仮初の求婚
オーウェンは迎賓室に通されると、その宝飾品の数に驚いた。金や銀、豪華なシャンデリア、椅子の肘掛けにまでエメラルドやサファイアが埋め込まれており、部屋全体が贅を尽くされていた。
(驚いたな…。鉱石や希少な金属の産出も多く貿易で高い利益をあげているとは聞いていたが、よもやこれほどとは…。灯りが鉱石に反射して、まるで部屋全体が光り輝いているようだ)
オーウェンが豪華な部屋に圧倒され立ち尽くしていると、部屋の奥側のドアが開きブルートが入ってくる。
「叙勲式以来だな、オーウェン。相変わらず魔物と戯れているのか、ハハハ」
「お久しぶりです、ブルート様。ええ、先日もセイレーンを数百匹ほど退治したのですよ」
「…そうか…冗談のつもりだったんだが。…それで、今回はどう言った理由で訪問した?今は何かと忙しくてな、我もドロシー王女も客人に構ってられる余裕が無い」
「そうでしたか…そういえば港でも兵士が多かったですし、商人も出入国が制限されていると騒いでいましたね。…賊でも紛れ込みましたか?」
そう言うとオーウェンは鋭い視線をブルートへと向けた。
(コイツ、何か勘づいているのか?…手駒に出来るかと思ったが、色々と嗅ぎ回られては困る…ここは追い返した方が良さそうだ)
ブルートは胸の内をオーウェンに気づかれまいと平静を保ちながら返事をする。
「まぁ、そんな所だ。…そういうわけで用が無いなら失礼するぞ」
「待ってください…これを見て頂けませんか?」
「…なんだ?」
そう言うと、オーウェンは一つの石を取り出した。
「…なんだ、それは?」
「私が攻略した迷宮の魔物から取り出したものです。普通の魔石や魔血石とは異なるようで、魔石に詳しい冒険者からは値が付けられない程価値があると言われました」
ブルートがルーペを取り出し、オーウェンの手の上から石を拾い上げる。覗き込むと、その石はまるで生きているように動かしてもいないのにキラキラと内側から青く光り続けている。
「…初めてみるぞ…」
「冒険者もそう言っていました。オノド殿も知らないと…」
オーウェンはそう言うと、ブルートの手から石を摘み上げた。ブルートは「あ…」と言いながらルーペを握りしめたまま、その石をジッと見つめている。
「オノド殿が知らなかったのも当然かも知れません。何せ彼を閉じ込めていたキマイラから取り出したものですから」
「!!…これがっ、キマイラの…!!」
「はい、これをドロシー様に贈りたいのです」
ブルートは額にじわりと汗をかきながら言った。
「…それを送る意味をわかっているのか、オーウェン?」
「えぇ、私はドロシー様に求婚します。王女殿下を他の誰にも渡すつもりはありません」
「やはり…貴様!…何処まで知って…」
とブルートが言い掛けた所で、部屋の奥の扉がバンッと開いてドロシーが駆け寄ってきた。
「ドロシー王女!?何故ここに?」と驚くブルートを、ドロシーが肩で息をしながら恨めしそうに見つめる。
「オーウェンが来ていると…聞いて…。伯父上様もお人が悪いです…」
「い、いや。色々取り込んでいたからな、王女の手を煩わせないようにと…」
と、言い掛けたブルートの言葉を遮ってオーウェンがドロシーに話しかけた。
「ドロシー様、お久しぶりでございます」
「オーウェン…久しぶり…ね」
「ドロシー様にお渡ししたい物があります」
そう言うと、オーウェンはドロシーの手を取り、キラキラと光る青い石を手のひらに乗せた。
「キレイ…これは?」
「非常に貴重な魔石です、値が付けられない程に」
「え…」
「私はこの度、ドロシー様に求婚するためここまで来たのです。それを受け取って頂けますか?」
「オーウェン、…本気…なの?」
「はい」
オーウェンが頷くと、ドロシーは石を握りしめた手を胸に押し当てたまま顔を真っ赤にして言葉を詰まらせていた。オーウェンはその愛らしさに一瞬頬が緩むも、瞬時に鋭い視線をブルートへと向けて言った。
「次にヴァルドでお会いする時まで、その石はドロシー様にお渡ししておきます。良い返事を期待しております、それでは」
そう言うとオーウェンは席を立ち、部屋を出ていった。
ーーーーーー
ブルートは自身の部屋に戻ると、机をバンッと叩いて叫んだ。
「クソッ!どうしてこうなるッ!?」
〜〜〜ブルートは兄ブレイブが病に倒れて以来、兄の代わりにこの国を支えようと必死になって働いた。働いて働いてある時、気が付いた。国政に関して自身の方が兄よりはるかに優れているという事を…。兄が王であった頃よりももっと豊かにしようと経済政策を推し進め、外交問題にも口を出し、自分がこの国を豊かにしているという実感と自信を持ち始めた、そんな矢先の事である。ブルートはふとした事から聞いてしまった。我が子がブレイブの暗殺を謀り、そのせいでブレイブが昏睡状態になってしまった事…さらにヴァルド王国のヴィルヘルムを暗殺する計画にまで関わっていた事を。ブルートは当然のように息子を責めたが、息子から返ってきたのは言い訳の言葉ではなかった。
「父上の方が政治も外交も優れているのです。ただ先に生まれただけの王や、秩序と規律を守ることにしか興味のない王にエルフの未来を託す事はできません。いけないやり方だったかも知れませんが、それでも私は父の輝かしい姿を見られた事を誇りに思っているのです」
その時、ブルートは悟った。
(…如何に政治に秀でていようと、外交力があろうと、我は王に向かない)
父を信じ、父のために動いた愚かな息子のためなら、血を被り暗君になることも厭わないと一瞬でも思ってしまった事が何よりもそれを証明していた。ブルートが強く諌めた後、息子は猛省しそれ以上の勝手をする事は無かったが、2週間ほど前に息子が尋ねて来てこう言った。「屋敷に何者かが侵入した形跡があり、暗殺計画で集めていた資料に挟んでいた髪の毛も床に落ちていた」…と。己の行いを悔やみ、父に迷惑をかけまいと自害を決意する息子を抱きしめながらブルートは必死になって止めた。
「我が…父が必ずお前を守って見せる…何があっても父はお前を絶対に見捨てはしない…ッ!」
それから、ブルートは必死になって策略を練った。息子の妻を側室にし、兄の一人娘をも利用し、軍も私的に利用して間者の後を追ったのだ。〜〜〜
(引けない…今更引くわけにはいかんのだ!)
ブルートが机の上にある呼鈴をチリリンと鳴らすと、部屋の隅にいつの間にか黒装束の女が立っていた。
「…お呼びでしょうか」
「先程城を出たオーウェンという男を監視しろ…間者共々、生かしてこの国を出すな」
「…承知しました」
女はそう言うと、煙のように消えていった。
ーーーーーー
オーウェンはその後ブルイン王国の各地を転々と移動しながら、あたかも間者と接触する機会をうかがっているように行動し続けた。王都を出た直後から何者かに付けられている気はするが、余程優秀なのか、なかなか尻尾を掴ませてくれない。ブルイン王国に入って既に5日は経過しており、間者も今頃はルクススでバカンスを過ごしている頃だろう。
(囮役も、このくらいで十分だろう…)
そう考えたオーウェンは馬車を降り、御者に別れを告げるとスタスタと歩き出した。向かっているのは「ミニアトゥア」〜国土の6割が石切場や鉱山で覆われるブルイン王国で唯一、自然の花が生い茂る場所〜である。と言っても、花が咲くのは春から夏にかけてであり現在はただの草原である。つまり、今の季節は誰もここを訪れない。オーウェンはミニアトゥアの真ん中へと進み、大きく息を吸い込むと言った。
「見ての通り、ここには俺達しかいない。出てきてくれ。いい加減、一人旅は飽きた所でな」
しばらくすると、木陰から黒装束に身を包んだ女がスッと現れた。
「女だったのか、いい腕前だな」
「…いつから気付いていた?」
「王都を出て直ぐだ…と言っても姿を捉える事は出来なかったが」
「…間者は?」
「別ルートで既にヴァルドへ帰した。俺はただの囮だ」
「…そうか」
「ブルート様はなんと?」
「…生かして帰すなと」
「あからさまに殺せとは言わないんだな」
「…死ね」
女はそう言うと両手にナイフを握りしめて飛びかかって来た。オーウェンは方天画戟の柄で攻撃を止めながら言った。
「すまんが、生憎死ぬわけにはいかない。…求婚の返事をまだ貰ってないからな」




