予期せぬ休暇延長
オーウェン達が憲兵隊の詰所に着くと、そこには手や足をズタズタに引き裂かれ血まみれになっている隊員達と、それを懸命に治療する治癒師の姿があった。憲兵隊隊長のクルスがオーウェンの姿を見るなり、急いで駆けつける。
「来てくれたか!!」
「クルス殿、これは?」
「あぁ、早速今日の夜から巡回エリアを増やしてみたらこのザマだ。5人組で巡回させたんだが、全員命からがら逃げ帰ってくるので精一杯だった」
「セイレーンは、何匹居たかわかりますか?」
「さぁな、灯りの届かない範囲から急に攻撃されたらしくて、正確な数まではな…」
クルスがそう言うと、頭に血の滲んだ包帯を巻いた隊員が身体を起こして言った。
「隊長、妙なんですよ。最初の攻撃は確かに海から来たんです。でも、その後何かが羽ばたいた音が聞こえて、空からも攻撃を受けたんです」
「空から?…ヤツらそんな高さまで飛び上がってくるのか」
などと呟くクルスの側で、オーウェンは「もしや…」と呟く。
クルスがオーウェンに声をかける。
「何かわかったのか?オーウェン」
「直接確認していないのではっきりとは言えませんが、助けた人魚…ローラの話では、人魚達にとってのセイレーンとは、ハルピュイアのような姿をしていると言っていました」
「ハルピュイアってあの空想上の?あまり現実味がないな…」
「ローラは、一度本物のハルピュイアに会った事があるそうです」
「それは本当か?…だが、漁師達の報告ではセイレーンは人魚のような姿だと言っていただろう?」
「えぇ。ですが、暗い海です。相手の姿もまともに見れなかったのでしょう。ここから考えられる事が1つあります」
クルスが、オーウェンの言葉に疑問を呈する。
「なんだ、それは?」
「我々がセイレーンと呼ぶ魔物は、実は2種類、すなわち人魚とハルピュイアの『屍人還り』を指しているのではないでしょうか」
「!!…なるほど。俺達はセイレーンという呼び方で、てっきり単一の魔物と勘違いしていたという事か」
「ええ。恐らく、ヤツらは狩場を共にしているのでしょう。釣りで言う鳥山(小魚を狙って空には鳥の大群が集まり、海の中には大型魚がいる様子)の状況です」
「…だが、相手の正体がわかったところで暗闇では俺達には何も出来んぞ」
クルスが悔しそうに指を噛む。オーウェンはしばらく考えるとクルスに言った。
「策が無いわけでもありません」
「なんだ!?何か思いつくのか?」
「ランプ釣りという方法があります。光でプランクトンを誘き寄せ、それに集まる小魚を狙って、大きい魚が集まってくると言う特性を利用した漁法です」
「言いたい事は分からんでも無いが、ヤツらはプランクトンには寄ってこないぞ。何で惹きつけると言うんだ」
「昨日お話ししたように、人魚の『屍人還り』は容姿の良い者に寄ってきます。容姿の良さをさらに光魔法を使ってアピールすれば、ヤツらは文字通り一直線に集まってくるはずです。攻撃を受ける者が決まっていれば、ヤツらが攻撃を仕掛けてくる範囲はある程度予想がつきます。問題は、この囮役を誰がするかですが…」
と、オーウェンが言う。
「見た目が良くて…」とナサニエル。
「光魔法を使えて…」とケイト。
「攻撃を受ける強さがあるお方…」とシャルロッテ。
そこにいた皆の視線はただ1人、オーウェンへと向けられていた。クルスがオーウェンの両肩をバンバンと叩いて言った。
「頼んだぞ!オーウェン君!君だけが頼りだ!」
「ん…アレ…?」
と、オーウェンの気の抜けた声が響いた。
ーーーーーー
それからオーウェン達は明け方まで作戦を練り、下準備を開始する。本来、朝にはオーウェン達は帰る予定だったが、クルスの懇願とブルーノの厚意でもう1日ホテルに宿泊することとなった。事前に、戦場の舞台となる場所を囲むように土嚢を積み、沢山の矢や槍をストックし、そして細い鋼鉄線を周囲の設置物に巻き付けたりしているうちに昼過ぎになる。オーウェンは皆を呼び集めると、作戦の最終チェックを始めた。
「海からの『屍人』は全て俺が請け負う。クルス隊長率いる憲兵隊は、空から近づく『屍人』を槍で攻撃、ナサニエル達は矢でこれを援護しろ。シャルロッテ様達は土嚢で拵えた壕の中で待機、合図が有れば鋼鉄線に雷魔法を流してください」
『はいッ!!』
「一時解散とする。仮眠を取るなり食事を取るなり好きにしていいが、日が傾く前には持ち場に着いておくように。以上だ」
オーウェンの解散の合図を聞き、それぞれが持ち場を離れていく。ナサニエルが側に寄ってくると言った。
「やっぱオーウェンの側にいると、こーなるんだよなぁ」
「…別に俺が望んだわけじゃないぞ」
「ハハ、冗談だよ。冗談っ!でも…緊張するなぁ、この感じ」
「ナサニエル達は巨大熊以来の魔物か。安心しろ、海からの攻撃は全て俺が防いでやる。ナサニエル達は空に集中すればいい」
「あぁ、頼りにしてるぜ。…よし、じゃあ昼メシ食って少し寝るか」
「そうだな」
そう言うと、オーウェン達も持ち場を離れて休憩場へと向かった。
ーーーーーー
日が水平線に近づくにつれて徐々に皆が持ち場へと戻る。漁師達が家路につき夕日と月が入れ替わる頃、波間に大きな影が目立ち始めた。うっすらと明るさの残る空にも徐々に群れをなして上空を旋回する影が見える。
「…来たようだな。灯りを点けろ!」
周囲に設置された照明から上空に向かって光が当てられると、数十匹のハルピュイアの屍人がギャアギャアと騒ぎ立てながら光を避けている様子だった。一方、人魚の屍人達は動く気配がない。オーウェンと一定の距離を保ったままこちらの様子を見ている。クルスがオーウェンの背中越しに言った。
「俺達の時と違って警戒されているようだな」
「この前仕留めた際、派手に脳天を潰してやったのを見てた連中がいるかもしれませんね」
「…どうする?」
「私が一肌脱ぎましょう」
オーウェンはそう言うと、鎧を脱ぎ服を脱ぎ始めた。
クルスが驚いてつい大声になってしまった。
「一肌脱ぐって裸になる事なのか!?一体どういうことだ!?」
「敵の気を引くためです、いくら警戒していても相手が丸裸なら飛びかかってくるでしょう」
「な…なるほど、確かに良いアイデアだが…本当に大丈夫か?」
「触れられる前に殺せば良いだけです、俺にとっては難しい事じゃない」
そう言うと、オーウェンは息をスゥーっと吸い込んで、セイレーン達に言った。
「裸の男にすら臆するかッ、この色ボケた死に損ない共がッ!!」
途端に人魚の屍人達が目を真っ赤に光らせ「キャャアアアアアア!」と叫びながら、オーウェンに向かって突進してくる。同時に空からもハルピュイアの屍人達が襲いかかってきた。
「来たぞぉーーー!」
ナサニエル達が矢を放ちクルス達が槍で応戦する。矢を受けたハルピュイアの屍人がバチャバチャと海に堕ちていく中、矢も槍もすり抜けてくる個体が数匹、ナサニエル達へ向かって急降下する。
「シャル様、今よ!」とケイトが叫ぶとシャルロッテ達が鋼鉄線に電気を流した。鋼鉄線に触れた個体がブスブスと煙をあげながら地面に落ちると、クルス達がトドメを刺して廻る。
一方、オーウェンも人魚の屍人達にたった1人で相対する。素早い動きで方天画戟を一閃させると8体ほどのセイレーンが一瞬にして海の藻屑と化した。オーウェンはさらにスピードを上げて方天画戟を振り回す。ビュンビュンと鈍い風切り音が徐々に高音になり、シビビビッと連続した音に聞こえるほど速い動きになると、飛びかかってきた人魚の屍人達はまるでミキサーにかけられたかのように粉々の肉片になって海にばら撒かれた。最早、方天画戟の間合いには入れないと悟ったのか、隙を突いて人魚の屍人がナサニエルの方へと飛びかかる。
「うわぁああああ」というナサニエルの叫びが辺りに響き渡った。




