セイレーンという魔物
そのあと、ローラはまず人魚について話し始めた。
〜〜〜人魚は元々どこにでもおり人族と友好な関係を築いている時期もあったが、はるか昔に人族による迫害を受けてその生息域を大きく変化させた。ローラの祖先もその頃にこの海域に逃げてきたらしいが、その移動の間にも多くの仲間達が命を落としたそうである。迫害を受けた歴史のせいか人魚は陸地に棲む亜人族すらも嫌う傾向にあり、普段は関わらないように心掛けている。しかし、この時期は冬越えのために多くの食料を集めなければならず人魚は活動的になるため漁師に見つかってしまう事もあるのだという。〜〜〜
「幸い、ここらへんの漁師さんは魚を根こそぎ持っていったりしないし、今のところは特に問題が起こったりしていないんだけどね♡」
「そうか…セイレーンがこの時期に漁師を襲う事にも、これが関係しているのか?」
「その通り、と言いたいトコなんだけど。その前に、オーウェンがセイレーンと呼ぶあの魔物と私達にとってのセイレーンは別物よ」
「…どういう事だ?」
「私達がセイレーンと呼んでいる魔物には鳥のように羽があるし、下半身も鳥のように鋭い爪を持っているの。亜人のハルピュイアと同じ見た目をしてるけど、顔つきは全然違うしハルピュイア達も仲間じゃないって言ってたわ」
〜〜〜ハルピュイアとは上半身は女性だが上肢が羽になっており、下半身も鳥のように羽毛で覆われている亜人である。寮の書庫にある文献によれば、ハルピュイアははるか昔に人族の漁等を手伝って共存していた事があったらしい。しかし、人族の文明が発達するにつれて次第に役割が無くなり迫害されて絶滅したようだと記載されており、少なくともこの1000年程は見つかっていないとされていた。〜〜〜
ナサニエルが驚いた顔をして言った。
「ローラちゃんは、ハルピュイアにあった事があるのか?」
「小さい時に一度だけね。彼女達も迫害にあった歴史があるってパパも言ってたし、私達以上に警戒心が強いから見かけないのは当然かもしれないわね」
オーウェンが話を戻す。
「なら、俺達を襲ったあの魔物はなんだ?」
「私達は『屍人還り』って呼んでいるわ」
「…!」
オーウェンのハッとしたような表情を見てナサニエルが「どういうこと?」と聞く。
「つまり、漁師達がセイレーンと呼んでいるものは、人魚がアンデッド化したものということだ」とオーウェンが言うと、「本当なの?ローラちゃん?」とケイトがローラの方を向く。
「えぇ、そうよ。見た目が綺麗な個体もいるから、私達でも仲間と見間違えてしまう事があるんだけどね」
「…もしかして、ローラちゃんが追っかけられていたのも?」とオードリーが聞くと、
「そうなの、暗かったから間違えちゃった♡てへへ♡」とローラが舌をペロッと出してみせる。
オーウェンは溜息を吐きながら言った。
「笑い事じゃない。お前は危うく死にかけたんだ。何か弱点や特徴が記された討伐記録みたいなものは無いのか?」
「…あたしの事心配してくれてるんだ、嬉しい///」と顔を赤らめながらローラは続けた。
「そう言われても、人魚に冒険者は居ないし。それに『屍人還り』も元々はあたし達と同じ人魚だったってことで、皆積極的に退治しようって感じじゃ無いのよ。実際、暗くなる前に戻りさえすれば被害に遭う事はほとんど無いし」
「…」
皆がしばらく黙り込んでいると、申し訳なさそうにしていたローラがふと、思い出して言った。
「あ、でも前に『屍人還り』には容姿が優れた個体が襲われやすいって言われたわ!あたしも襲われたし」
「…たまたまじゃ無いのか?」
「オーウェンってば、ホント酷ーい!」
「いや、ローラが可愛いのは認める。だが、アンデッドが標的を選り好みするとは今まで聞いた事がない」
サラッと可愛いと言われて顔を赤らめるローラ。その側で複雑そうな顔をするシャルロッテとイザベル。雰囲気を察したのか、ベアトリスが話に割って入る。
「それは、何かしっかりとした根拠でもあるのかしら?」
「うーん、根拠になるかわからないけど…。あたし達の国では兵士が2人組で見回りをしてるのよ。たまに『屍人還り』と出会すと、必ずカッコいい方が追っかけられるんだって。それでカッコいい方は怖い思いをして落ち込むし、追っかけられなかった方はプライドが傷ついて落ち込むってのは有名な話よ。若い子達も肝試し代わりに、どちらが追っかけられるか賭けをしたりするらしいし。私達にとって容姿の良さって重要だから、『屍人』になっても固執してしまうのかもしれないわね」
「美しさを求める人魚の性という事かしら…わからなくもないけど」
と言ったベアトリスの側でナサニエルが不安そうな顔をして見せた。
「まぁ、そんなトコかな」とローラが言う側で、コリンがふわぁとあくびをした。
「話が長くなったな。今日はもう休むぞ」
オーウェンがそう言うと、皆は「そうだな」だの「おやすみ」だの言いながらそれぞれのベッドルームへと戻っていく。1人だけプールサイドに残ったオーウェンにローラが言う。
「…オーウェンは部屋に戻らないの?」
「ベッドルームは男4人で既にいっぱいいっぱいでな。俺は何処でも寝られるし、それに…」
「それに?」
「初めての陸で一人過ごすのは不安だろう、お前が眠れるまで付き合ってやる」
「…ありがと♡あたし、もっとオーウェン達のこと知りたいな」
「そうか、なら次は俺達の話をしよう」
その夜、ローラが自然に眠れるまでオーウェンは皆との馴れ初めの話を続けた。
ーーーーーー
翌日、水の揺れを感じてローラが起きるとオーウェンが泳ぎながら近づいてきて言った。
「起こしてしまったか?」
「んーん、おはよ♡オーウェン♡」
「普段から浮きながら寝るのか?」
「そうだよ♡潜る時は1日くらい潜っていられるけど、それでも長く潜っていると苦しいからね」
「だが、夜に海面に出れば『屍人還り』の餌食になってしまうんじゃないのか?」
「あら、海の中にだって空気はあるのよ?今は深く話せないけど…」
そう言いながら、ローラがオーウェンの首に手を回して言った。
「旦那様になって一緒に海に来てくれるなら、教えてあげても良いわ?」
オーウェンの厚い胸板にローラの柔らかいGカップの胸がふわっと当たり、しばらく2人の間に無言の時間が流れる。
その時カーテンがバッと勢いよく開き、中からシャルロッテ達がヌッと顔を出した。
「オーウェン様、おはようございます。何をしてらっしゃるのかしら?」
「早起きしたので少し泳いでいただけです。おはようございます、シャル様、ベル様」
「…そうですか。…風邪をお引きにならないよう気をつけてくださいね」
そういうと、シャルロッテ達は素っ気なく部屋へと戻っていく。普段のシャルロッテ達なら騒ぎ立てるはずだが、この日はどうも大人しかった。
「何処となく元気が無かったな。昨日の買い物で疲れたのかもしれない」とオーウェンが言うと、「…ホント…鈍感なんだから」とローラ。
「どういう意味だ?」
「教えてあーげない♡それより、そろそろ準備した方がいいんじゃない?あたしも早く帰らなきゃ、パパが心配しちゃうわ」
「それもそうだな。少し待っていてくれ」
そう言うとオーウェンはフロントへ行き、しばらくして台車に大きなバケツを載せて戻ってきた。
ローラが目をパチクリさせながら言う。
「…お姫様抱っこして連れてってくれるんじゃないの?」
「昨日みたいに滑って落としてしまったら大変だろう。それに乾くと痛んでしまうからな」
「ヒトを鮮魚みたいに言わないでよ!?ホント、デリカシーが無いんだから!」
オーウェンはフフと微笑むと、頬を膨らませるローラを丁寧にバケツに入れて海岸沿いへと向かった。




