ティンカーの智謀
その日から、オーウェン、ティンカー、ゴーシュの3人はフルールの下で方術について学び始めた。当初はナサニエル達も学ぼうとしたが中級編以降で内容が格段に難しくなったため、習得を諦めて騎士見習いのコ達や集落の子供達に弓の扱い方や剣の扱い方を教え始めた。ナサニエル達の教え方が上手かったのか騎士見習いのコ達の成長は著しく、2週間足らずで動かない的に矢を当てられる程になった。狩りに出かけた時に騎士見習いの1人が牛の脚を射抜いた時には、フルールも混じって大騒ぎしたこともあった。一方、オーウェンとティンカーは共に机を並べて学んでいたが、あの日以来ほとんど言葉を交わす事はなかった。習い始めて3週間目になろうという頃、ようやく全ての講義が終わるとフルールが満足そうに微笑んで言った。
「3人ともお疲れ様。今まで色んな人に教えようと頑張ってきたけど、ほとんどは皆初級で躓いちゃってね。最後まで理解できたのはあなた達が初めてよ♡本当によく頑張ったわ」
「フルール様の教え方が素晴らしいおかげです。こんなに素晴らしい学問が世間に広まらないというのは本当に勿体ないですね」
「本当、オーウェンは口が上手なんだから。さてと…ティンカーさん。方術を教えるという約束は果たしたわ。次はあなたが私に教えてくれる番よね?」
フルールがウインクして見せると、ティンカーもウインクして見せて言った。
「えぇ。フルール様に教えてもらったこの方術を使って、今度はボクが『金の成る木』の作り方をお教えしましょう」
そう言うと、ティンカーは腰に下げていた袋から1本のバグパイプを取り出した。
「…それは何かしら?」
「バグパイプと呼ばれる笛の1種です。正確にはその中でも“ノーサンブリアン・スモールパイプス”と言う口で吹く必要がない種類なんですが…まぁいいや。これからこの笛に幾つかの方術を付与して見せましょう。付与する方術の効果は『指定したモノに奏者が意図した行動をさせる』、『常に統率した動きをさせる』です。………よし、出来た。名付けるなら…『ハーメルンの笛』というトコですね」
「ハーメルン…とは何かわからないけど、素敵な響きね。それで、その“ハーメルンの笛”で私はどうすれば良いのかしら?」
「これからそれを実践してみせましょう。ついてきてください」
そう言うとティンカーはオーウェン達を連れて集落近くの狩場へと向かった。
ーーーーーー
オーウェン達が狩場に着くと、ナサニエル達が汗だくになりながら牛や羊を追い回している最中だった。
「おぉ!オーウェン、来てくれたのか!俺達も頑張ってんだけど、なかなか捕まえられなくてな。手伝ってくれよ」とナサニエルが言うと、オーウェンより先にティンカーが手を挙げて言った。
「ボクが手伝ってあげるよ」
「え?ティンカーが?…ティンカーは剣も弓も使えないだろ?」
「使えないわけじゃ無いよ、使わないだけさ。ボクはスマートなのが好きなんだ」
そう言うと、ティンカーはバグパイプを取り出し小脇に挟んで演奏を始めた。綺麗な音色が当たりを包むと、逃げ回っていた牛や馬が整列しバグパイプの音色に聞き耳を立てている。ナサニエルが驚いた表情で言った。
「ど…どうなってんだ?」
「方術をかけているんだよ、試しに1頭を狩ってごらん?」
ティンカーに言われてナサニエルは先頭の牛へと近づく。牛は目の前までナサニエルが近づいているにも関わらず全く動かなかった。それどころか首を落とされても鳴き声すら出さずただ座り込むだけで、他の牛達も目の前の出来事に全く気づいてない様で微動だにしなかった。
「こんなにあっさりと…。でも…何でだ?…さっきまでは追いつく事すら出来なかったのに」
「音だよ」
「音?」
「彼らは音に敏感なのさ。フルール様の方術でも聴覚はある程度操作していたんだろうけど、動物の聴覚は人間の比じゃないからね。きっと弓を引く音が聞こえていたのさ。この楽器を使えば方術で聴覚の操作もしながら実際の音による空気振動で、よりわかりにくくなるってワケさ。そして、この笛はこんなことも命令出来るんだよ」
そう言うと、ティンカーは笛の音色を変えた。すると今度は牛が横1列に並び直し、一糸乱れぬうごきで草を食み、ツノや蹄で地面を耕しながら3歩進んで少しだけ糞をするという奇妙な行動を取り始める。あまりのシュールさに皆が噴き出しそうになる中、真顔のオーウェンがポツリと言った。
「なるほどな、牛に農耕させているのか」
「その通りだよ、オーウェン。これだけ広い平地を農地として利用できないのは勿体ない、でも働く人には数の限りがある。そこで少ない人数でも運営できる様に、動物達に余計な草を食べてもらい、耕しながら糞を混ぜて土の状態を良くしていくんだ。それだけじゃないよ、彼らに植物の種を飲ませればその糞に適量の種が混ざって種蒔きもできるようになるんだ。馬は馬鍬を装着すれば耕してもらえるよ。羊やヤギは毛や乳を取るために使うから違う土地に行かせるんだけど、それも全部このバグパイプ1本で操作できるって寸法さ」
それを聞いたフルールが飛び上がって喜ぶ。
「凄いわ!方術の応用で、こんな1連の動作が可能になるなんて」
「喜ぶのはまだですよ、これからフルール様には私の知る農業の知識を全てお教えします。普通のヒトなら理解するまで時間がかかるでしょうが、自然の中で生きてきたフルール様なら理解するのもきっと簡単ですよ」
「えぇ、絶対にモノにしてみせるわ!」
「フフフ、その意気です」
そう言うと、ティンカーは満足そうに頷いてみせた。
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ケイト達が必要な分の牛を屠殺している間、オーウェンがティンカーを呼び出した。ティンカーがフルールに無礼な事を言ったあの日から、2人のギクシャクした感じを気にしていたナサニエルは、いち早くそれに気付き隠密魔法を使って2人の後を尾ける。並んで歩く2人の真剣な横顔を見てナサニエルは焦った。
(…オーウェンもティンカーも、まさか「あの日」の事をまだ怒ってんのか?いざとなったら、オレが死ぬ気で止めなきゃ)
などとティンカーが一方的に酷い目に遭う妄想をしながら、ナサニエルは2人の後を追う。暫くして2人が立ち止まり話し出した。
「…ティンカー」
「…なに?」
「この前は…悪かったな」
「…お互い様だよ。ボクは君が言いたくても言えなかった事を言っただけだし。…それに、君も外で密かに話を聞いていた人達が怒って殴り込んでこないように、威圧して見せたんだろ?」
「…気付いていたのか?」
「ったく、いつからの付き合いだと思ってんの?君の考えている事くらい、ボクは…」
と言いかけたティンカーをオーウェンがひょいと持ち上げて抱きしめる。
「な、な、何すんのさ!?」
「…あれからずっと喋らないから…嫌われたかと…」
「喧嘩したヤツらがすぐ仲良くなったら皆に怪しまれるだろ?演技だよ、演技!もう離れてよぉ、オーウェンと違ってボクの身体は繊細な作りをしてるんだ!」
とティンカーは顔を赤らめながら言った。「すまん、安心してつい…」と言いながら、オーウェンがティンカーを地面に置くと、ティンカーは少しよろめいていた。オーウェンが心配そうに見つめて言う。
「ティンカー、ふらついているし顔も少し赤いぞ。疲れが出たのか?」
「き、君が急に強く抱きしめるから…苦しかっただけだよ!…(このチートめ)」
ティンカーが最後にボソッと呟き、オーウェンが「なんだ?なんて言った?」と聞きながら追いかけっこする様子をナサニエルが見ていると、後ろからゴーシュが話しかけてきた。
「昔っからあーなんだよね、あの2人」
「うわっ…ビックリしたぁ!ゴーシュかよ?脅かすなよ!」
「ごめんごめん、ナサニエルが2人の後を尾けていくのが見えたから」
「…ちょっと待て、隠密魔法使ってんのになんでピンポイントで俺の位置わかったの?魔力探知でもここまで正確に見つけられないだろ?」
「あぁ、それは草がナサニエルの形に凹んでるからだよ」
そう言われて、ナサニエルが立ち上がると確かに人型に草が凹んでいる。自分の間抜けさに呆然とするナサニエル。ゴーシュが「隠れる時は周囲の状況をよく見なきゃね」とアドバイスしていると、2人に気づいたオーウェン達が近づいてきた。
「ナサニエルもゴーシュも、ここで何してるんだ?」
オーウェンに尋ねられ、ナサニエルが「お、オレは〜…」などと焦っているとゴーシュが代わりに話し出す。
「僕達は2人がケンカしてないかって心配して見に来たんだよ、ね、ナサニエル?」
「あ…うん、そう」
すると、オーウェンはとても嬉しそうに笑いながら言った。
「心配をかけてしまったみたいだな、たった今仲直りした所だ」
その屈託のない笑顔を見て3人がハモった。
『…やっぱ、チートだ』




