人魚達の国
『ダメですぅッ!』
シャルロッテ達が机に身を乗り出して反対すると、ローラは慌てて続けた。
「ちょっと待って、シャルちゃん!ベルちゃん!最後まで話を聞いて欲しいの!これは2人にも関係していることだから」
「オーウェン様へのプロポーズが私たちに関係があるって…どういうことです?」
とシャルロッテが言うと、ローラは話し始めた。
「私の先祖は、元々ここから離れた人族が住む大陸の近くで海洋国家を築いていたらしいの。でも800年ほど前に人族に迫害されて、この海域に移り住んできたらしいわ。私の祖父も父もこの海しか知らないし、立場上安易に外に出られなかったから他の国と外交関係を築いた事が無かったわ。これまではそれで特に大きな問題も無かったんだけれど、最近はこの辺にも屍人還りが増えてきていてね。魚達が大量に居なくなって私達の国は食料の危機に瀕しつつあったの。そこで父は国民の不満を抑えるべく、王女である私に直接周辺海域の視察をしてくるよう命じたのね」
すると、オーウェンが口を開く。
「襲われていた時は視察の途中だったのか?」
「そうよ。父は海の事ばかり気にしていたけど、私は陸のヒト達とも協力関係を取れないかずっと考えてたわ。そこで護衛を外して港を視察に来た時に屍人還りに襲われて、オーウェンに助けられたってワケよ♡」
「事情はわかった。だが、それが何故結婚に繋がるんだ?」
「さっきも言ったけどあたし達の国はこの800年間、何処の国とも外交関係を築いた事が無いわ。父は基本陸のヒトを信用していなかったから、あたしの考えを話せる機会はこれまでなかったんだけど今回オーウェンに助けてもらったことを伝えたら、少しだけ陸のヒトに興味を持ってくれたみたいで話を聞いてくれたの。そして王族と婚姻関係を結ぶ事が出来るならと言う条件付きで、私を外交特使に任命してくれたのよ」
「俺は王族じゃないが」
「知ってるわ。でも、いずれはシャルちゃん達と結婚するんでしょ?」
と言うと、側で水を飲んでいたブルーノが咽せて咳き込んだ。
「それは本当ですか?オーウェン様!?」
「事実無根です。そういう話はこれまで一度も出た事はありません」
とオーウェンが言うと、ローラはキョトンとした顔でシャルロッテ達に「え?違うの?」と聞いた。
シャルロッテ達はオーウェンの物言いに不満気な表情をしながらも答える。
「えぇ。確かに、これまで具体的な話をした事はありませんが…オーウェン様も、そんなにはっきり仰らなくても」
「曖昧にすれば、後々齟齬が生じます。国家間の外交に関わるようなので、このような誤解はすぐに正しておいた方が良いかと思っただけですよ」
「それは、そうですけどぉ…」
とイザベルが言って黙り込む。
ローラは暫く黙っていたが、口を開いた。
「シャルちゃん、ベルちゃん!あたしを貴方達のお父様に合わせてもらえないかしら?」
「確認してみますけど…でも、急にどうしてですか?」
「オーウェンとあたしが結婚してもいいか聞いてみるわ」
「なッ…なんで、お父様にそんな事聞くんですか?」
「あたしはオーウェンに会ってまだ数日しか経ってないけど…わかるのよ。国を背負って立てる器がオーウェンにはある。だから例えオーウェンが王族になれなくても、あたしはオーウェンと結婚したいって思っているわ。ただし、それは貴方達のお父様も同じように考えているかもしれない事よ。もし娘達の婚約者候補として考えているなら、きっとアクションを起こすわ」
「ちょっと待て、俺の気持ちはどうなる?」とオーウェンがツッコむと、ローラは魅力的に笑ってみせながら言った。
「そこはこれから変えていくつもりだから、楽しみにしててね!ダーリン♡」
ーーーーーー
シャルロッテ達が王族専用の転送機を使って王都へ手紙を送ると、1時間もしないうちにヴィルヘルムとクロエから返事がきた。シャルロッテが王都から届いた手紙を確認すると言った。
「お父様がローラさんと直接会って話がしたいそうよ。ブルーノさん、場を整えてもらえるかしら?会議が終わり次第、専用の転送門を使って来ると書いてあったのですわ」
「かしこまりました、今すぐに用意させて頂きます」
そう言うとブルーノは早足でホテルの奥へと消えていった。ローラがオーウェンにひそひそ声で聞いてくる。
「思っていたよりも急な展開で驚いたわ、あたしこの格好で会ってもいいのかしら?」
「人魚に正装とかあるのか?」
「まぁ、あたしは普段よりきらびやかな水着にしたり、イヤリングやネックレスなどの装飾品を身につけるくらいかしら」
「そうなのか。まぁ急な話だ、陛下も多めにみてくれるだろう」
それから1時間ほど経っただろうか。ヴィルヘルム達の到着を伝えにきたホテルマンに付き従って、オーウェンとローラは迎賓室へと向かった。迎賓室に着くと、シャルロッテ達がヴィルヘルムの側で佇んでいた。オーウェンはローラを乗せた車椅子を押してヴィルヘルムの前へと進み出ると、片膝をついて敬礼をして言った。
「ご無沙汰しております、ヴィルヘルム陛下」
「久しいな、オーウェン。既に憲兵隊よりルクススでの件は聞いている。礼を言うぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
ヴィルヘルムは相変わらずのオーウェンの謙虚な姿勢にフフと少し笑い、そのあとローラに向き直ると「さて…」と続けた。
「余が聖アールヴズ連合国並びにヴァルド王国国王、ヴィルヘルム・アールヴズ・フォン・ヴァルドである。海から来られた客人、名を名乗る事を許す」
「はい。私は海洋国家アトラス国王の娘で貴国への特使を拝命致しました、ローラ・アトラス・フォン・ヴェスミアと申します。ヴィルヘルム陛下にお会いできたこと、身にあまる光栄でございます」
普段とは違う、気品溢れる立ち振る舞いをするローラにオーウェンが言葉を失っていると、ヴィルヘルムが続けた。
「其方が国交を望んでいる事は聞いた。ビーチ沿いに新しく迎賓館を建てさせ、半年後に会談を設ける。話は以上だ、早々に帰国しアトラス国王へ伝えるが良い」
「お、お待ちください。私は…」
「話は以上と言った、アトラス国王の特使よ。余も多忙な身の上、歓待は次会う時にすると約束しよう」
「…はい。それでは、失礼致します」
ローラがそう言うと、ブルーノがローラの車椅子を押して部屋を出ていった。シャルロッテが急に口を開く。
「お父様、ローラさんに対して少し冷たかったのではなくて?」
「シャル。『彼女がオーウェンと婚姻関係を結ぶ事について、私の意見を聞こうとしている』と手紙に書いてあったが、おそらくそれは彼女だけの考えでは無い。無論、あの者がオーウェンの事を想っている事は事実なのであろうがな」
「どういうことです?」
すると、シャルロッテの疑問に対しオーウェンが口を開いた。
「ローラに入れ知恵をしたものがいるという事ですか?ヴィルヘルム陛下」
「その可能性は十分考えられる」
「でもぉ、どうしてそんなことするんでしょうかぁ?」
とイザベルが言うと、ヴィルヘルムはオーウェンの方を見つめながら言った。
「考えられる理由はいくつかある。例えばシャルやベルに特定の婚約者が居ると判明した場合、その者を直接籠絡するか、あるいは敵対し得る勢力に対して対立候補を立てるよう進言する事で、我が国の勢力図を複雑にさせる。逆に特定の婚約者が居ないと判明すれば、自身の国から候補者を推薦してくるなどな。考えればキリがないが、それだけ王の一言には情報が詰まっているということだ。特使と名乗った以上、如何にシャル達の知人だろうと必要以上の情報を渡すわけにはいかない。話が始まる前に席を外させるのも交渉術の一つだ」
「…考えが至らず、申し訳ありませんでした。お父様」
「ゆっくりと身につけていけばよい。それに、多忙な事に嘘偽りはない。ここまで足を運んだのはオーウェンに急ぎ話があるからだ。すまないが、シャル達は席を外してくれないか」
ヴィルヘルムがそう言うと、クロエがシャルロッテ達を連れて部屋を出て行く。ドアが閉まったのを確認してオーウェンが口を開いた。
「ヴィルヘルム陛下、話というのは?」
ヴィルヘルムは少しの間を置いて言った。
「…ブルイン王国王女、ドロシー・ブルイン・フォン・フェルゼンに危険が迫っている」




