連行
オーウェン達が王都に着くと、それは既に始まっていた。多数のヴァルド兵が城門前でブルインの衛兵達を取り囲んで大声で言い合っている。
「ヴィルヘルム・アールヴズ・フォン・ヴァルド陛下からの勅命である!ブルート・ブルイン・フォン・フェルゼン副王および、その嫡子ドゥッセル・ブルイン・フォン・フェルゼンの身柄を速やかにこちらへ引き渡せ!」
「待ってくれ!いくらヴィルヘルム陛下からの命令でも、主君を易々と他国の兵に預ける訳にはいかない!こちらからヴァルドへ出向かせてくれ!」
「ならぬ!ブルート副王には嫌疑がかかっている、速やかにこちらへ引き渡せ!」
「何の嫌疑だって言うんだ!?」
「貴様らに知る権利は無いッ!これ以上邪魔すると、容赦せんぞ!」
などと双方の兵が怒鳴り合い、まさに一触即発の状況である。
「…どうしよう。既に兵が取り囲んでいる」
「妙だな。ヴィルヘルム陛下にしては先走りすぎな気がするが」
オーウェンは双方の兵の間に滑り込むようなコースで高度を下げていく。着地点まであと20m程という時、オーウェンが「あ…しまった」と呟く。
「…どうした?」
「止まり方を考えてなかった」
言い終わったと同時にオーウェンが兵達の列にそのまま突っ込む。ぶつかる瞬間に、オーウェンはヒョイと盾から飛び降りたが、スピードの乗った盾に突っ込まれた兵達は「うわぁああ」と叫びながらボーリングのピンのように吹き飛んでいった。
「な…何者だ!?貴様ッ!?」
といち早く立ち直ったヴァルド兵の隊長らしき男が怒鳴る。ヴァルド兵とブルイン兵に囲まれる中、オーウェンは表情ひとつ変えず落ち着き払った声でいった。
「まぁ、落ち着け。無用な衝突を止めにきてやったんだ」
『…ッ、もう少しやり方を考えろ!』
とツッコむ一同の言葉をシカトして、オーウェンは話を続ける。
「それより、お前達は本当にヴィルヘルム陛下の命で来たのか?」
「そうだ!この通り、令状も出ている!」
そう言うとヴァルド兵の隊長は自信満々に手に持った巻物を広げて見せた。
「…ヴィルヘルム陛下のサインがないようだが」
「馬鹿な!ここにしっかりと…あれぇッ?」
きちんと確認したはずの名前欄にヴィルヘルムの名前がない事に気付き、隊長は間抜けな声を出した。
「…おかしいな。確かにヴァルドを出る前に確認した時は陛下の名前が書いてあったのだが。…まぁいい、陛下の御髪が付いているだけでも、陛下の出した令状と見做せるだろう。さぁ、そこを退け」
「それは出来ない」
「お前に止められる筋合いも無いわ!さっさと退かねば、お前も共謀罪で連行するぞ!」
「俺は陛下から直々にブルート様に逢いに行くように命を受けた身だぞ?」
「それを信じるに値する証拠は何処にある?というか、まずフードを外せ!」
そう言われて、オーウェンがフードを外すと双方の兵達はその美貌っぷりに思わずため息を漏らす。
ヴァルド兵の隊長も「…う、美しい…」と思わず呟いてしまったが、その顔に見覚えがある事に気付きハッと我に帰った。
「確か…叙勲式に出ておられませんでしたか?」
「アウグスト・モンタギューの息子、オーウェンだ」
「あ、アウグスト様の!?こ、これは失礼致しました。てっきりブルイン国の者と思っておりまして…」
「構わない。だが、ブルート副王とドゥッセル様の件に関しては俺に任せてもらう」
「…そう言われましても…我々も命令があってここまで来た訳ですし…。手ぶらで帰るとまずいんですが…」
「なら、ブルート副王が乗る馬車の先導をする事は許す。だが、馬車には近づくな。破れば同朋と言えど許すわけにはいかん」
「了解しました。でも…どうしてヤツらにそこまで肩入れするのです?」
「未来の妻の伯父だ。節度を持って接するのが当然だろう」
「…へ?」
ーーーーーー
ブルートとドゥッセルはてっきり鎖に繋がれて牢に入れられたまま連行されるものだと思っていた。しかし城を出るとブルイン王室専用の馬車が用意されており、その傍らにはオーウェンが立っていた。ドロシーにはヴァルドへ緊急の招集が有ったとだけ話をした。ドロシーが見守るなか、ブルートとドゥッセル、オーウェンと間者の女が馬車に乗り込むとヴァルド兵達の先導により一同は王都を出発した。
どのくらい走っただろうか、馬車の窓から射す西日も徐々に消え辺りは暗くなった。揺れる馬車の中、沈黙を保っていたブルートが話し出す。
「…一体これはどう言う事だ、オーウェン?」
「ヴァルドへ連行しているのですよ、ブルート様」
「…手錠や縄をかけないのか?」
「ブルイン王国の兵や民、何よりドロシー様の気持ちを汲んでの事です。お父上が倒れ、頼りにしていた叔父と従兄弟が目の前で捕まり、後にその罪を知ればドロシー様の心に深く傷をつけてしまうでしょうから」
「全部…知っているのか?」
「えぇ、ヴィルヘルム様の暗殺を企てたことも、ブレイブ王を昏睡させたことも」
と、オーウェンが言うと、ドゥッセルが口を開いた。
「父は悪くないんだ!全て私のせいなんだ、信じてくれ!」
「事実がどうであろうと貴方を庇った時点でブルート様も同罪ですよ、ドゥッセル様」
「…私がいけないんだ。あんな物を食べさせなければ…まさか、魔物になるなんて思ってなかった…。ブレイブ様の時だって、あんな風になるとは思わなかった!少し風邪を引く程度と聞かされて…グフッ」
何かを話しかけたドゥッセルが血を吐いてしまう。
「ドゥッセル!?」
驚いてブルートが肩を掴む。ドゥッセル自身も吐き出した血に驚いて混乱していた。
「毒でも飲んだのか!?」
「…毒など…飲んでません!まさかヤツらの話が…オ”ェエ”」
そう言いながら再度ドゥッセルは血を吐いて意識を失ってしまった。ドゥッセルの鼻腔や口腔から血が溢れ、ブクブクと泡を立てて流れ落ちる。間者の女が、ドゥッセルが窒息しないように顔を横に向けながら複数の解毒剤を飲ませようとするが、ドゥッセルの症状は止まらない。そこで、オーウェンが何かに気付いたかのようにドゥッセルの身体に防護魔法をかけると、ドゥッセルはようやく血を吐くのをやめた。防護魔法がギリギリと音を立てて、ドゥッセルが何かから攻撃を受けている事を示す。
「オーウェン、何が起こっているんだ!?」
「わかりませんが、何かしら呪術が発動しているようです。防護魔法が絶えず攻撃を受けています、『血盟の紙』のような呪具の誓約を破ったのかも知れません」
「何を破ったというのだ!?」
「ドゥッセル様は関わっている誰かの存在を話しかけていました。関係をバラす事が発動に繋がったのかも知れません」
「…オーウェン、頼む!ドゥッセルを…息子を助けてくれ!」
「防護魔法を掛け続けますが、先程の攻撃でどこまでダメージを受けているか不明です…保証は出来ません。解呪師を呼ばなければ…」
オーウェンはヴァルド兵達に伝令を出してもらおうと、御者に呼びかけるが反応がない。
(血の匂いがする、まさか…)
馬車から身を乗り出して気が付いた。御者の身体に首は無く、先導して走っている馬上のヴァルド兵達も首をもぎ取られ、身体だけが馬の上で揺られていた。周囲から「チュエ、チュエ」と鳴き声がし、何かが飛び回っている。オーウェンが光魔法を打ち上げると、大きな耳を羽ばたかせる頭部が旋回するようにいくつも飛び回っていた。そのうちの1つがオーウェン目掛けて突っ込んでくる。オーウェンが素手で叩き落とすと、ソレは馬車の車輪に轢かれてベシャっと音を立てて潰れ、その反動で馬車がガタンと揺れる。ブルートが驚き、オーウェンに声をかけた。
「オーウェン、何かあったのか!?」
「奇襲を受けています!!チョンチョンと呼ばれる魔物です!!」




