合流
ブルイン王国の港に着くと、そこには切り出した大量の石とそれを船に積む労働者がまばらに見えた。
「…閑散としてるな」とオーウェンが呟くと、船長が苦笑いしながら言った。
「この港は、輸出用の石を積むために専用で作られた所ですからね。ほとんどの商人達は別の港でやり取りしてますし、そもそもここを知らないヤツも多いですよ」
「そうか」
(たまたまとは言え、この船を選んで正解だったな)
船が岸壁に接舷し、オーウェンが降りると港の管理者らしき人族の女が駆け寄ってくる。
「オヤジ、どうしたの?予定より2日も早い到着じゃないか…ん?アンタ、誰?」
すると船長が大量の魔石を指さしながら、これまでの経緯を説明する。話を聴き終わるやいなや、途端にその女がオーウェンにすり寄ってきた。
「オヤジから聞いたよ、あんなに沢山の魔石をウチだけに卸してくれるなんて…本当にありがとう!」
「船長は優れた商人と聞いたものでな」
「まぁ、商人として優秀かどうかはともかく…オヤジは信頼出来る人間だよ!義理堅いしさ!」
「そうか」
「…あ、挨拶がまだだったね。アタシはマーブルだよ。あの船で船長やってるグラニットの娘で、ここの港の管理者さ!」
そう言うと、マーブルは手を差し出して握手を求めた。「人族流の挨拶か…」などと呟きながら、オーウェンも見様見真似で手を差し出す。
「オーウェンだ」
「オーウェンね!よろしく!」
「よろしく頼む。早速だが、入国証をくれないか?人と会う約束をしていてな」
「あぁ、いいよ!何日くらいの滞在になる?」
「10日程度だ」
「そっか、これからもウチを贔屓にしてね!オーウェン!」
「考えておこう」
〜〜〜マーブルから入国証を貰うとオーウェンが真っ先に向かったのは、ドロシーのいる王都シュピール…ではなく、ベリーブトと呼ばれる港町であった。ベリーブトはブルイン王国最大の港町であり、商船が多く停泊している。ヴィルヘルムが放った間者は今も国外に出る機会を狙っているだろうとオーウェンは考えていた。陸路が既に警備が強くなっているとすれば、残されるのは海路である。木を隠すなら森の中、すなわち間者は人や船の移動が多い港で出国の機会を狙うだろうと、オーウェンは考えたのである。〜〜〜
(恐らく、ブルート達も間者が船で出国する可能性を考えて既に対策しているかもしれない。だからこそ、俺はセイレーン達の夜襲が想定できた上でグラニットの船に乗ったのだ。いくらブルート達がキレ者であろうと本来の予定よりも早く着く船に、手引きする者が乗ってくるとは考えないはずだからな。それにベリーブトと違って、あの港が商人にもあまり知られていなかったことも幸いだ。手薄だった事も直接確認出来ている、早目に見つけられればグラニット達が間者をルクススへ逃がしてくれるだろう)
オーウェンはベリーブトに着くと、商品を物色する素振りを見せながら警備の様子を確認する。既に船への乗り場には検問所のようなものが建てられており、複数の兵士が巡回している姿が見えた。
(…思っていたよりも手を打つのが早い。間者が兵士に捕まる前になんとしてでも確保しなければ…)
オーウェンは見つからないように路地裏に入ると、ヴィルヘルムから渡された笛を取り出して吹いてみた。モスキート音に近いだろうか、耳鳴りに近い高音がキーンとなるが…誰も現れない。オーウェンはもう一度吹いてみる…しかし、誰も現れない。
(厳重な警備が敷かれていることから間者が捕まった可能性は低いだろうが…、あまりに厳重のためベリーブトを離れたか…)
などと考えながら、オーウェンが再度笛を吹こうとしたその時である。「…聞こえてるよ」という言葉で後ろを振り向くと、1人の男が立っていた。
「その笛…何処で手に入れた?」
「ヴィルヘルム様からの借りものだ」
「まさか、陛下の助け舟か?」
「そうだ、出国を手伝うよう命を受けている。…この笛の音が聞こえたのか?吹いた俺でさえ、わずかに小さな音しか聞こえなかったが…」
「とある魔物の素材を元に作られた笛は、同じ個体から作られた他の笛の音に共鳴する特徴があるのさ。こうやって吹くと…」
そう言って男が持っていた笛を吹くと、男の吹いた笛からは音が聞こえないがオーウェンが持つ笛からポーとわずかに音が鳴った。
「こうやって仲間の存在を確認するのさ。それで、どうやってこの国を出る?」
「この港から25km程西に行くと、石を積むためだけに作られた小さな港がある。そこの船長にこの割符を見せればいい。ルクススまで届けてくれるはずだ」
「…それだけか?…流石に怪しまれるんじゃないのか?」
「ギャンブル狂いの友人で色んなヤツに追われていると伝えてある。不要な詮索はしないだろう」
「なるほどな、じゃあ行くか」
「いや、俺にはまだ密命がある。先にこの国を出ておけ」
「そうか。じゃあ、ここでお別れだ…ご武運を」
「あぁ」
男はその後、足早に人混みの中に消えていく。背中が見えなくなったのを確認して、オーウェンも人混みの中へと戻っていった。翌日の王都行きの馬車を予約したオーウェンは、市場で適当にブラつく。商人達と会話しながら、「〜〜まではどのくらいの時間がかかるのか?」や「〜日後に出る船はどの船だ?」などと多くのブラフを残していく。というのも、オーウェンが王都を訪ねれば、ブルート達がブルイン王国に入ってからのオーウェンの行動を把握するために大規模な聴き込みをする事は容易に想像できた。それ故オーウェンは、間者にはあたかもこれから会うかのように複数の合流地点を匂わせる偽の会話をばら撒いておいたのだった。
ーーーーーー
翌日、馬車で半日ほどかけてオーウェンは王都へ到着した。城門前の衛兵にヴァルド王国から来たことを告げると衛兵は少し驚いた顔をして言った。
「どうやってこの国に入れたんですか?」
「ヴァルドとブルインは連合国の間柄だろう。入れぬ道理はないと思うが?」
「あぁ…そうですよね。少しお待ちください。今、確認してきます」
そう言うと衛兵は駆け足で部屋を出て行った。
ブルートが城内の執務室で書類に目を通していると、戸をノックし衛兵長が入ってくる。
「…どうした?」
「ブルート様、ヴァルド王国よりドロシー王女殿下のご友人と名乗る者が来て面会を求めております」
「なんだと?国境も港も既に出入国を制限しているはずだぞ、どうやって入った?」
「昨日ベリーブトに入ったと。港の制限は昨日の昼からでしたので、制限前に入国したという事かもしれません」
「…ドロシーの婚約を他国へ知らせたのが2日前だ。昨日入国したというなら、こちらの情報を掴んで動いたようでは無さそうだが…。何という名だ、その者は?」
「オーウェン・モンタギューと申しておりました」
「…急いでベリーブトにいる兵士に昨日までのヤツの行動を探らせろ。商人や泊まった宿屋の人間、御者(馬車の操縦者)達の会話も全て聞き出せ」
「はっ!」
衛兵長が出て行くとブルートは執事達を呼びつけ、迎賓室へオーウェンを通すように指示し公務用の服装へと着替える。
(オーウェン…アウグストの息子。父親同様に武勇には秀でているようだが…上手く懐柔すればこちらの手駒に出来るかもしれん…)
ブルートは窓から城下を見下ろしながら、物思いに耽り無言で佇んでいた。




