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密航

部屋に着くなり、オーウェンは身支度を始める。

「何かあったのですか?オーウェン様」とシャルが聞くと、オーウェンは先程までの会話を(おくび)にも出さず笑顔で答えた。


「こちらのホテルで使われている御影石が、今なら格安で手に入るという情報を仕入れたのです。こう見えても私は建築材マニアでしてね」

「そ…そうなんですかぁ?で、でも、何もそんなに焦って向かわなくてもぉ…」

「それが既に多くの商人達が買い付けに向かったそうで遅れるわけにはいかないのです」


あれこれと流暢(りゅうちょう)に語りながらテキパキと支度を始めるオーウェンを尻目に、グレンがナサニエルにヒソヒソ声で話しかける。

「聞いたか?なんだ、建築材マニアって?そもそものジャンルがマニアック過ぎるだろ」

オーウェンの不自然なまでの「自然な笑顔」を見てナサニエルは何か勘付いたのか、「さぁな、アイツは色んなモンに興味持つから」と言ったまま部屋を出ていった。


シャルロッテ達の追求が深まる前にオーウェンが部屋を出る。ホテルのエントランスを通り過ぎると外の柱に寄り掛かるナサニエルを見つけた。


「また何か厄介ごと背負(しょ)いこんだみたいだな。…気をつけて行ってこいよ、オーウェン」

「…あぁ」

「皆の事は任せてくれ」

「助かる」

それだけ言葉を交わすとオーウェンは港へと急いだ。


ーーーーーー

水平線に夕日が沈みゆくなか、オーウェンが港へ着くと船には既に船員達が乗り込んでオーウェンの到着を待っていた。


「坊っちゃん!よく来てくれた!早く乗ってくれ、まだ遠いがセイレーンの声がきこえるんだ!」

「待たせてしまったか?」

「いや、坊っちゃんが居なけりゃ、そもそもこんな夕刻にはブルインに帰れないんだ。商売人にとっちゃ時間も商売道具だからな、助かるよ。それにあれだけの魔石をウチらに格安で(おろ)してくれるっつーんだ。こんな儲け話断ったら商売人の名折れってモンよ」


そう言って、船員が指差す先の甲板にはオーウェンがセイレーン達から取り出した大量の魔石がまとめられていた。

「でも、本当に1つ2万コルナでいいのかい?売る所によっては、1つ当たり5万は確実にするだろうに。用心棒代だって要らねぇっていうし」

「俺には商売の経験は無いが、貴方達の目利きは確かなようだ。どうせ任せるのなら優れた商売人に任せたい」


優れた商売人と褒められた船員達は「へへ」などとまんざらでもない顔で笑った。

「坊っちゃんにそう言われると、俺達も全力で応えるしかないな!野郎ども、こうなったら無事に帰ってもっともっと稼ぐぞぉ!」

『うぉおおーーーー!』

「出港ーーっ!」

そう言うと、オーウェンを乗せた大型の商船がゆっくりと水平線に向けて動き出した。


ーーーーーー

港を出てルクススが見えなくなるほど離れた頃、暗闇の波間を縫うようにセイレーン達が船と並走し始めた。「キャヤアアアア」とセイレーンの鳴く声を聞いて船長が震え上がる。


「坊っちゃん!聞こえたか!?船のすぐ側からヤツらの鳴き声が聞こえるッ!」

「案ずるな!奴らは俺が片付ける!」

そう言うと、オーウェンは光魔法をマストのてっぺんに向かって放った。船の周囲が灯りで照らされると、海面には数百の人魚の屍人(セイレーン)が見える。幸いな事にハルピュイアの屍人は見られない。


(…ハルピュイア自体、警戒心が強いとローラが言っていた。昨晩の戦いで相当数を減らされたことで(おく)したのかもしれないな)

などと、オーウェンが考えていると、船長の男が悲鳴をあげた。

「坊っちゃん!大変だ!海がヤツらで埋め尽くされている!」

「舵取りに専念しろ。指示さえくれれば帆の調整は俺がやる」


船員達が戸の隙間から小声でオーウェンに聞く。

「坊っちゃん!オレ達ゃどうすりゃいいんで?」

「甲板には絶対に出るな。戸にも鍵をかけておけ。オールも最小限の動きでいい、間違っても応戦しようとするな」

「…ほ、本当に大丈夫ですかいッ?」

「安心しろ、向こうに着くまでに魔石を幾つか増やしてやる」

「へ…へいッ!」

船員達が船室の鍵を閉めたことを確認すると、オーウェンはセイレーン達に向かって叫んだ。


「あれほど仲間が殺されても、まだ力の差がわからんようだな。馬鹿は死んでも治らないと言うのは、どうやら本当のようだ」

『キ…キャヤアアアア』


セイレーン達は恨めしそうに鳴くものの、いまだ飛びかかってくる者は現れない。オーウェンはふんッと鼻で笑い飛ばすと魔石を1つ拾い上げ、今度は船全体に響き渡るほどの大声で言った。


「船に沿って泳ぐことしか出来ないのか…この魔石の主にも劣る腰抜け共がッ!!」


するとセイレーン達はこれまでにないほど怒りの表情を見せ『ギャヤァア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!』と叫びながら一斉に飛びかかってきた。オーウェンは「やっとノって来たか」と言うと、目で捉えられないほどのスピードで方天画戟を振り回す。セイレーン達が絶え間なく甲板へと飛び乗って来るが、そのほとんどがオーウェンに近づく前に放たれる斬撃で肉塊へと化した。オーウェンが方天画戟を振るう(たび)、甲板にはおびただしい数のセイレーンの遺骸が所狭しと積み上げられていく。セイレーン達の鳴き声もいつの間にか消え失せた頃、朝日に気付いた船員達が鍵を開けて出てくるとちょうどオーウェンがセイレーンの心臓から魔石を取り出している最中だった。


「お、おはようございます…ぼ、坊っちゃん、大丈夫でしたか?」

「あぁ、問題ない。それより、こっちに来て解体を手伝ってくれ。さっさと退()かさないと、床に血が染み込んで落ちなくなるぞ」

オーウェンに呼ばれて船員達がぞろぞろと甲板へと出てくる。


「す…すげぇ。足の踏み場もねぇ」

「一体何匹居るんだ?(へり)の方まで埋まってるじゃねぇか」

「クセェ…吐きそう」

などと話す中、1人の船員がボーッと(たたず)む船長に声をかけた。


「大丈夫ですか、船長?」

「お前…信じられるか?」

「…何をです?」

「ヤツら…この倍の数はいたんだ。…それを、あのお方は夜明け前に片付けちまった。そのあと1人で黙々と解体してようやく半分になったんだ」

「…冗談でしょ?」

「後で魔石を数えてみりゃわかるさ…」


その後、船員達の手伝いもあって、やっと甲板が片付いた。船員達は船長に言われた通り、増えた魔石を数え始める。

「…325…326…327、全部で327個だ」

「…俺らが解体したのって150くらいだろ」

「マジかよ…昨日買い取った分はいくつだ」

「確か…874個だから…!!1201個…約6000万コルナだぞ!ありえねぇだろ!?」


船長と船員達が騒いでいると、オーウェンが身体を洗って甲板に戻ってきた。

「どうだ?多少増えただろう」

「多少なんてもんじゃねぇですよ、坊っちゃん…いや、()()()()()()!流石に、こっちが儲けさせて貰うだけじゃ忍びねぇです。何か、代わりにオレ達に出来ることはありませんか?」


船長がそう言うと、オーウェンは少し考えた後に一枚の板状の木を取り出した。

「なら、1つ頼まれてくれ。この割符の半分を船長殿に預ける。もう半分は、ブルイン王国にいる俺の友人に渡しておくので確認できたら船でルクススまで送り届けて欲しい。昔からの仲だがギャンブル癖があって色んな所から借金をして追われている身でな、しっかり(かくま)ってやってくれないか?」

「承知ですぜ、オーウェン様!必ずやルクススに無事に帰してみせますぁ!」

「頼んだぞ」

そう言うと、オーウェンは船室へと降りて行った。


ちなみに、その後はブルイン王国に着くまでセイレーン達が現れる事は無かった。周辺海域に居た多くの個体が駆除されたという事もあるが、なによりオーウェンの乗る船から香るセイレーンの強烈な血の臭いでそもそも船に近づこうとする魔物(バリアント)がいなかったのである。

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