黒装束
黒装束の女は常人では捉えられないようなスピードでオーウェンへと迫る。オーウェンはギリギリでそれを躱しながら言った。
「スジがいいな」
「…」
「『血盟の紙』で強化されているとしても、ここまでの動きが出来る者はなかなかいないぞ」
「…」
「余程研鑽したんだろう」
「チッ…よく喋る男」
「あぁ、やっと返事をしてくれたな」
そう言うと、オーウェンは方天画戟の柄を素早く女に向かって叩きつけた。女は持っていたナイフをクロスさせて受け止めようとしたが、ナイフがひしゃげた瞬間に素早く後ろへと跳躍し辛うじてこの一撃を凌いだ。ひしゃげたナイフをしばらく見つめた後、女は新しいナイフを取り出して言った。
「…なんだ、その力は。…化け物か」
「失礼なヤツだ、俺は努力家なだけだ」
「…努力でそんな一撃が出せるわけない」
「出せたんだから仕方ない。ついでにこんな事も出来るようになった…死にたく無ければ構えておけ」
そう言うと、オーウェンは方天画戟を見えないほどのスピードで女に向かって振り下ろす。女がとっさにナイフと小手で身を守る体勢を取ったが、斬撃がそれらを破壊し身体ごと吹き飛ばした。
「…クッ!?」
はるか後方にあった木に思いきり身体をぶつけて、女の意識が混濁していく。消えかけていく意識の中、近づいてきたオーウェンの言葉が聞こえた。
「…これでも、かなり手加減したんだがな」
ーーーーーー
女が目を覚ましたのは数時間後の事である。手足を縛られた状態で辺りを見渡すと、すっかり暗くなった中でオーウェンが焚き火に枝をくべていた。
「気がついたか」
「…」
「色々武器を仕込むのは良いが、口の中に自害用の毒薬と刃物を仕込むのはどうかと思うぞ」
そう言ってオーウェンは女の身体から取り上げた武器の山の中から、小さな丸薬とナイフを取り出してみせた。
「…なぜ」
「何故って…武器は“生きる為に振るうもの”だからだ」
「…違う。…なぜ、私を生かした?」
「殺す理由がない」
「…私は、お前の生命を狙った」
「自惚れるな、あの程度の攻撃で死ぬような俺ではない」
そう言うと、オーウェンは短刀を持って女に近づいた。
「暴れない、逃げない、話をする。守れるのなら縄を解くが、破れば次は必ず殺す。どうするかは、お前が決めろ」
オーウェンの女を見つめる目が決して脅しなどではない事を語っていた。女は震えながら「…約束を守る。縄を解いてくれ」と言った。
オーウェンが縄を解き、温めたお茶を勧める。
「寒いだろう、もっと焚き火の近くに寄るといい」
「…あぁ」
「いくつか質問がしたい。答えたく無ければ素直にそう言っていい」
「…あぁ」
「名前は?」
「…名は無い。私達はチェムノータと呼ばれる」
「いくつだ?」
「…わからない」
「ブルート様に関してお前が知っている事を可能な限り教えてくれ」
「…言えない」
「それは『血盟の紙』の契約に関わる事なのか?」
「…言えない」
「なるほどな。…お前から見たブルート様の印象を教えてくれ」
「…優秀で豪快で…優しい」
「その優しいブルート様がどうしてドロシー様を息子の盾にしようとしてるんだ?」
「…何も知らないくせに…」
女は恨めしそうな表情でオーウェンを睨む。
「あぁ、知らない。知っているのは、お前達がドロシー様をくだらない事に利用しようとしていることだけだ」
「…それは、事情があって…」
そう言って女は黙り込んだ。オーウェンはしばらくの沈黙の後、話し始めた。
「俺は他人の事情を汲む事に意味を感じない。知人の我儘でさえ、煩わしく感じることもあるくらいだ。まして、知らないヤツなら尚更な。それでも、時に首を突っ込む事がある。…何故かわかるか?」
「…正義があるから?」
「たわけ、そんなものは何処にも無い」
「…利益?」
「多少はある、だが違う」
「…わからない」
女がそう言うと、オーウェンは一息ついて言った。
「俺自身が“俺の生き様”に納得するためだ。俺にとっての最善を尽くし、俺にとって最良の結果を得る。だから俺は反省はしても、後悔はしない。…まぁ、知人には『反省すらしていない』と言われた事は何度もあるがな」
そう話しながらオーウェンは陳宮達とケンカしていた日々を思い返していた。
(陳宮や高順もそういうヤツだった。言いたいことを言い合ってた日々が懐かしいな…)
女はしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。
「…お前が事情を知れば、何かが変わる?」
「それが最良の結果に繋がるのであればな」
「…わかった。話す」
そう言うと、女は事のあらましを話し始めた。
ーーーーーー
女が全てを話し終える。
「…と言うわけだ」
「それで全てか?」
「…あぁ」
女がそう言うと、オーウェンはため息を吐いて言った。
「全部聞いといてなんだが、普通、事情を敵に漏らすヤツがあるか?お前、間者に向いてないぞ」
「お…お前が話せって言ったんだろ!」
「言っていない。俺が事情を知れば何かが変わるかも…くらいの事を匂わせただけだ」
「…くっ、卑怯な」
「まったく…さすがは“お優しいブルート様”の間者だな。お前達は揃いも揃って変なトコで間が抜けている。…だが、俺はそう言うヤツらも嫌いじゃない」
「…」
「さて、そろそろ行くか」
「何処に?」
「ブルート様の所だ。間者の話を聞いたヴィルヘルム様が何かしらのアクションを起こしているかも知れない」
「…私は行けない…。…間者として、失格だから」
「自害でもするつもりか?」
「…」
「揃いも揃って馬鹿ばかりだ。死ぬ事など誰にでも出来る、誰にでも選べる選択肢に価値はない」
「…じゃあ、どうすれば?」
「この困難を乗り切ってみせろ。その先に待つ困難も乗り切ってみせろ。そして、お前の人生を生き抜いてみせればいい」
「…」
「それに、お前をここで自害させるつもりは毛頭ない」
そう言うと、オーウェンは女の身体に素早く縄をかけてひょいと肩に担いだ。
「…な、何を!?」
「お前は俺の命を狙った“証拠”だからな。最後まで色々と役に立ってもらうぞ」
「…ま、待て、自分で走れる」
「手負いで自殺願望のある馬鹿を1人で行かせるほど、俺は間抜けじゃない。それに…道を行くよりも速い方法がある」
そう言うと、オーウェンは地面を蹴って跳躍した。オーウェン達の身体が15m程の高さまで浮く。
「キャッ…」と女が声をあげると、オーウェンはふふんと得意気に笑って言った。
「さぁ、行くぞ」
オーウェンが風魔法を発動させるとオーウェンの足元に素早い2本の気流が出来る。サーフィンボードの要領で盾の上に立ち気流に乗ると、オーウェン達の身体は加速し王都に向かって一直線に移動し始めた。
「…と、飛んでる?」
「正確に言えば、風のレールの上を滑っている。ヴァルドの王都にある訓練施設にある『ローラーコースター』という機械にヒントを得たんだが…スピードはまだまだだな」
「…よくわからない」
「まぁ、お前も乗ってみればわかるさ」
などと会話しながらオーウェン達は、空が徐々に明るんでくるなか王都へと最短距離で向かった。




