誓約の代償
〜〜〜「チョンチョン」とは奇妙な鳴き声を上げながら、二枚の翼のような大きな耳で飛び回り血を吸う魔物である。実は、死に際に身体から切り離された頭部がアンデッド化したものなのだが、切り離された胴体側がアンデッドに変化した「デュラハン」の方が有名なため「チョンチョン」を知る者は少ない。〜〜〜
困惑した顔でブルートが言う。
「チョンチョン…聞いた事が無いぞ?」
「チョンチョンは頭部がアンデッド化した魔物だと書物で読んだ事があります。人族の国で報告例はありますが、私の記憶が確かなら聖アールヴズ連合国ではこれが初めてのはずです」
オーウェンの言葉を聞き、ブルートがその姿を見ようと窓から外を覗き込む。
「頭を出さないでください!ヤツらは自分に合った身体を探すために、頭を取りに来るんです!ヤツらの仲間になるつもりですか!?」
オーウェンがそう言うと同時に1体のチョンチョンが窓へとぶつかってきた…それは、先程まで先導していたはずのヴァルド兵の隊長の頭である。チョンチョンは長い舌を使って窓や戸をこじ開けようとしてくる。
「ヒィッ…!!アイツの顔は!!」
「首を取られて魔物になってしまったようです。無闇に頭を出せば、我々もああなります!」
「クソッ…ヴァルドへの転送門までまだ距離があるぞ!?」
「ブルート様はドゥッセル様の防護魔法を維持してください。チェムノータ、俺と共に来い!」
黒装束の女は少し戸惑いながら、オーウェンと共に御者の席へ移動する。首のない御者を引きずり下ろして女を席へと座らせるとオーウェンは言った。
「ここから先はお前が馬を操れ。出来るだけ速く走らせろ、近寄ってくるヤツらは俺が潰す」
「…こんなに暗いとスピードを出すのは危険だ」
「ドゥッセル様が生き延びられるかどうかは、お前にかかっている。彼を死なせたくなかったら、死ぬ気で馬を走らせるしかない」
「…わかった」
そう言うと、黒装束の女は手綱を力一杯振るった。
御者席に多くのチョンチョンが群がってきたが、オーウェンは拳と剣でそれらを全て叩き落とす。前を走っていた馬に乗る遺体がずれ落ちると、一部のチョンチョン達が自分の首に合うか試そうと群がるのが見えた。
(…やむを得まい、彼らの遺体を囮に使おう)
オーウェンが風魔法で前方の遺体達を振り落とすと、半分程のチョンチョンがそれに釣られて姿を消した。
その後もオーウェンはしつこく追いかけてくるチョンチョンを退治しながら馬車を守り続ける。空が明るみ始め、チョンチョン達も姿を消した頃、オーウェン達はようやくヴァルドへの転送門のある都市に着いた。
係員がオーウェン達の姿に気付き、駆け寄ってくる。
「ブルート様!…ドゥッセル様まで!?どうされたのですか?」
「チョンチョンという魔物に襲われた。詳しく話している時間は無い、今すぐヴァルドへの転送門を使わせてくれ。それとヴィルヘルム陛下にも速達郵便を頼む、解呪師を転送先に今すぐ送るようにと」
「わ、わかりました。今すぐに」
そういうと、係員達は大急ぎで準備を始めた。
ーーーーーー
その頃、政務室で書類に目を通すヴィルヘルムにオーウェンから急報が入った。
(ブルイン王国領で魔物襲撃により…ヴァルド兵壊滅だと!?ドゥッセル・ブルイン・フォン・フェルゼンが呪術にかかり危篤。速やかに解呪師を用意されたし…。一体何が起こっている?何故、ヴァルドの兵がブルイン王国へ入っているのだ?)
ヴィルヘルムは困惑しながらも、速やかにブルイン王国間の転送門がある国境の都市に解呪師を送る手配をし、自身もオーウェン達を出迎えるための準備を始めた。
ーーーーーー
数刻経ち、防護魔法をかけ続けるオーウェン達の下に解呪師が複数到着した。ドゥッセルの容態を見た解呪師達が血相を変えて解呪に使用する魔法陣を描き始めた。
「…一体どんな呪具を使えば、こんな厄介なモンにかかるのだ?」
「これは…解呪しても助からないかもしれませんな…」
「そこら辺の治癒師では回復が追いつかないだろう。ヴィルヘルム陛下に選りすぐりの者を手配してもらわねば…」
などと話しながら作業を進める解呪師達の側で、ブルートが青白い顔で肩を落としていた。
(息子を守り、助けたい一心でここまで来た…だが、それも…もう…)
絶望の表情でポタポタと涙を流すブルートの肩をオーウェンがポンと叩く。
「…オーウェン…」
「落ち込んでる暇はありません、まだ出来る事があります」
「…解呪師は来てくれた。…他に何が出来ると言うのだ」
「ここで助かっても、裁かれて処刑されたのでは意味がありません。ブルート様はヴィルヘルム陛下に申し開きをお願いします。私はもう一度王都へ戻って、ドゥッセル様が話そうとしていた者の証拠を探してきます」
「!!…オーウェン、お前は本気で私達を…。わかった、陛下には包み隠さず話すと誓おう。オーウェン、これを持っていくのだ」
そう言うと、ブルートは胸のポケットから古びた鍵を取り出した。
「これは何ですか?」
「王城の隠し通路の鍵だ、王の寝室の暖炉から私の城へと続いている。有事の際に王が逃げられるようにと造ったものだったが…息子に城へ無断で出入りされる事になってしまった。それ以降、鍵はこのように私が肌身離さず持つようにしていたのだ。兄が倒れた後、城も私の家も隈なく調べたがドゥッセルの言っていた資料は見つからなかった。だが、隠し通路にはいくつか倉庫がある。ドゥッセルはそこを利用していたかもしれない」
「わかりました、確認して参ります」
「頼んだぞ、オーウェン。…本当なら、私がすべき事だった。…わかっていた…だが、息子の犯した罪を直視する事が怖かった…怖くて、確かめる事ができなかったんだ」
「それほど彼を失いたくなかったという事です、親ならば当然のことでしょう。それでは、行ってまいります」
「…あぁ、頼ん…だ」
絞り出すような声でブルートは見送る。すると、それまで固唾を呑んで見守っていた黒装束の女が歩み出てオーウェンに言った。
「…私も共に行く」
「あぁ、着いてこい」
オーウェン達が転移門を通ってブルイン王国へ向かった後、ブルートは床に突っ伏したまま声を殺して泣いていた。
ーーーーーー
オーウェン達は、王都へ“ローラーコースター”を使って一直線に移動する。以前よりも高度をあげたからだろうか、スピードも比べ物にならないほど上がっていた。吹き付ける風のなか、オーウェンの背に乗った女が言った。
「…さっきのは本心?」
「何の話だ?」
「…ブルート様にかけていた言葉」
「そうだと言ったらおかしいか?」
「…不思議なヒト。しっかりしていると思ったら間抜けな所もあるし、獣のような冷徹な目を向けると思ったら敵に優しい言葉をかけたり…捉え所が無い」
「…お前も無口だと思ったら割と良く喋るな」
「…」
「冗談だ、無言で脇腹をつねるんじゃない。バランスを崩すだろ。そうだな…端的に言えば、俺は合理主義なんだ」
オーウェンがそう言うと、女はつねるのをやめて聞き返してきた。
「…どう言う事?」
「ブルート様やドゥッセル様がした事を悪だと断ずるのは容易い。だが本当に必要なのは、そのような誰でも出来る判断じゃない。必要なのは次に何が起こるか、どうすれば切り抜けられるか考える力だ。ブルート様やドゥッセル様が処刑されればブルイン王家の求心力が弱まり、王国の存続そのものが危うくなるだろう。また、それを狙って領土を広げようと画策する者も出てくるだろう。そうなれば民は為政者を信じられなくなる。そうして国というものは潰えていくのだ」
「…つまり、ブルイン王国を守ろうとした?」
「そんな大それたモンじゃない。せいぜい、そうならなければいいなと思ったくらいだ。それに、ブルート様にこんな所で潰れて欲しくないと思ったのも事実だ。王の器では無いが、王佐の才が有るのは誰の目にも明らかだろうからな」
「…やっぱり変わってる」
「あぁ…何処に行ってもそう言われるのは変わらない。…そろそろ高度を上げ直す、しっかり捕まっていろ」
そう言うとオーウェンは風魔法を使いさらに高く空へ跳んだ。




