オーウェンの贈り物
海岸沿いでローラに別れを告げたオーウェンがホテルまで戻ってくると、ナサニエル達が準備を済ませてロビーで待っていた。シャルロッテ達の側にはブルーノも居る。
「どうした?」
「いやぁ、考えてみたらセイレーンを見れてなかったなぁって思ってさ。俺達も一緒に付いていってもいいか?勉強にもなるし」
「…それもそうだな、ブルーノさんはどうします?酷い匂いですし、損傷して見た目も酷いので気分を害するかもしれませんが」
「是非、私も同行させて頂きますよ。リゾート地にとって脅威となる魔物を知っておくことも支配人の務めですから」
「なるほど、わかりました」
そう言うとオーウェンは麻袋を担いで憲兵隊の詰所へと向かった。
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オーウェン達が到着すると、憲兵隊隊長が自らオーウェン達を迎え入れた。どうやら事前にブルーノが連絡を入れていたようで、オーウェン達が中庭に通されるとそこには50名程度の憲兵達が整列していた。
「俺がルクスス憲兵隊隊長のクルスだ。いやぁ、昨日ブルーノ殿から連絡を受けて今か今かと待っていたんだよ。これまで漁師から苦情が来ても、確たる証拠がなくて巡回エリアを増やせずにいたからね。これが、漁師達の言ってたセイレーンかな?」
と言いながらクルスが麻袋を指差す。
「えぇ。ヒレや鱗に棘が多く牙も鋭いので、触る時は注意してください」
そう言うと、隊員達の前でオーウェンは麻袋をひっくり返した。むせ返るような生臭さと頭をかち割られた異形の魔物が大量の粘液と共に麻袋から滑り出てくる。
「臭ぇ!」
「これがセイレーンか?こんなのが、この海にいるってのか?」
「本に出てくる人魚の挿絵とそっくりだ」
と口々に話す隊員達をクルスは静かにさせて、オーウェンに尋ねた。
「襲いかかってきた時はどういう感じだった?」
「海面から6m程離れている陸地に一瞬で飛びかかる事が出来るほどの泳力です」
「…凄まじいな」
「水の中では人魚に追いつけるほどの素早さです、絶対に海に引きずり込まれないよう注意してください」
「そう言えば人魚の報告も受けたな、彼らとはどう見分ければいい?」
それから、オーウェンは昨日ローラから聞いた情報の要点をまとめて話した。
「なるほど、彼らでも見分けがつかないとは…厄介だな」
「ですが、人魚は基本昼間にしか行動しないようです。なので、夜だけ気をつければいいでしょう」
「そうだな。色々とありがとう、キミ達は残りの休暇を満喫していってくれ」
「えぇ、クルス殿もご武運を。それでは」
そう言うと、オーウェン達は詰所を去っていった。
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その日は最終日ということもあり、オーウェン達も加わって皆で土産物屋を回る。南国の果物で作られたスムージーや変わった生き物の置物などを観て回っていると、星砂の入ったガラスのイヤリング売り場の前でシャルロッテとイザベルが「可愛い」などと言いながら立ち止まっていた。
オーウェンが2人に尋ねる。
「何ですか、これは?」
「願いを叶えてくれる砂が入っているそうです。素敵ねってベルと話していたところですわ」
「そんな砂があるのですか…」
「本当かどうかはわかりません…でも、そうだった方が楽しいでしょう?」
そう言うと、シャルロッテとイザベルは屈託のない笑顔を見せる。
「2人の願いは何ですか?」
「え?それは…」
そう言うと、シャルロッテが土産屋が連なる市場を見渡して言った。
「それは…この国の人々がいつまでも仲良く、笑顔で幸せに生きていけることですわ」
「そうですねぇ、皆が幸せになる事が私達の幸せですからぁ」
オーウェンはフフと微笑むと店主を呼ぶ。
「ご主人、イヤリングはここに並んでいるものだけか?」
「いえ、奥にも御座いますよ」
「見せてくれ」
「ええ、かしこまりました」
そう言うと店主は奥からいくつかの商品を持ってきた。その中にとびきり透明度の高いガラスで作られ、星砂ではなくキラキラと光る小さな宝石がいくつも入った太陽の形のイヤリングと月の形のイヤリングがある。
「ご主人、これは?」
「あぁ、これは…以前こちらで働いていた職人が大陸の豪商から譲り受けたものでして。というのも、以前は星砂を小瓶に詰めて販売していたのですが、なかなか売り上げが伸びず悩んでおりました。そこでツテを使って大陸の職人仲間が修行している工房に相談した所、この2つの試作品が送られて来たんですが…必死に真似してもこれ程の品は作りきれませんでした。ウチの職人も結構なウデだったんですがね、ハハ。その後、彼も修行をし直すと言ってその工房に行きました。店先に並んでいるのは、その工房から彼が定期的に送ってくれているものです。この2つは彼の旅費を工面してあげたそのお礼として彼から譲り受けたんですが、高価過ぎて店先には出せないし、ウチのカミさんは勿体無くて付けられないって言うんで…無用の長物になってるんですよ」
店主が話をしている間、オーウェンがシャルロッテ達の方を見ると、2人ともその太陽と月のイヤリングに見惚れているようだった。
「ご主人、こちらを王女殿下達のために買わせて頂きたいのだが?」
「え!?そりゃあ、王女殿下達に付けて貰えるのは光栄ですが…ホント高いですよ?」
「幾らだ?」
「鑑定士から頂いた鑑定書がこちらに御座いますが…」
そう言って店主が差し出した鑑定書には太陽のイヤリングが340万コルナ、月のイヤリングが330万コルナと記載されている。
「わかった。では、2つとも買わせてもらおうか?」
とオーウェンが言うと、シャルロッテとイザベルが驚いて言った。
「オーウェン様!?お気持ちは有難いですけど、こんな高価なモノを買ってもらうわけにはいきませんわ」
「そうですぅ、立派な馬車が買えちゃいますよぉ!?」
「ええ。ですが、だからこそシャル様とベル様に相応しいと思えるのです。それに、これはおまじないです」
「おまじない?」
「御二方の願いは『この国の人々がいつまでも仲良く、笑顔で幸せに生きていけること』、そして私の願いは『シャル様とベル様がそのような国であり続けるよう導いてくれる事』です。お2人がこのイヤリングを見る度に願いを思い出してもらえれば、この国はきっとシャル様とベル様の願いの通りになるでしょう」
2人は顔を見合わせながらも「で…でもぉ…」とまだ渋っている。そこで、オーウェンはさらに後押しする。
「店のご主人も、修行に旅立った職人もこの店を盛り上げようと頑張ってくれています。シャル様達がこのイヤリングをすれば宣伝になり、今まで以上に多くの人々がこの地を訪れてくれるかもしれませんよ?」
シャルロッテ達が店主の方を見ると、店主は満面の笑顔で首をしきりに縦に振る。
『…』
それでもなかなか「うん」と言わない2人にオーウェンは最終手段を行使した。
「…俺に物を贈られるのは嫌ですか?」
『全然、嫌じゃないですっ!!』
「良かった!では、買いましょう」
そう言うとオーウェンはニコッと笑って店主に現金を渡した。
店を後にしてシャルロッテ達が喜びながらも不安気に聞いてくる。
「オーウェン様、本当に良かったのですか?」
「えぇ。言ってなかったかもしれませんが、以前迷宮を攻略した時に手に入れた素材を売ったお金は貯えてあるんですよ」
「そうだったんですね。オーウェン様、値段にビックリしてつい言いそびれたのですが…こんなに素敵なモノをプレゼントして頂いて、本当に有難う御座います」
「いえ、喜んで頂けて光栄です」
オーウェンがそう言うと、シャルロッテとイザベルがオーウェンの腕にギュッと抱きつく。腕に当たる感触に困惑しつつも2人のあまりに嬉しそうな笑顔に、何も言い出せないオーウェンであった。
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買い物を終えたオーウェン達は、宿に戻りバカンス最後の夜を過ごした。皆が寝静まった頃、何度も鳴り響くベルの音でオーウェン達は起こされた。急いでドアを開けると息を切らしたブルーノが立っている。
「ブルーノさん、どうかしましたか?」
「た、大変で御座います、オーウェン様!今すぐ、憲兵隊の詰所へ一緒に来てもらえませんか?」
ブルーノのただならぬ様子に不安を感じたオーウェン達は、ブルーノと共に憲兵隊の詰所へと急ぎ向かった。




