ニアミス
楽しいバレーボールを終えたオーウェン達は、その後も海を満喫する。グレンがダリアをチラチラ目で追う以外は特に変わった事はなく、気付けば空にはいくつか星が見え始めていた。夕日が水平線に沈む様子を皆で見ていると、ケイトがポツリと呟く。
「忙しい毎日もいいけど、こうやって皆でゆっくり過ごせる時間がやっぱ1番だね」
オーウェンはケイトの横顔を一瞥し、再び夕日へと目を向けながら言う。
「そうだな…」
「まぁ、オーウェンの側に居れば大体忙しくなるんだけどな」とナサニエルが言うと皆がフフっと笑う。
オーウェンが苦笑いしながら聞き返す。
「忙しいのは嫌いか?」
「そりゃあ、苦手さ。でも、後悔は全くしていない。ここに居るヤツは皆そうなんじゃないか?」とナサニエルが聞くと、皆口々に「えぇ」だの「そうだな」だのと返事をする。
すると、ベアトリスも口を開く。
「ア、アタクシも、一緒のクラスになれて良かったと思ってるわ。皆に出会わなければ、今でも家格にこだわったつまらない生き方をしてたんでしょうし。そういう意味で…とても感謝してるわ」
オーウェンが無言でベアトリスの顔をジッと見つめる。
「な…なによ?」
「…疲れているのか?今日はヤケに素直だが」
「アタクシはいつだって素直よ!」
などと、苛立ってみせるベアトリスにケイトとオードリーが「ビーちゃん可愛い!チューしたげる!」などと言ってハグを繰り返す。ケイト達から逃げるベアトリス。それを追いかけるように、オーウェン達はホテルへと戻っていった。
ーーーーーー
大浴場で風呂を済ませ、魚介類やフルーツを贅沢に使った食事を満喫した後は、部屋に戻ってプレイルームやシアタールームで時間を過ごそうと考えていたナサニエル達だったが、朝からずっと遊んでいたせいか部屋に戻るなりさっさと寝てしまった。3つのベッドルームにはそれぞれキングサイズのベッドが置いてあり、4人程度がゆっくり寝られる幅である。オーウェンが部屋に戻って来た時にはナサニエル、フレッド、グレン、コリンが同室で寝ており、オーウェンが寝られるスペースがない。他のベッドルームはシャルロッテ達やケイト達が使っているため、オーウェンは仕方なく1人でシアタールームへと向かった。
映像リストを何気なく眺めるオーウェン。魔物との戦いを描いたドキュメンタリーやエルフ族のマナーといったいかにもつまらなさそうなタイトルが並ぶ中、「美少女戦士 セータームーン」の文字がふと目に付いた。
(何処かで聞いた気もするが…思い出せないな。)
制作会社の欄にはティンカープロダクトと書いてあり、どうやら人族の住む国で制作されたようである。オーウェンは他のタイトルも確認する。「シルバーソウル」だの「パンピーっス」だの「自滅の八重歯」だのやたらこのカテゴリーだけ充実している。そしてそれらの制作会社は全てティンカープロダクトであった。
(他のタイトルもなんとなく見た気がするが…)
などと考えながら、オーウェンは「美少女戦士 セータームーン」を再生した。アニメーションと呼ばれ、実写ではない可愛く描かれた女の子の絵が動いている。主人公の女の子が「月替わりでお仕置きぞッ!」と叫んだところで、オーウェンは唐突に思い出した。転生前、ゼウスの所にいた頃、テレビに向かってポーズを決めながら一緒に叫んでいた陳宮(現在のティンカー)の事を。
「アイツが夢中になってたのはコレか…」などと呟きながらしばらく映像を観ていたオーウェンだったが、そのうちウトウトと椅子に座ったまま眠ってしまった。
オーウェンが寝入ってしばらく経ち、明け方に近くなった頃…
ナサニエルは寝相の悪いフレッドに押し出され、ベッドから落ちて目が覚めた。ベッドへ戻ろうとして、オーウェンがいない事にふと気付く。
「あれ?…オーウェン?…どこ行ったんだ?」
などと言いながらナサニエルはベッドルームを出る。トイレや大浴場を確認したがオーウェンは見当たらない。その後も捜索を続けていると、シアタールームの方から光と音楽が漏れている事にナサニエルは気付いた。
「オーウェン、ここにいるのか?」と言いながらナサニエルがドアを開く。…そこには強大な敵と全裸で戦う美少女達が映し出されたスクリーン、それを観ながら微動だにしないオーウェンの後ろ姿があった。ナサニエルはスクリーンの映像にドキドキしながら、オーウェンに声をかけようかどうかしばらく迷っているとアニメが終わり、シアタールームの電気が自動でついた。部屋の明かりでオーウェンは眠りから覚め、気配に気付き後ろを振り返る。
「ナサニエル、起きたのか。おはよう」
「あ…あぁ、おはよ…。オーウェン…今やってた映像って…」
「あぁ、コレか。コレは…」
コレは俺の知り合いの趣味でと言いかけてオーウェンは言葉を止めた。このアニメというものは転生者によってもたらされたものであり、聖アールヴズ連合国ではまだ普及していない。それにオーウェンの知人はナサニエルの知人である事も多いためヘタな嘘を吐けば、バレるどころかオーウェンが転生者と関わりがあると勘繰られる可能性もある。少しの間を置いてオーウェンが言った。
「コレは俺の趣味だ」
「え!?オーウェンって…こういうの好きなのか?」
「あぁ、ナサニエル達と出会うよりも前だが、城を出入りしていた行商人から勧められてな。人族の文化に触れようと日々勉強している間に、夢中になった」
「た…確かに、アレは…刺激的だな」と少し顔を赤らめるナサニエル。
(制服を着た若い女戦士が出てきた所までは覚えているが、その後は眠ってしまって見ていない。下手に内容を聞かれたらマズイな…)などと考えていると、案の定ナサニエルが食いついてくる。
「なぁ、あの最後のとこって…」
「な、ナサニエルもまだまだだな、コレは人族の間では誰もが知っている、いわば常識のようなものだ。世界にはもっとコアでマニアックな物がいっぱいある」とオーウェンはかつて陳宮に言われたままの言葉を必死で思い出しながら繰り返した。
「コ…コアで…マニアックって…一体どんなもんだよ、オーウェン!!」
「わ、悪いがソレは教えられない。そ…そう。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
「なんだよ、その格言みたいなのは!高尚すぎて、ワケわかんねぇ!」
「いつかお前にもわかる日がきっと来る、確かめる勇気さえあればな!」
「オーウェン…ッ!」
(俺も陳宮の言ってる意味はわからなかった。結局、アイツは何を言いたかったんだろうか…)
などと考えながらもオーウェンはこれ以上の追求を受けないよう、「では」と言うと、そそくさとその場を去った。
ーーーーー
その日、ナサニエルは朝から様子がおかしかった。何か悩んでいるようにボーッとしていることが多い。だが、ベアトリスが何度訳を聞いても「何でもない」だの「大丈夫」としか返事をしない。ベアトリスがオーウェンにナサニエルの様子について心当たりが無いか聞いたが、オーウェンも普段とは違ってナサニエルに対しよそよそしい態度を取っている。その様子をみかねたグレンやフレッドが1人離れて座っていたナサニエルに声をかける。
「どうしたんだ、ナサニエル?ビーちゃんがあんなに心配してくれてんのに、らしくないんじゃないの?」
「オーウェンともあまり話していないみたいだし…なんかあったのか?」
「ビーさんに言えない事なら、ボク達が聞きますよ!」
とコリンに言われてナサニエルは「お前達…ッ!」と言うと、今朝あったことを全て話する。
話を聞き終わったコリンが鼻息を荒げながら言った。
「た…確かに裸の女の子が戦う映像を観たなんて、ビーさんに言えませんねッ!」
「…もしかして、オーウェンのあの『男の余裕』みたいなのは女性についてソレで学んだからじゃねぇのか?」
「だ、だとしたら、俺達もソレを見れば『余裕のある男』になれるかもな?」
などとグレン達が言うと、ナサニエルがハッとした顔をする。
「確かに!よくわかんねぇけど、オーウェンが言ってたんだ。『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。確かめる勇気さえあれば、お前にもわかる時が来る』って!」
「コレは確定ですね!オーウェンはボク達に女の子の裸を見届ける事が出来るか、男としての度胸を試しているんですよ!」とコリン。
「よ、よし。善は急げだ!今日、皆が寝静まったら、俺達も『男の余裕』を手に入れるぞ!」
『おぅ!』
グレン達と固い男同士の約束を結んだナサニエルは普段通りの元気さを取り戻し、皆の下へと戻るといつも以上に元気な様子で遊び始めた。
ベアトリスがグレンにナサニエルが元気になった理由を聞いたが、グレンは勿体ぶったようにこう言った。
「とにかく、アイツはビーちゃんに相応しい男になろうって頑張ってる…それだけさ」
ーーー
そしてホテルに帰って女子達が寝静まった頃、ナサニエル達はオーウェンに「ちょっと深淵を覗いてくる」と言って部屋をでた。ナサニエル達はそのまま明け方まで帰って来ず、オーウェンは1人でキングサイズベッドを占拠する事が出来た。翌日、ナサニエル達が泣き腫らした目で「まさかあんなひたむきな正義があったとは」だの「スケベ心で見ていた自分が恥ずかしいです」だの感想を言ってきたが、そもそもオーウェンは内容を知りもしない。これ以上話が弾まないように「感じた気持ちは他でも無い、お前達だけのものだ。大事に心にしまっておけ」とそれっぽいセリフを吐いたのだが、その結果、オーウェンは改めてナサニエル達から尊敬の目を向けられる事となった。




