生まれ変わるプレリ
それからティンカーは1週間足らずで農業について様々な知識をフルールに伝えた。まずは大規模農地を経営する意義から始まり、小麦や大豆などあらゆる穀物の栽培方法、自然農薬の作り方、適切な肥料の組成から灌漑・排水設備の設置に至るまで細かいポイントを網羅している。さらに畜産に関しては品種改良の仕方、肉質や毛質を良くするための飼料の組成、病気になった家畜の対処・処分法などを全てメモに書き取らせ、最終的にはものすごく分厚い農業の指南書ができた。これだけの事を伝えたティンカーも凄いが、それを聞いた側から理解していくフルールの地頭の良さも流石である。講義が終わる頃には、プレリ王国にとって今後課題となる点を自ずと見つけてティンカーに質問してくるほど、フルールは聡明だった。そしてこの1ヶ月近い期間で、ティンカーとフルールは深く信頼し合える関係になりつつあった。
「ティンカーさん、やはり一次産業だけでは得られる利益も少ないと思うのよね?私達で加工まで出来れば、もっと利益を得られるようになると思うんだけど」
「そうだね。一次産業は王家が担って、集落の人達には加工業をやってもらえばいいと思うよ。ボクが食肉加工道具や紡績機と一緒に技術者を貸し出して、販路の開拓までしてあげる。代わりにティンカーブランドには安くで商品を卸して貰えると助かるよ」
「まぁ、有難いわ!あと、灌漑設備に今ある水源を使用すると、私達が利用出来る分が不足しちゃうんじゃないかって思うんだけど」
「そこはボクも心配してたトコだよ。一応、策がないワケじゃないんだけど…これは実際に交渉が成功してから教えることにするよ。ひとまず、フルール様は領地の4分の1を使ってボクが教えた事が実践できるか試して、出てきた不具合をボクに教えて欲しいな。と言っても、何事も完璧にするのなんて無理な話だから変に気負わないで欲しいんだけどね」
「フフフ、ティンカーさんは優しいのね♡」
「ボクは商売人だから儲かる話には敏感なだけさ」
「…私を気遣ってくれたのも儲けに繋がるのかしら?」
「そ、それは…。…と、とにかく無理せず、気負い過ぎず、出来る事からコツコツとって事だよ」
そう言うと、ティンカーは顔を真っ赤にしてスタスタと行ってしまった。
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オーウェン達がプレリに滞在してそろそろ半年近く経つ頃、フルールの農業経営はティンカーが想定していたよりも遥かに順調に進んでいた。ある日、オーウェンとティンカーがフルールの下を訪ねて言った。
「フルール様の農業経営が順調である事、心よりお喜び申し上げます。私達に課せられたこの国の課題も、ひとまず解決に向かっていると言っていいでしょう…つまり私達が滞在する時間も限られてきたということです」
オーウェンの言葉を聞いて、フルールは一瞬寂しそうな顔でティンカーを見つめたがすぐに表情を戻すとオーウェンに向き直って言った。
「…そうね。寂しくなるけど予定通り進んでるってことはいい事だものね、あなた達が来てくれて本当に良かったわ。半年前まで皆で必死に牛を追いかけ回していたのが信じられないくらいよ。…それで、いつ出立するのかしら?」
「明日、ここを離れようと思います」
「ず、随分急な話ね。…も、もう少しゆっくりしてってくれてもいいんだけど…」
「ティンカーが次の国に急ぐ用事があると言いますので」
「そ…そうなの…」
フルールはティンカーがこの国を去る事を提案したと聞いて、ショックのあまり少し涙を浮かべながら言った。
「ごめんなさい、あまりにも急だったから…びっくりしちゃって…。半年間という期限だし仕方ないわよね、もうここで…する事も無いでしょうし」
「いえ、一つだけこの国でやり残した事が…。フルール様、プレリで1番防衛に適した場所はこの集落の位置で間違い無いですか?」
「ええ、ここはプレリで唯一台地になってる所だから…」
「わかりました、それでは今からここに王都を建てましょう」
「王都?…気持ちは有難いんだけど、ここは平地しかなくて石材はおろか木材も何も無いのよ?何より時間もないし、一体どうやって…」
と聞きかけたフルールの手をティンカーが握ると「まぁ、付いてきてよ」と言ってテントの外へと連れ出した。フルールが外に出ると、他のテントはすでに畳まれており集落の人々はケイト達によって離れたところで待機させられている。フルールのテントもすぐにナサニエル達によって撤去作業が始まり、フルールはティンカーに手を引かれて人々が集まっている場所まで連れて行かれた。
「ティンカーさん…これは一体どう言う事?」
「まぁ、見ててよ」
そう言うとティンカーはカバンからファンファーレに使われるようなトランペットを取り出して吹き始めた。しばらくすると、何処からかドスンドスンと何か大きなものが歩いてくる音がする。すると、オーウェンを背に乗せたゴーシュが武器を持って皆の前に立つ。遥か遠くに見えた蠢く物が徐々に迫ってきてようやくその音の正体にフルール達は気付いた。
「ゴ…ゴーレム!?ティンカーさん、ゴーレムを呼んだの!?どうして!?」
「落ち着きなよ、フルール様。王都を建てる材料がないって言ってたでしょ。だから、材料に歩いてきてもらっただけだよ。ほら、ボクが命令した通り両脇に大きな檜を抱えてきてる」
「何百体もいるじゃない!?王都どころか全滅してしまうわよ!」
「大丈夫だから、そこに座って見てて」
そう言うと、ティンカーはオーウェン達に向かって大声で言った。
「魔石には傷が付かないように取り出してね。素材が脆くなっちゃうから」
「あぁ、任せろ」
そう言うとゴーシュはオーウェンを乗せて、目の前に迫ったゴーレムに突進する。ナサニエルが不安そうな顔をしてティンカーに言った。
「なぁ…言われた通りに皆を避難させたけど、本当にあの2人だけで大丈夫なのか?」
すると、ティンカーがフフンと笑って言った。
「あの2人にとって、あの数は物足りないと思うよ?」
次の瞬間、ゴーレムの身体が大きく後方へ吹き飛び、オーウェンがその身体から無理やり魔石を引き摺り出した。たちまち、ゴーレムはただの土と石に変わり徐々に建材が積み上げられていく。その後もオーウェンとゴーシュはゴーレム相手に立ち回り続け、1時間ほど経った頃には残り10体を残してほとんどのゴーレムが建材になっていた。ティンカーが前に出てきてオーウェン達に声をかける。
「そろそろ2人とも終わっていいよ、残ってるゴーレムには建築の手伝いとかしてもらう予定だから」
「そうか。ゴーシュ、引き上げるぞ」
「うん!」
オーウェン達がゴーレムの魔石をティンカーに渡しながら言った。
「ゴーレムは何の魔物なんだ?」
「土の中に住む色んな生き物らしいよ。大きめの幼虫だったり、モグラだったりが潰されて死ぬときに硬くなろうとしたって言う学者も居るけど、本当のところは良くわかってないんじゃないかな」
「そうなのか。で、…この魔石は何に使うんだ?」
「あぁ、ゴーレムってのはね、小さい魔物でさえ操作しやすい魔素の豊富な土壌と石で出来ているんだ。つまり、この浄化した魔石を入れ替えてあげれば簡易人工ゴーレムの出来上がりってわけ。オーウェン、この浄化した魔石を残ってるゴーレム達の魔石と交換してきてくれないかな?」
「あぁ、わかった」
そう言うと、オーウェンはゴーレムの魔石と浄化した魔石を素早く入れ替える。浄化された魔石に入れ替わったゴーレム達はティンカーの命令の通りに忠実に動く。崩れたゴーレムの盛土でさらに高くなった台地に城といくつかの居住スペースや紡績工場などができ始め、3時間ほど経つと小規模ではあるがそれなりの都市が出来た。これまでの王都のイメージとはだいぶかけ離れているが、それでも人々は喜んでくれていた。
集落の人々が喜んで家などを覗いて回る中、ティンカーはフルールの手を引いて王城へと入る。王城の中には、ゴーレムから取れた魔石や鉱石で作られた豪華なシャンデリアや檜で作られた頑丈な家具などが揃っている。驚きのあまり言葉にできないフルールにオーウェンが言った。
「ここにある全てはティンカーからフルール様へのプレゼントです」
「え…でも…」
「ティンカーは既にエルフのしきたりを知っています」
「…ってことは…ティンカーさんは私に…」
と言いかけたフルールにティンカーはしどろもどろになりながら言った。
「こ、これまで出会って来た女性で、フ、フルール様ほど綺麗で知的で素敵なヒトに出会えた事は無かったから…。ボクは見た目も歳もまだ子供に見えるだろうし、自信無いんだけど…。でも好きなヒトが安心できる城くらいは作ってはあげられるかな、なんて…。ダメだ、何言っていいかわかんないや…ハハ。と、とりあえずボクからの求婚のプレゼントを受け取ってくれないかな?」
と言うティンカーの言葉を遮るようにフルールがティンカーを抱きしめて言った。
「はい、喜んで。ティンカーさん♡」
見守っていたナサニエル達が「イヤッホォー」と叫びながら大喜びし、シャル達は感動の涙を流している。オーウェンとゴーシュは「…城を作ったのは、俺達とゴーレムだが」とツッコみたかったが、流石に周囲の祝福ムードをぶち壊すわけにもいかずに終始無言を貫いた。




