだろうか。
(こ…この先、一体どうなるのだ…!)
…心と身体の動揺が止まらない。合流の方法など、とても考えられなかった。
通常、ケンタウロスの赤ちゃんなら産まれて1-2時間、早ければ30分で立つところだが、高順は5時間もかかってしまったため、両親はゴーシュ(意味:不器用な)と名付けた。与り知らない所で、幸運にも似たような響きになった事に高順が気付くまでには、さらに時間を要する事となる。
呂布の逸話は民間伝承で伝わっているものが元ネタです。いくらなんでもへその緒を自分で切るなんてッ、…呂布さんなら何かの間違いでそうなってもおかしくないか笑
陳宮さんはドワーフに転生、高順さんはその望み通りケンタウロスに転生しました(やったね!)名前は読み直さなくても良いように響きの近いものにしました。転生したばかりですが、二人の話は暫くお休みです。
次回からオーウェンの幼少伝になります。それでは、次回もオーウェンさんにドタバタして頂きましょう。