方術
〜〜〜方術とは簡単に言えば手品や催眠術である。物体や事象の性質そのものを変化させる錬金術や神術とは異なり、方術はそれを観ている者の認識を変化させる。例えば、錬金術はただの石を金に変化させる事が出来るが、方術はただの石を金に見せかけるだけである。また、神術を使えば実際に不老不死になる事が出来るが、方術では相手に不老不死と誤認させる程度である。一見すると、錬金術や神術に比べて劣っている様に見えるが、実は方術には非常に優れた面が多い。大量の魔力を必要とする錬金術や神術と違って、方術は認識を変化させるだけなので使用する魔力量は圧倒的に少ない。使用する魔力量が少ないことで魔力探知に引っかかる事もほぼなく、また同時多発的に使用出来るため効果範囲を広くする事が出来、コストパフォーマンスが圧倒的に高いのである。〜〜〜
上記した内容をオーウェンが説明すると、ナサニエルが手を上げていった。
「コスパが良いのはわかったけど、認識を変えるだけで現実は変わらないんじゃねえのか?」
オーウェンは首を横に振って言った。
「変わってたさ、現に俺達はここに辿り着くまでに時間がかかっていると思い込んでいた…そうですよね、フルール様?」
「あら…気付いていたの?」
「いいえ、正確にはフルール様に会ってようやく違和感を覚えた程度ですよ」
「それでも凄いわ。…あなた、良い勘してるのね」
オーウェンとフルールのやり取りを聞いてナサニエル達が首を傾げる。
「どういう事だ、オーウェン?」
「恐らくだが、プレリ王国へ入って認識した全てが間違っていたんだろう。地図に従って見えた景色も、ここへたどり着くまで長い時間をかけて歩いたことも…いや、本当に歩いていたのかどうかさえわからない。…足踏みをしているだけか、それとも足踏みすらしていなかったか。地面を踏んだという感覚すら操られていた可能性がある」
オーウェンがそう言うと、フルールは嬉しそうに笑いながら言った。
「時間だけじゃなく、自分の身体の感覚まで疑えるなんて凄いわね。…もしかして、私が書いた初心者向けの指南書を読んでくれたのかしら?」
「えぇ、父の書斎にありましたので。『無意識さえも意識して疑え』という言葉は、至言だと思いました」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。…あの本、結構自信あったんだけど実際はあまり売れなかったのよね〜」
フルールは恥ずかしそうに頬に手を当てながら眉尻を下げてみせた。
〜〜〜フルールの本は商人達によって人族の国でも出版された事がある。しかし、初心者向けの内容しか書かれていないにも関わらずその知識を悪用した詐欺が横行したため、出版停止に加えて有害図書に指定され在庫の多くは焚書されてしまった。ちなみに、その本の表紙に載せたフルールの写真が人族の間で人気となり「7大宝石の翡翠」として有名になった事を、まだ本人は知らない。〜〜〜
「方術は扱う者の素養も問われますから、適切に使える者はフルール様の他にはそう居ないでしょう」
「あなたは褒めるのも上手ね、素直に嬉しいわ。貴方達が泊まるテントはあそこに立っているものよ、疲れているでしょうから今日はゆっくりしていってちょうだい。と言っても、あなた達がプレリに入って実際には3日しか経っていないんだけど♡」
「3日!?5日以上は歩いていたつもりだったのに、実際は3日だったのかよッ!?」
驚きのあまり叫んだフレッドに向かって、フルールはウインクをすると集落の人混みの中へモヤの様に掻き消えていった。
オーウェン達は用意されたテントへと向かう。そのテントは遊牧民が使う移動式住居の「ゲル」と言うものと非常に似た創りをしており、中に入ると簡易的なベッドが円状に人数分用意されていた。ナサニエルが不安そうな表情で言う。
「外観よりも広く見えるな…もしかしてこれも方術だったりして?」
「いや、大丈夫だろう。プレリのエルフは無駄を好まないと聞くからな」
「じゃあ何で俺達を惑わす様な事をしたんだよ?」
「…草原の国と言われるほど、プレリの大地には遮蔽物や目印になるものが少ない。国民を守るためには例え同じ連合国と言えど、他国の者に地理的な特徴を把握されるわけにはいかないという事だろう」
「そっか…大変なんだな、女王様も」
「あぁ」
ナサニエルとオーウェンの会話を聞いて、さっきまで不機嫌だったフレッドも納得したのかそれ以降は愚痴をこぼさなくなった。
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翌日、オーウェン達がフルールの居るテントへと向かうと、テントの中にフルールの姿は既に無かった。集落の人達に聞き、フルールが向かった狩場へと向かうと方術を使って牛や羊達を集めるフルールと、男のエルフ達が総出でそれを追いかけ回しているのが見えた。オーウェンがフルールに近よって聞く。
「フルール様、彼らは弓を使いにならないのですか?」
「ここの動物達にはなかなか当たらないのよ…野生の勘っていうのかしら、弓を向けるとすぐ逃げちゃうの」
フルールの言葉を聞きオーウェンが弓を向けると、確かに牛や馬達は方術にかかっているにも関わらず弓の射線から逃げる様な動きを見せた。そこでオーウェンが一頭の牛に素早く狙いをつけ矢を放ち、こめかみを貫いて絶命させる。フルールは驚いた表情を見せながら言った。
「流石はアウグストさんの息子、弓も上手いのね♡でも残念…私の国にはあなたの様に腕の良いコがいないのよ」
「良ろしければ滞在している間だけでも、狩りをお手伝いさせて頂きますよ」
「あら、ホント?嬉しいわ♡」
そう言うとフルールは満面の笑みを浮かべて見せた。結局その日は3頭の牛と2頭の羊を仕留めてオーウェン達は集落へと戻っていった。
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集落では既に料理の準備が整えられており、子供達が鍋の周りで走り回っている。オーウェンとゴーシュが仕留めた獲物を担いでくると村人達は拍手喝采しながらこれを出迎えた。
「おぉ!久々のご馳走じゃのぅ!」
「最近はなかなか狩りが上手くいかなくて、豆ばっかりだったからね〜」
「弓で仕留めたの?大したもんだわ〜」
などと、人々が喜びの声をあげる中、フルールはオーウェン達にテントへ入る様に言った。
「今日はありがとう。久々にお肉が食べられて、みんな喜んでるわ〜♡…聞いたと思うけど、最近は狩りもなかなか成功しなくってね〜…」
と言いながら、フルールは少し寂しそうな顔をする。オーウェンは少し間を置いて言った。
「フルール様、この集落には年配の方や女性が多いですね?男は狩りに出ていたヒト達で全部ですか?」
「えぇ、そうなの。この国にも騎士団がある…いいえ、正確にはあったのだけど。…鎧も買ってあげられないくらい貧しかったから、嫌気が差したのかもしれないわね…彼らはだいぶ前に、集落を出ていったのよ。それからは騎士見習いだった子達だけで動物を狩りながら各地を転々としてるわ。私が方術でこの国全体を守るようになったのも、その時からよ」
「なるほど、そう言う事でしたか」
「きっと彼らは私に失望したのね…」
と落ち込んだ顔をするフルール。オーウェンが「…そんな事は…」と言いかけた時にティンカーが口を開いた。
「まぁ、そうでしょうね」
「…ティンカー、口を挟むな」
「だって本当の事だよ、オーウェン。国を守る騎士に鎧さえあげられないなんて…力不足にも程があるよ」
「口が過ぎるぞ、ティンカー!」
オーウェンの目に力が入り威圧の表情を見せると、ナサニエル達は顔を青くしながら2人の様子を見守るしかできなくなった。だが、ティンカーは表情一つ変えず話を続ける。
「凄んだって無駄だよ、ボクの口に戸を立てられるのは正論だけさ。優しさや思いやりだけで民は守れない。力のない長について行く民の不幸を君も良く知っているだろう、オーウェン?」
オーウェンが反論出来ずに黙っていると、フルールが呟いた。
「…ティンカーさんの言う通りね、女王と言っても自分の集落の民を守るのに精一杯なだけなんですもの。私に民を率いる資格なんて…無いのかもしれない…」
フルールの泣き出しそうな顔を見て、ティンカーは溜息を吐きながら言った。
「フルール様がそう思うのは勝手ですけど、ボクはそこまで言ってませんよ?」
「え…でも、今『力のない長について行く民は不幸だ』って…」
「えぇ、言いました。だから、力を得ればいいというそれだけの話です」
「…力を得る?一体どんな…?」
「財力です。これだけ広い土地があり、そこら中に金が転がっているんです。きっとブルイン王国にも負けないほど財を成す事が出来ますよ!」
「ほ…本当ですか?ティンカーさん?」
「はい!その代わり、ボクにも方術を教えてもらえませんか?」
「えぇ、もちろんよ!それで民が潤うなら、喜んで教えてあげるわ!でも、方術を使って何を?」
フルールが首を傾げると、ティンカーは自身ありげに言った。
「方術が生み出す幻想で本物の富を生み出して見せますよ、ボクは錬金術師でもあるんですから」
話がわかりやすくなる様に、今日は2話投稿になりますー。




