女難
ヴィルヘルムからの連絡を受け、アウグストとエレノアは急いでモンタギュー領を出た。息子のクラスが修練祭で1位を取りルクススへバカンスに出かけた事まで把握していたが、いつのまにかオーウェンの婚約の話まで飛躍していたからである。しかも今回はシャルロッテ王女とイザベル王女との婚約式だが、後々にはブルイン王国のドロシー王女とまで婚約式を挙げる予定と聞き、2人にとっては最早何が何だかわからない状況であった。
「一体どうなっているんだ、オーウェンは…」
「あら、喜ばしいことじゃない?オーウェンはあんなにカッコいいんだもの、皆が好きになってくれるのも当然よ。でも、早いものね。もう婚約なんて…」
「そりゃ、8歳で婚約するとなれば誰でも早く感じるのは当然だ。…ヴィルヘルム様も、もっと体裁を整えてくれると思っていたがな」
「まぁ、いいじゃない。これで少なくとも孫が3人は見られるという事なんだから」
「それは嬉しいんだがな…あの子の事だ。色々と背負いすぎてはいないか心配でな」
「そこは私達が支えてあげればいいわ」
「あぁ…そうだな」
エレノアの天真爛漫さに癒されながらも、どこか不安を感じるアウグストを乗せた馬車は王都を目指して進んでいった。
ーーーーーー
〜〜〜オーウェンは悩んでいた。前世では、妻2人に妾も1人いたが異性として愛情を注いだのはただ正妻のみである。2人目の妻は病弱な身体で貰い手がいないと相談され、せめて形だけでもと思い結婚した。身体が小さかったこともあり、亡くなるまでずっと妹のように可愛がっていた。また、 妾は「閉月美人」と呼ばれ、4大美人として名が上がる貂蝉という女性である。自分を慕って付いて来てくれていたが、文字通り身体を使って乱世を生き延びた彼女にこれ以上負担をかけたくないという思いから抱くことはなかった。正妻との間には娘を1人授かる事が出来たが、不甲斐ないばかりに各地を転々とする日々の中で小言を言われ、時には言い合いをしたこともある。オーウェンはゼウスの下にいる頃、自分が処刑された後に彼女達が僻地へ送られたらしいという文献を見つけて以降、自責の念と罪悪感を感じ続けていた。〜〜〜
(…1人の女性を幸せに出来なかった俺が、3人の女性を…しかも国を背負うという重圧に立ち向かう彼女達を笑顔にする事など…)
後から後から湧き出す不安に頭が回らなくなり、オーウェンが髪をクシャクシャと乱しているとドアを叩く音が聞こえ、父と母の声が聞こえた。
「オーウェン、入るぞ?」
「父上、母上…来てくださったのですか」
「当たり前だ、息子の大事な婚約式だからな。…どうした、浮かない顔をして?」
不安を指摘され、オーウェンは転生前の話は伏せつつ少しずつ自分の気持ちを話す。アウグスト達は当初驚いたような顔をしていたが、徐々に表情を和らげていった。
「なるほどな。誰かを幸せにする自信がないか…。オーウェン、幸せとはなんだ?」
「…不安無く日々を過ごせる事でしょうか?」
「じゃあ聞くが、不安を抱かなかった日々があったか?」
「…いえ」
「そうだろう。不安は常に心にある…何故だかわかるか?」
「…先が分からないからでしょうか」
「そうとも言えるが、少し言い方が違うな」
「言い方…ですか?」
オーウェンの肩をポンと叩いてアウグストが言った。
「不安は幸せへの道標なのさ。乗り越えたその先に、お前が想像もつかない様な幸せがある事を不安は教えてくれているんだ」
「…父上にも、不安があったのですか?」
「勿論だ。騎士隊長を拝命した時も、母さんを迎えた時も、お前が生まれた時も不安を感じていた。…お前が3人のお姫様と婚約すると聞かされた今もな」
アウグストが冗談を交えて、オーウェンの頬を弛ませる。
「だが、その先には必ず幸せが待ってた。だから、お前の不安の先にもきっと幸せが待ってると私は信じている」
「父上…」
すると、エレノアがオーウェンの頭を撫でながら言った。
「オーウェン、お母さんが幸せだなぁって感じられるのはね。愛するお父さんが居て、愛する貴方が居てくれるからよ♪愛するヒトと一緒に居られる、それだけでお母さんは幸せなの♪だから、不安になる事はないのよ。オーウェンが一緒に居てくれるだけで、王女様達も幸せになれるんだから♪」
天真爛漫な母の笑顔で、オーウェンの心がフッと軽くなる。
(…俺は何故、人を愛する事をこんなにも恐れていたのか。幸せに出来るかどうかではない、何がなんでも幸せにして見せるのだ。ゼウス様もめいいっぱい楽しんでこいと言ってくれた…ならば今度こそ、大切なヒト達を幸せにしてみせよう。王女様達も、母も父も、鳳雛隊の仲間達も、皆が笑顔になれる様に!)
オーウェンの顔から迷いが消えた。
「父上、母上、有り難う御座いました。お陰で胸のつかえが取れました。王女様達を迎えて来ます」
「おぅ、漢を見せろよ、オーウェン!」
「頑張ってね♪」
父と母の声援を受けてオーウェンは王女様達の部屋へ向かった。
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シャルロッテとイザベルが控えている部屋に行くと、2人はちょうどドレスに着替え終わったところだった。
「シャル様、ベル様、お迎えに参りました」
「オーウェン様!あの時のプレゼントの意味をわかっていてくれたのですね?」
「あ…えぇ。まぁ…」
「今はまだ婚約の関係ですけどぉ、後4年足らずで夫婦になれるなんて幸せですぅ」
とシャルロッテの満面の笑みを見て、オーウェンはやはり後ろめたさを感じざるを得なかった。
「あ…あの、今から婚約する2人に…どう伝えれば良いのか、悩んだのですが…俺、実は…」
と言いかけたオーウェンの頬に2人がキスをする。
「…へ?」
「知っていますわ、ドロシー様とも婚約をなさったのでしょう?」
「お父様から聞きましたぁ」
2人はニコッと笑ってみせる。
「オーウェン様がとても申し訳なさそうにしていたって、お父様が言っていましたわ。私達を傷つけない様に悩んでるとも…」
「心配いりませんよぉ?私達はぁ、オーウェン様と一緒に居られるだけで幸せなんですからぁ」
2人の笑顔にオーウェンは何かが吹っ切れた気がした。
「必ず…2人の笑顔を、この俺が守り抜いてみせます」
『はい、オーウェン様!』
2人がオーウェンに抱きついて頬擦りをする。その柔らかい感触がオーウェンの決意をさらに固くした。
しばらく抱擁した後、シャルロッテが言った。
「オーウェン様、ドロシー様の所へも行ってあげてくださいな、婚約と言えど不安になっているかもしれませんから。私達は先に式場へ向かっていますわ」
「そうですね、わかりました。行ってまいります」
そういうと、オーウェンはシャルロッテ達の部屋を後にした。
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オーウェンは、ドロシーの泊まっている部屋の前まで来た。一瞬、なんと言葉をかけて良いか迷ったがここまで来て変に取り繕うのも不誠実だと考え、オーウェンはドアをノックする。
「…どなた?」
「ドロシー様、オーウェンです」
「…入って…ください」
「失礼します」
オーウェンが入ると、ドロシーは化粧台の前で少し目を腫らせていた。
「…婚約…おめでとう…ございます」
「有り難う御座います」
「…ワタシ、自分だけって…思い込んでたから…ちょっとビックリしちゃって…。…でも、オーウェンが…私を助けるために…一生懸命頑張ってくれた事を皆から聞いて…ワタシ…やっぱり、オーウェンのこと好きなんだなぁって…。信じていいんですよね…、ワタシへの気持ちも嘘じゃないですよね?」
不安そうなドロシーを見て、オーウェンは手を取りながら言った。
「…陛下からブルート様の話を聞いた時、私は無意識に踊っていた時のドロシー様を思い出していました。あの笑顔が今にも壊されようとしていると思うと、居ても立っても居られなくなりました。…貴女が笑顔になれるようにこの先も守っていきたいという思いに、嘘偽りはありません」
「…オーウェン…様」
ドロシーがオーウェンの事をギュッと抱きしめてくると、オーウェンはその胸の感触に赤面しながら言った。
「か、必ず幸せにしてみせます。不安な時も楽しい時も、貴女の側にいると約束します」
「…嬉しい!約束…ですよ…」
「はい」
ドロシーはしばらく嬉し涙を流していたが、呼吸を整えると言った。
「涙でお化粧が崩れてしまいました…時間も迫っていますし、オーウェンは先に向かってください。私も…後から向かいます。いずれ共にオーウェンの妻になる方達ですもの…しっかりとご挨拶したいから」
「わかりました、また後で」
「えぇ」
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オーウェンが会場へと向かうとシャルロッテとイザベルが手を振ってオーウェンを呼んだ。会場の壇上でしばらく待っていると、ヴィルヘルムとクロエ、アウグストとエレノア、そして少ししてドロシーとブルーノが入ってきた。
(…妙な気品があり、単なるホテルの支配人ではないと思っていたが。やはりブルーノさんはブルイン家の方だったか。目の当たりがブルート様に似ている様な気もしていたのは、そのせいだったのだな)
などと、オーウェンが考えているとヴィルヘルムが話を始めた。
「本日、余の娘、シャルロッテ・アールヴズ・フォン・ヴァルド並びにイザベル・アールヴズ・フォン・ヴァルドの両名がアウグスト・モンタギュー侯爵の嫡男、オーウェン・モンタギューと婚約する。なお、この事はここにいる者のみの知るところであり、12歳の元服の時をもって正式に発表し結婚式まで執り行う事とする。また、後ろに控えているブルイン王国王女ドロシー・ブルイン・フォン・フェルゼンも、オーウェン・モンタギューと婚約する。日取りは後日改めてとなるが、シャルロッテ、イザベルと等しい関係である事をここで言及しておく。この婚約に異議のある者は速やかに名乗り出て欲しい」
ヴィルヘルムはそう言うと、皆が意見するのを少し待った後に続けた。
「異議が無いようだな。これより無粋な言葉を禁じ、祝福の言葉をもってこの者達の婚約を祝う事を命ずる。ここに彼らが婚約した事を宣言する!」
ヴィルヘルムがそういうと、皆がオーウェン達へ惜しみなく拍手を送った。




