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海からの訪問者

ナサニエル達は夜通しアニメを見続けたせいか、オーウェンと入れ替わるようにベッドルームに入ると泥のように眠った。シャルロッテ達は3日目ということもあり海で遊ぶのにも少し飽きたのか、土産屋が並ぶ近くの商店街へと向かう。オーウェンも買い物に行こうとシャルロッテ達が誘ってくれたのだが、オーウェンはそれを丁重に断り、シャルロッテ達の見送りを済ませると1人フロントへと向かった。ホテルマンに声をかける前にブルーノがオーウェンに気付き近寄ってくる。


「これはこれは。おはようございます、オーウェン様。シャルロッテ様達と一緒にお出かけになられなかったのですか?」

「ええ。男が1人混じって気を遣わせるのも心苦しいですし。それに、私もやりたい事があったので」

「そうでしたか。それで、何か御用でしょうか?」

「釣り竿を借りたいのですが…」

「なるほど。お恥ずかしいですが、私はあまり詳しい方ではありませんので他のスタッフを呼んできましょう」


ブルーノは釣り竿が置かれている場所まで案内すると、スタッフを連れてくる間に自由に見ていてくださいと言いフロントの方へ戻っていった。程なくしてスタッフが駆け寄ってくる。


「釣りに行かれるのですね。釣り竿にも色々ありますが、ご所望はございますか?」

「川や湖で数回経験がある程度で、あまり詳しく無いのです。ただ、海にはとても大きな魚が住むと聞きました。出来るなら、それらを釣り上げてみたいと思います」

「そうですか。こちらは竿の強度が強い順に並べているので、力に自信が有れば端の物を選ぶと良いですよ。まぁ、この辺の竿でもテクニックさえあればある程度のサイズは釣れますが」


「腕にはあまり自信がないからな…」と言いながら竿を一本ずつ見ていくオーウェン。端の方まで見終えた時に、ふと柱と思っていた物が展示されている竿であることに気付く。


「これは?」

「あぁ、それは展示用です。昔、オーガの里が討伐された時に戦利品として回収されたモノと聞いていますが、あまりに重くて振るどころか持つことすら出来ませんよ。きっとオーガ達も形だけ真似して作って、実際には使えていなかったんじゃないでしょうか」

「試して見ても良いですか?」

そう言うと、オーウェンは片手で釣り竿をひょいと持ち上げた。


「嘘だろ…マジかよ…」と素に戻ったスタッフを余所にオーウェンがブンブンと振って見せるとヒュンヒュンと風切り音がした後、観賞用に置いてあった観葉植物に薄っすらと傷が付く。開いた口が塞がらないスタッフにオーウェンは満面の笑みで言った。


「コレにします。重さも程よいですし、良い鍛錬になりそうです」

「…は、ハァ」


ーーーーーー

餌や他に必要な道具をスタッフに揃えてもらっていると、ブルーノが「見つかりましたか」と訪ねてきた。オーウェンがオーガの釣り竿を持っているのを見ると暫く固まっていたが、軽く咳払いをして再びブルーノが話しかけてくる。


「いやはや、コレを持てる方がいるとは思いませんでした。オーウェン様の腕力には感服させられますね」

「普段似たような物を振るっているので、このくらい造作もありませんよ」

「そうなんですね、いやはや驚きました」

そう言いながらブルーノはオーウェンを見送りにエントランスまでついてきた。


「では、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ…あ、オーウェン様。一つ言い忘れておりました」

「なんでしょうか?」

「この時期、漁師達は夕方になる前に漁を切り上げて港へ戻ってきます。彼らが言うには、暗くなると深い海にはセイレーンと呼ばれる魔物(バリアント)が現れるとのことです。ここらの海岸が遠浅だからか、私共は見た事もありませんし、お客様が被害に遭ったという報告もございません。しかし、それでもこの時期は遭難する船が多いのは確かです。どうか、お気をつけくださいませ」

「そうですか…わかりました。日が暮れるまでには戻ります」

そう言うとオーウェンはオーガの釣り竿を持ってスタッフから教えてもらった漁港へと向かった。

ーーーーーー


あれから何時間経っただろうか、一向(いっこう)に釣れる気配がない。定期的に餌が取られていないか巻き上げて確認するが、餌はしっかりと付いたままである。

(まぁ、こうやって何度も投げるのも鍛錬にはなるが…こうも釣れないと流石に悲しくなるな。…せっかく、シャル様達の誘いを断ってまで来たのだから、あっと驚かせるようなモノを釣りたかったんだが)

しかしその後も全く釣れず、ただ時間だけが過ぎていく。気がつくと港には船が大量に戻って来ていた。


(ブルーノさんが言っていたのは、どうやら本当のようだな)

などとオーウェンが思っていると漁師の1人が船から大声でオーウェンに呼びかけている。


「お若いの!ここいらは深いから、さっさと片付けしたほうがいい!暗くなると、セイレーンに海に引きずり込まれるぞ!」

「わかりました。教えてくれて有難う御座います」

そう言うと、オーウェンは仕方なく片付けを始めた。その間にも船がどんどん港に入って漁師達が急いで帰っていく様子が見える。


(セイレーンとは、よほど恐ろしい魔物(バリアント)のようだな。漁師達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていく)

などと思いながらオーウェンが糸を回収しようと竿に手を掛けた瞬間、竿先にわずかに反応があった。オーウェンが咄嗟に釣り竿をグンッと持ち上げると竿はほとんど曲がらなかったが、それでもやっぱり何かが掛かっている手応えを感じる。


(重さは45kg程度といったところか、思っていたほどではないが皆をびっくりさせるには十分な大きさだろう)

オーウェンはこれまでの鬱憤(うっぷん)を晴らすように全力で糸を撒き始めた。程なくして港に水飛沫を上げながら魚影が入ってくる。するとそれを追いかけるように、明らかに魚の動きではない何かが3体ほど港へと侵入してきた。見た目は女のような形をしているが泳ぐスピードが尋常ではない。顔も一見すると整っているようだがその口は耳元まで裂けて、目は赤く光っている。


「あれがセイレーンか!これだけの時間を費やしてやっと釣れたと言うのに、魔物(バリアント)風情(ふぜい)に奪われてたまるかッ!コイツはッ!俺のモノだぁああああーーーー!」

と大声で叫び、オーウェンは渾身の力を振り絞って竿を振り上げた。すると、勢いよく海から飛び出して来たソレは「嬉しぃ〜〜!」と叫びながら糸を離してオーウェンに抱きつく。何が起こったかわからず一瞬固まったオーウェンだが、ソレを追いかけて飛びかかって来たセイレーンが目に入るとすぐさま臨戦態勢を取り、オーガの竿をセイレーンの眉間に叩きつけた。大量の鼻血を出し、眼球が飛び出るほど頭がひしゃげるという仲間の衝撃の死に様に残りのセイレーン達は、瞬間的に動きを止めた後逃げるように港を出ていった。


周囲にセイレーンが居ない事を再確認した後、オーウェンは釣り竿を置いて抱きついたソレをひっぺがした。

「やぁん、もっとしっかり抱きしめてぇ〜♡怖くて震えが止まらないの〜♡」などと騒ぐソレは腰のあたりまでは整った体付きをした美女なのだが下半身はまるで魚のように大きな鱗が生えている。これは…


「…半魚人か」

「ちょっと!言い方!ちっともロマンが無いじゃない!あたしは人魚よ、マーメイドよ、マ・ァ・メ・イ・ド♡」

「…それで?人魚がこんな所で何している?」

「貴方が釣り上げてくれたんじゃない!アイツらに追われている所から助けてくれて、俺のものだァアって叫んでくれた私の(マイ)王子様(ダーリン)♡」

そう言うと、その人魚はオーウェンの首元に腕を回し顔を近づけてキスをしようとするが、オーウェンは華麗にこれを(かわ)す。


「ヤダァ♡照れちゃって、可愛いヒ・ト♡」

「いや、シンプルに磯臭い」

「さっきから酷ぉい!女の子に磯臭いだなんて、男の人としてどうなのかしらッ?」

「そういうお前は胸がはだけているが、女性の人魚としてどうなんだ?」

とオーウェンに言われて自分がすっぽんぽんである事にようやく気付いた人魚は咄嗟に胸を隠しながら言った。


「あんなに凄い力で引っ張るんだもの!逃げてる途中で外れちゃったのよ、しょうがないじゃない!」

「そうだったのか、それは…すまなかった」

魔物(バリアント)に追っかけられて、水着は脱げて、男の人に胸まで見られて…今日は最悪だわ」

「…」

返す言葉が思いつかないオーウェンは…何事も無かったかのように釣り道具を片付け始める。


「ちょっと、何片付け始めてるの?…もしかして、あたしを置いていく気?」

「済まないが、俺はこの土地の者じゃない。近くのホテルに滞在しているだけだ」

「イヤよ、イヤ!置いてかないで!」

「海に帰ればいいんじゃないのか?」

「帰れるわけ無いじゃない!夜の海には、あの魔物(バリアント)がウジャウジャいるのよ!?」

「…ここで朝まで待つというのは?」

「干物になっちゃうわよ!」


ウルウルとした目で人魚はオーウェンをジッと見つめる。オーウェンは溜息を吐くと少し間を置いて言った。

「俺に出来るのは、今日一晩ホテルにお前を泊めていいか交渉することだけだ」

「良かった〜♡やっぱり優しい人ね♡」

「俺はエルフだ」

「優しいエルフさん♡お名前を教えてくださいな♡」

「オーウェンだ。お前は?」

「ローラよ。短い間だけどよろしくね、オーウェン♡」

そう言ったローラは肌寒そうに身体を小刻みに振るわせている。


「済まない、配慮が足りなかったな。これでも着てくれ」

そう言って、オーウェンが羽織っていたコートを脱いでローラに渡す。

「ありがと♡優しいね、オーウェ…ン」

と言いかけてローラは固まった。月明かりに照らし出されて見えたオーウェンの顔はおとぎ話にしかで出てこないような非常に整った顔立ちだったからだ。そのあまりの美貌に、ローラは口を魚のようにパクパクさせるとそのまま失神した。


「…しょうがないヤツだ」

そう言いながら、オーウェンはローラにコートを被せると抱きかかえてホテルへと急いだ。

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