ユグドラシル
オノドリムの枝から降りてきたオーウェンに、ヴィルヘルムが声をかける。
「どうだ、話は出来たか?」
「はい。オノド殿は世界樹となり、この地を守護する者へと進化したようです」
「世界樹…古よりエルフ、そして世界の護り神と言われてきた大樹にオノド殿はなろうと言うのか」
「オノド殿は短い時間でしたが安らぎを得られたと言っておりました。きっと、私達エルフをいつまでも見守りたいと思ってくれていたのかもしれません。…ティンカーの方が今のオノド殿の状況を詳しく診ることが出来るはずです、少し話を聞いてみます」
「…あのドワーフの少年か?…本当に大丈夫か?ただの建築材としか見なさそうだが」
「きっと大丈夫だと思います、とにかく連れてきます」
そう言うと、オーウェンはティンカー達を呼びに城の方へと戻っていった。
ーーーーーー
「うわぁー、大っきいなぁ!これがオーウェンの言っていたオノド殿かい?立派なトレントだねぇ!」
ティンカーは幹の周囲を飛び跳ね回ってみせる。ヴィルヘルムが少し不安そうに見守るなかティンカーが言った。
「余程良い環境じゃ無いとここまで育たないよ、大切にされていたんだね」
「オノドリムは『森の守護者』だからな、エルフにとっては精霊達と同じくらい大切な存在だ」
「へぇ、そーなんだね。それで?何をみて欲しいのさ?ボクは建材の価値以外にあまり植物には詳しく無いんだけど」
「オノド殿のステータスを覗いた時、状態の欄に『世界樹へ進化』と記載されていた。他にも色々書いてあったようだが、俺には読めなかった」
「まぁ、オーウェンはまだレベル上げしていないからね。じゃあボクが診てみるよ」
そう言うと、ティンカーは鑑定と解析を使いながらオノドリムの状況を確認していく。しばらく黙り込んだ後、ティンカーはゆっくりと話し始めた。
「なるほどね…どうやら、トレントの進化条件が満たされたみたいだよ。『1000年以上生きたトレントが清い心を持ち、清い水と清い大地に根付く時、世界樹への道に至る』って書いてあるよ。条件が厳しすぎて、なかなか進化できなかったんだろうね」
「そうか」
「ねぇ、オーウェン。さっきの話なんだけど…ステータス画面を開くには『神』という存在を認識する必要があるって言ったじゃない?オノド殿なら、エルフの神になれるんじゃないかな?」
「そうかもな、だがナサニエル達はオノド殿が魔物だと知っているぞ?」
「世界の全ては神に通じているからね、人も魔物も全てのものは神になり代わり得るのさ。ちょうど神殿や神社で渡される手作りのお守りに神が宿るようにね」
「なるほどな」
「それにさ、生まれて1000年もの間に心を汚さず、世界の礎となる道を選んだ世界樹に会うことになるんだ。これだけの偉業を成し遂げた者に魔物も神も関係ないよ」
「…容易く成し遂げられることではない、ということか」
「そういうこと。ボクが指示するから、幾つかの枝を剪定してきてよ。その枝から祭壇と聖杯、それと…お守りを作ってあげる。世界樹を扱った事はないけど…まぁなんとかなるでしょ」
「あぁ、わかった」
そう言うと、オーウェンはヴィルヘルムに剪定の許可を得て、方天画戟を担いで世界樹へと登る。足場となるような部分を残しつつ、ティンカーが剪定する枝を選ぶと、オーウェンがその枝を方天画戟で切り落とす。500kg超えの大きな枝が地面に落ちると地震のような轟音が響き、ティンカー達は飛び上がり、城の中にいたナサニエル達も慌てて飛び出してきた。15本ほど落とした所で、オーウェンの方天画戟の刃先が欠け柄の部分に亀裂ができてしまった。仕方なくオーウェンは切り落とすのをやめて世界樹を降りていく。下に降りるとティンカーが駆け寄ってきた。
「トレントの物と違って随分重い枝なんだね、他にも幾つか切ってほしかった枝があるんだけど…」
「見ての通り、方天画戟がこのザマだ。残念だが、今日はこれで終わりだ…武器を新調しなければな」
「あぁ、ベルンハルトが修理したって言ってたやつか。うーん…冒険者を経験してるだけあってかなり丈夫に補強してあったみたいだけど、世界樹の硬度には流石に耐えられなかったみたいだね」
「この柄はオノド殿から貰った枝で作ったのだがな…残念だ」
「ふーん…じゃあ、ボクが新しく創ってあげるよ。この世界樹の枝を使ってね」
「本当か!?」
「うん。職人の作る方天画戟ってものを、いつかベルンハルトにも見せてあげたいしね。あ、でも…結構な重さになるよ」
「構わない、振れるようになるまで努力するだけだ」
「まぁ、レベル上げればそんなに心配いらないだろうけど…とりあえず、この枝を加工したいからオーウェンとゴーシュであっちの方に運んでくれないかな?」
「わかった」
オーウェンは切り落とした枝をゴーシュと運ぶ。ナサニエル達も手伝おうとしてみたが、文字通り1mmも動かす事は出来なかった。運び終わるとティンカーは小さな袋から様々な道具を取り出し、世界樹の枝の加工を始めた。戻って来たオーウェンにナサニエル達が話しかける。
「なぁ、アイツら何やっているんだ?」
「世界樹の枝を加工しているのさ」
「世界樹?あれってオノド様の枝だろ?」
「オノド殿はエルフが棲むこの土地を守護しようと、世界樹になった。ティンカーは世界樹を祀る祭壇と聖杯を作っているんだ。世界樹はこの土地の守護神だからな」
「へぇ、オノド様はオレらの守護神になったのか…」
そう言うとナサニエル達は日が暮れるまで、世界樹を見つめていた。
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オノドリムが世界樹になってから2週間が過ぎようとしていた。ナサニエル達は修練祭の時に貰ったテーマパークの年間パスポートを使っていなかったことに気付き、「マジックアドベンチャーランド」を筆頭に様々なテーマパークを堪能していた。一方、オーウェンはティンカーやゴーシュと共に世界樹の加工を手伝う。祭壇や聖杯、お守りは最初の数日でほとんど作り終えていたが、ここまで時間がかかったのは何を隠そう方天画戟のせいである。柄となる世界樹の加工は勿論、非常に細かい装飾から塗装まで全てティンカーが休憩を取らずに仕上げるため、オーウェン達はその身の回りの世話を全てしていた。そして今まさにやっと、新たな方天画戟が完成したのである。ティンカーはふぅと一息つくと言った。
「久々に全力を出したよ。この先ボクはこれ以上のモノは作れないって言い切れるほどにね」
「本当に綺麗だ、見た目の美しさだけでなく掴んだ時の心地よさもあるな」
「今までのように振り回すことができそうかい?」
ティンカーに言われてオーウェンは持ち上げようと試してみる…なんとか両手で持つことは可能だったが到底振り回せる重さではなかった。
「ティンカー…とても言いづらいんだが、この重さは無理かもしれん」
「そりゃあ今の状態で500kgあるからね。たとえオーウェンでもレベル1なら、そうなって当然だよ。でも、人族でも同じくらい重い武器を扱っているヤツもいるんだよ。彼らはレベル上げをしているからね」
「ティンカー、そのレベル上げというのは何だ?」
「んー…簡単に言えば努力した量を数値化して、一定の数値毎に見合った身体に進化するというイメージかな。鍛え抜いて『身体に限界が来ました〜』で生き残れるような優しい世界じゃないんだよね、ここって」
ティンカーの話を聞きながら、オーウェンはこれまでの魔物達との戦いを思い出していた。
知恵を使い、日々の鍛錬を欠かさないオーウェンだったから何とか立ち向かうことが出来たものの、他の者にすればどれも即死級の化け物揃いである。しかし、そんなエルフのオーウェンですら担ぐことができない重さの武器をレベル上げした人族は持ち上げる事が出来るのだとティンカーは言った。それは逆に言えば、レベル上げした人族がそのような武器を使わないと倒せない魔物がいるということである。オーウェンは少し間を置いてティンカーに話しかけた。
「ティンカー、お前が俺に会いにきたのはその『レベル上げ』と何か関係があるのか?」
すると、ティンカーはニッと笑って言った。
「そう言う所は相変わらず勘がいいね。そうだよ、ボクらは神託をもらってここに来たんだ」




