日常
シャルロッテ達との婚約を終えた1日後、オーウェンはドロシーとも婚約式を挙げた。ドロシーは正式にヴァルド王国への留学生となり、オーウェンの下へとやってきた。ブルートと黒装束の女はブルイン王国へ戻り、ヴァルド兵と弟ブルーノの監視下ではあるが表向きはこれまで通りブルイン王国の国政を担う事となり、国民達には今回の一連の騒動は伏せられた。こうしてオーウェンは、学院の生活へとやっと戻る事が出来たのである。しかし、以前と全く一緒では無い。なにせ、同じクラスに婚約者が3人も居て、12歳の元服までには爵位を貰うほどの功績をあげねばならないのである。
(父上は、幸せへの道標と教えてくれたが…本当に乗り越えられるのだろうか、この困難を)
などと考えながらも日々は過ぎていった。中等学院も2年次へと進み、オーウェン達はそれなりに忙しい日々を過ごしていた。季節が春から夏になろうかという頃、オーウェンは学院長室へと呼び出された。
「お呼びですか、学院長?」
「あぁ、オーウェン君。どうぞ、座ってくれ」
「はい」
オーウェンが来客用のカウチに腰掛けると、学院長が向かい合って座って言った。
「新学期が始まって半年経ったが…どうかな、ドロシー様の学力の方は?」
「当初は少し遅れていましたが、この半年間必死に努力されましたので今は他の生徒達と変わりなく学ぶことができています」
「それは良かった。君のクラスは他よりも進度が速いから、心配しておったのだ」
〜〜〜学院長が心配するのも当然である。ブルイン王国は商売が非常に盛んであり、若い時から働き出してそのまま家業を継ぐものも多いため、商業や工業、経済学に特化した学院がほとんどであった。そのため一般的な学問を習う場合は家庭教師を雇うことになるが、ニーズが少ないためか家庭教師の人材もそこまで豊富ではない。しかし、ドロシーは家庭教師の進度よりも速く予習しており、初等学院6年次程度の学力があった。そこから、ドロシーは並々ならぬ努力とオーウェンとベアトリスを中心とした数多くの補習によって、今では中等学院3年次のカリキュラムについていけるほどまでになったのだった。〜〜〜
「ドロシー様は理解力もありますし、何より努力家で忍耐力のある方ですから。当然の結果ですよ」
「そうか、それは安心だな。さて…話は変わるが、今回ヴィルヘルム陛下からお話があってな。ブルイン王国を除く4ヵ国からこの度、留学を受け入れる申し出があったようなのだ。国費留学であるため学院で1番優秀なクラスをとの事でな、君達が相応しいと考えたのだが…」
学院長の説明を聞きながらオーウェンは考えていた。
(なるほど、会議の際にヴィルヘルム様が話をしていた「他国との協力」というものか。他国を見て様々な統治の在り方を見せる事で、ドロシー様に為政者が抱える困難について知ってもらおうという事かもしれんな。それに俺自身も学院の仕事だけでは目立った功績を残せない、これはちょうどいい機会になるだろう)
学院長が一通り話をし終わったところで、オーウェンが話し出す。
「有難い話で是非お受けしたいのですが…私のクラスは試験や修練祭へは参加しなくてもよろしいのですか?」
「あぁ構わんよ、毎回席次の上位を独占する君のクラスに定期テストは不要だろうし、修練祭は昨年の時点でずば抜けていることは確認済みだからな。それに、優れた生徒により学べる場を与えるのは我々教師の義務だろう。そう思わんかね?」
「わかりました、喜んでお受けいたします」
「そうか、話が早くて助かる。陛下から幾つか書類が送られて来ている。重要な物なので無くさない様にと仰せだ」
「そうですか、確認しておきます」
そう言うと、オーウェンは特別教室へと戻っていった。
ーーーーーー
教室でオーウェンから国費留学の話を聞いたナサニエル達は大喜びである。
「マジかよ、他の国を見て回ることが出来るなんてスゲェじゃねぇか!?」
「前からオーズィラ王国に行きたいって思ってたんだよな〜。水が綺麗で料理が美味しいって聞くし」
「相変わらず食べる事ばっかね、アンタ」
などと、はしゃぐナサニエル達にオーウェンが言った。
「落ち着け、今回は留学であって旅行じゃない。それに各国で解決に困っている課題があり、俺達はその解決に尽力することで評価点を貰うことになってる様だ」
「ふーん…ちなみに課題をクリア出来なかったらどーなんの?」
「留学費用を全部自腹で払えと言うことだ」
「…ファ!?幾らだよ?」
「知らん。だが、この人数でそれなりの宿を各国で半年ずつ借りる事になるのであれば、相当な額になるに違いない」
「マジかよ、ウチはそんなに裕福じゃねぇよ?」
「必死で取り組まないとヤベェじゃん」
オーウェンの言葉にフレッドが反応する。
「…でも、その課題ってそれぞれの国王様達ですら解決困難な状況なんだろ?オーウェンはともかく…学生の俺達が役に立てるのか?」
「出来るかどうかは二の次だ。それに知識や知恵は歳を重ねる毎に増えていくが、発想は別だ。若い俺達だからこそ現実という枠を取っ払って考えることができることもあるだろう」
オーウェンが窘めると、ナサニエルがふぅと溜息を吐きながらフレッドに言った。
「まぁ、とにかく行ってみようぜ。考えるのはタダなんだしよ?」
「…相変わらず前向きだな、ナサニエルは」
「悩むのが苦手なだけだよ。それに繰り返す日常も楽しいけど、知らない世界に飛び込むのも悪くはないって知ってるからな」
「…まぁ、そうだな」
ナサニエルの一言でクラスの皆がなんとなく納得した様な表情になる。すると、オーウェンが再び話し始めた。
「まぁ、話が来た時点で最初から断る選択肢は無い。それに見識を広げるためにも人脈を創るためにも、この留学はとても意義のあるものになる。そう言うわけで、各自これから寮に戻り準備をしてくれ」
「ん?明日にでも出るのか?」
「いや、留学に出る前にまずは王都を訪ねろとのお達しでな。どうやら俺に急ぎ会わせたい者がいるとの事だ。だから夕方頃には学院を出発する」
「夕方に出ても、近場で野営する事になっちゃうんじゃ無いの?」
とエラが言うと、オーウェンは首を横に振って言った。
「今回の遠征は、野営をせずに王都を目指す。今後は夜も行軍しなければならなくなる時もあるだろう、その予行演習と思えばいい」
「そっか。前みたいに偶然魔物と出会うこともありそうだし気をつけなきゃね」
「あの頃に比べてお前達はとても成長している。余裕という訳にはいかないが、油断しなければ特に問題にもならないだろう」
オーウェンに褒められて気を良くしたのか、皆はその後張り切って競い合う様に寮へと戻っていった。
ーーーーーー
夕暮れ時に出発したオーウェン達は、日が沈み周囲が見えなくなっても行軍を続けたお陰で翌日の朝には王都へと辿り着いた。シャルロッテやイザベルは王城へと戻り、ナサニエル達は初めて夜通しの行軍だったせいか、宿屋に着くなりグースカと寝てしまった。オーウェンは小腹が空いていたため、仕方なく1人で露店を周りながら適当に美味しそうな軽食を探す。すると、市場の先に人集りが出来ており見慣れないシルエットの子供達が囲まれていた。近くの鍛冶屋から店主の男が目をキラキラに輝かせて飛び出して、その人集りに混じろうと走り出したが、オーウェンはその襟首を掴んで強引に止める。
「グエッ!?何しやがんだ!!ん…超絶美少年っ!!」
「失礼、あの人集りはなんですか?」
「あぁ、有名なもの作り職人が来ているらしいんだよ!みんなああやって自分の作品を見てもらって評価やアドバイスをもらおうとしてるんだ!あぁもう待ちきれないっ、あっしも行きますよぉ!」
そう言うと男は、自分の作った防具を抱きしめながら人集りに突撃する。
(そんなに凄いヤツらなのか…まぁいい。少し疲れているし、適当に食べて帰ろう)
などと考えながら、オーウェンはその場を去っていった。




